18.好意
死に戻りが起き、私は恐れながらも母の無事を確認する。無事といっても病に伏せて、明日には死ぬ命だ。誘拐され人質にされることはなかったが、前回の母の行いにより治療されないかもしれない。
母はハヴェルを殺して死に戻りを起こし、私の右腕を取り戻そうとした。
私のためを思っての行動だが、私は母が罪を犯してまで右腕を取り戻したいとは思っていない。
私が私のことを蔑ろにして母は事を起こしたため、母と合わせる顔がない。反対に治療されず死ぬというならその様を見届けたい。
治療されないと母は意識が戻らないということが今だけは…………今だけは、救いだった。
「なに弱気になっているのよ」
母を前にして俯いていた私は、ゆっくりと声の主に振り返ってから再度俯く。
「放っておけ」
「ロマの母のことで来たといっても?」
ベランジェールは挑発するかのように投げかけるため、私は反応せざるを得ない。
「母はどうなる」
「治療されるわ」
「次も?」
「……まだ決められていない。そのことを含めて話がされるからついてきて」
母は聖者のいる治療院まで運ばれるらしい。ミフェルによって人質に取られないように騎士によって護送されていく。
私はベランジェールの後をついていく。道からしてハヴェルの屋敷に行くのではないらしい。
「ロマは……」
ベランジェールは言い淀む。話さなくていいことなら今は話さないでほしい。とてもそんな気分ではない。
それでもベランジェールは言った。
「ロマは、利害関係でしか考えられないの?」
「……急に何の話だ」
「ロマを救いに行ったとき、対価を払っていない、利なんてないって言ったでしょう?」
「ああ」
「利なんて考えずに、人を頼ればよかったじゃない。暗殺者だった頃と違って、今は第二騎士団がいるでしょう」
暗殺者だった頃、か。今の私は暗殺者ではないと思っているのか。
「私は変わらず暗殺者だ」
「っ!」
「暗殺者以外の私なんていない。暗殺者以外にはなれない」
「そんなことないッ!」
この身から悪を取り除くことはできない。ミフェルに仕事をくれと言って裏社会に足を踏み入れてどっぷりと浸かり、もうすすげない。
ベランジェールは声を掠れさせる。
「私を頼ればよかったじゃない」
「……」
「これまでロマと関わってきた。その時間は無駄だったってこと!?」
張り裂けそうな叫びはなぜだか胸に響いた。何かを言わないといけない気持ちに駆られて、ただ「そうだ」という言葉は出せなかった。
「何か言いなさいよっ、ばか!」
「……住む世界が違う。表と裏では身分も価値観も」
望む答えではなかったらしい。振り下ろされる手は避けなかった。気が済むならいくらでも頬を叩けばいい。
涙ぐむベランジェールは体を震わせている。とまった歩みを再開させたのは夫のヨルクだった。
「ベランジェール、やりすぎだ。俺が案内を変わる。頭を冷やせ」
「……分かった」
ヨルクは立ち止まっているベランジェールから離れるように早足だった。私は一定の距離を保ってついていく。
「ロマはもっと周りを見るべきだ」
「……ヨルクもベランジェールと同じ考えなのか」
「ああ。他の者だってそうに決まっている」
「なら頼ればよかったのか」
だが、私には頼るという選択肢はなかった。
言い訳に聞こえるだろうから、ぽつりと呟く。
私はこのような態度なのに、彼らに対して特別な感情を抱いていないのに頼ったら助けてくれるという。
なぜそう思うのだろう。
分からない。
ハヴェルが私に対して好意を抱いていることも同様に。
「貴方には事実に基づいて話した方がよろしいでしょう」
第二王女のキャリーが言う。
案内された先は王城だった。通された客室で二日、私にとって無意味な時間を過ごす。その間に奴隷狩りから助けたらしい、第二王女が気にかけているモアは私に書類を渡す。
助けられてから休みなく書類を作成したのだろうか。死に戻りする度に奴隷として虐げられた体に戻るというのによくやる。
