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1.死に戻りの原因

 英雄がまだ生きているというので、私はもう一度殺しに行かなくてはならなくなる。


 私は屋敷に潜り込んだ。事前情報通りならば、王都に構える屋敷に滞在して動いていないはずだ。影武者が殺されて警戒されているだろうが、無茶をしてでも英雄を殺さなくてはいけない理由がある。

 私は英雄を見下ろす。ハヴェル・レイセターク、英雄の名だ。昨日と変わらず同じ寝室、同じ姿で寝ている。懸念した、警戒により高まった警備はない。


 罠か。

 だが、眠りについていることは確かで、誰かが忍び隠れている気配はいない。


 何かあっても対応できるよう注意して、私はハヴェルを殺す。これも昨日と変わらず心臓に一刺し、追加で喉を掻き切っておく。

 睨みつける暇なく絶命したのを確認する。二人目の影武者でないことを祈ったが、ハヴェルは性懲りもなく生きている。


 何人影武者がいるのか、という問題ではないらしい。

 警備が高まることのなかったことも合わせて理由が明らかになり、私は驚くことになる。


「時が巻き戻って、一日を繰り返している?」

「ああ。なんせ、昨日消費したものがあったり、買ったものがなくなっていたりしていやがる。勘違いか夢だったならいいが、産んだはずの赤子が腹に戻っていたら、信じない訳にはいかないだろう」


 勘違いしようのない出来事で、赤子の誕生を祝ったものは複数いる。複数で全く同じ夢を見るとは聞かない。


 大きな事件として、一日二日の時間で噂が広まっていたのだろう。その事実確認をしたであろう依頼の仲介人は、時が巻き戻っていることに確信を持った揺るぎない目をしている。

 仲介人は三十代後半の男だ。英雄を殺せという依頼を受け持つだけあって、険のある表情がよく似合う相貌をしている。


 仲介人は言葉を吐き捨てる。


「いいか。いくら時が巻き戻っていたって、依頼が取り下げられない以上、やることは変わらない。英雄を殺せ。殺し続けろ」

「言われなくとも」


 私の態度に、仲介人はふんと鼻を鳴らして立ち去る。可愛げないが、満足したのだろう。



 どこにも所属していない単独の私は、暗殺者として基本闇に紛れて不意打ちで標的を殺す。光のある内は情報を集め、侵入経路や殺害方法を考えていく。二度屋敷に侵入して暗殺を成功させていた私は、新しく集める情報は少ない。

 時間に余裕がある私は、母を訪ねる。痩せ細っており、力を感じられない。それもそうだろう。病にかかってもう二年だ。弱りに弱って、ベッドから離れられないまでになった。


 目が開くところは暫く見ていない。意識はなく、今にも死に絶えそうな微かな呼吸だ。それでも生きている。

 役に立たないに医者に、もって数日の命だと言われていた。椅子に座ることなく、床に膝をついて母の手を握る私は懇願する。


 死なないでくれ。

 治療に必要な金は手に入れてみせるから。


 殺害報酬は単純に金だ。ただ英雄が相手であるから莫大な金額で、一生を贅沢に暮らせる。その金でもって、奇跡の魔法が使える聖者に母を治療させる。

 人を殺して手に入れた金で、人を救う。血で汚れた金であれ、金は金だ。

 平穏な生活を送るそこらの民衆でなくてよかった。暗殺者であったから、膨大な金を手に入れることができる。



 母を第一にし、私は私を疎かにしていた。食事は安く手早く食べられるもので、いつも同じものだ。母も寝たきりなので食べるものは限られている。そんな決まったものを買ってきて似たような生活をしているため、時が巻き戻っていることに気付かなかった。

 ハヴェルはそうではなかったのだろうか。殺されているのに、いや、殺されているから悪い夢だと思いたかったのだろうか。

 二度目は寝ている間で記憶になかったとして、ともあれハヴェルも私と同じように時が巻き戻っていることを知るだろう。死は夢でなかったと気付くはずだ。今度こそ高くなるだろう警備に、私は別の殺害方法を思案する。


 その方法を実行することなく、私はハヴェルを殺すことができた。


 流石におかしいと考える。五度目に殺した夜のことだった。

 とても嫌な予感がする。どうせまた繰り返すだろう今日のために、私はこれまでと異なる行動を始める。


 いつも決まった時間まで巻き戻るというので、殺した後の足で仲介人と約束を取り付ける。時が巻き戻ったときは深夜で本来なら私は就寝中だったのだが、今回は起床している。起きろと自身に言い聞かせておけばできるものらしい。私は仲介人から約束の品を受け取り、ハヴェルの屋敷に侵入してベッドにとりつける。

 ハヴェルの様子を窺うために、盗聴器を仕掛けたのだ。睡眠時以外には隙がないような男なので、私が直接隠れ潜んでいても見つけられる可能性は高かった。


 盗聴器は魔法が込められている魔道具である。仲介人は情報収集に優れており、一つは持っていそうな気がしていたがあたりだった。普段ならば絶対に手放すことはなかっただろうが、この非常事態なので簡単に借りることができた。

 高い金と引き換えだったが、治療魔法と比べれば良心的な額である。遺伝でなく、身分も関係なく偶発的に誕生する魔法使いは数が少ない。そして、魔法使いの中でも治療魔法が使える者は殊更少なかった。魔法使いでなく、聖者と呼んで尊ぶのはそのためである。


 治療魔法よりはありふれている風魔法を、盗聴器は動力とする。

 魔法は奇跡というが、便利なものではない。この盗聴器は一定以上の音しか拾わず、一日の制限時間がある。だが、今回の件では十分だった。


 早朝、目覚めたハヴェルに執事らしき男が言う。

 今日という日が繰り返されています。ただ皆が覚えているのに対し、当主様だけがそのことを忘れています、と。


「たいして面白くない冗談だな」


 たいしてどころではなく、冗談でもない。


 一日巻き戻る時間。何度も死に、そのことを含めた一日の記憶がない英雄。

 事態を把握して、私は戦慄く。


 時が巻き戻るのは、ハヴェルの死が原因だ。記憶がないハヴェルは唯一の例外で、唯一は特別だ。まるで物語の主人公のように英雄として愛されるハヴェルは、死んでも時が巻き戻る『死に戻り』によって生き返ることができる。

 仮説にすぎなく、信じたくもないが確信があった。



 ハヴェルを殺して、膨大な金を手に入れることはできない。母を救えないと悟った私は、ハヴェルを殺す理由がなくなっていた。そんな無意味なことをするよりも、今はただ母と共にいて見送りたい。

 かつてのように太陽が昇り、久しぶりの明日を迎える。仮説は間違っていなかった。

 喜びが世界を包む。私は悲しんだ。もって数日の命はただの一日だったことで、母が死んだためである。


 これでよかったんだ。

 あてもなくむやみにハヴェルを殺して一日を繰り返しても、母はそれだけ苦しみ死ぬだけだった。生きているよりも、死んだ方が楽になれた。


 自身にそう思い込ませて、一か月が経ったときだ。何度も繰り返されたあの一日がやってくる。

 母は生き返った。また苦しみ、死ぬことになる。私はどうすればいいのだと嘆いた。母を失った悲しみを引きずる日々を過ごしていたが、私はハヴェルを殺していない。私ではない誰かがハヴェルを殺して、時が巻き戻った。


 民衆の目の前で殺されたらしい。誰がハヴェルの死と巻き戻る時の関係に気付いたのか知らないが、死に戻りが大々的