私は書類を眺め、「読めない」と返す。一部分の単語しか分からない。モアは書類を受け取って、私に読み聞かせた。
「必要な個所を抜粋します」
時戻り十九回目、ロマのものと思われる右腕と短剣をレイセターク家の屋敷付近で発見。引き留めるもハヴェルはロマ捜索の強行のために自ら姿を消して行方不明、時戻りが起きる。
時戻り二十回目、再度ロマのものと思われる右腕と短剣が、人の往来が多い町の通りで発見。ハヴェルは当初落ち着いていたが、裏社会を束ねるミフェルの手下の襲撃があり、ロマは死んでいると揺さぶりがある。二日後、ハヴェルが自室で首を吊っているのを確認、時戻りが起きる。
時戻り二十一回目、三回目となるロマのものと思われる右腕が、時戻り二十回目とは異なる人の往来が多い町の通りで発見。ハヴェルにロマに関する情報を知らせないが、五日後にロマの関する情報を欲する。情報を共有し、その後の調査でロマが母カロンを人質に取られて死亡していることが判明する。カロンとロマの救出を願ってから、ハヴェルは魔法で接近できないようにして自刃し、時戻りが起こる。
時戻り二十二回目、カロンを救出する。ロマのものと思われる右腕がレイセターク家の屋敷内に投げ込まれ、ハヴェルがロマのことを知るきっかけとなる。ロマを奪還する作戦が行われ、ミフェルのアジトに攻め込み成功、首謀者ミフェルを捕縛する。同日、ハヴェルが自刃し、時戻りが起こる。
「ちなみにこの書類を作成したモアは一度見聞きしたことを忘れることなく覚えられる能力を持っており、間違いのない内容です。これらの共通点はなんだと思いますか?」
第二王女が問いかける。
ご丁寧に長文を読んでくれているため、分からないとは言えない。
「……私が関わっている」
「ええ、そうです。より詳しく言うならば、ロマを理由として時戻りが起こっています。最初のようにロマがハヴェルを殺した訳ではありません。ですがハヴェルがロマに、関心を含めた好意を持って行方不明か自殺をしています」
行方不明もおそらく自殺でしょうけど。
第二王女はそんなことをのたまう。観察してくるその目から逃げたくなり、私は頭目線を下げる。それを第二王女は許さない。
「ロマはハヴェルに好意を持っていますか?」
「っ好意だなんてそんなもの……」
「よく考えてみてください。異性としてだけでなく、知人としても」
異性としては完全に否と言える。だが、知人としては?
かつて昔話を話した。ハヴェルの昔話を聞いた対価ではあったが、嫌いな相手に話す内容ではなかった。
では知人として好きなのか?
分からない。そのような相手として見ていなかった。
「……質問を変えましょう。ハヴェルのために身も心も捧げられますか?」
「無理だ」
これは即答できる。
「母のためと言っても?」
「っ…………やる」
「即答できないならいいです。嫌々でしたらあの者と違いありません」
あの者というのはミフェルのことだろうか。
疑問を持ったことに対して、第二王女は首肯する。
「ミフェルについては国を挙げて対応することになっています。現状ミフェルは裏社会に君臨する者として対抗できていますが、国の名をかけている以上掃討してみせます。時戻りが起きても問題ありません。国に目をつけられた者として、悲惨な末路を辿るでしょう」
「そう、か」
「貴方の母に手出しできる余裕はないでしょう。もし手出ししてきても、救出できるようにしておきます。――ロマが二度と裏切らないというのなら」
「……私を信用してくれるのか」
母を人質に取られたとはいえ、敵対した私を。
「貴方の母のためという点は信用しています。貴方も信用できるように明言しておきましょう。母の治療だけでなくその後の安全も対価とします」
「私一人のために過剰な対価だな」
「自覚が足りないようですね。その価値が貴方にはあります。何度時が戻っても、ハヴェルはロマに好意を寄せるのですから」




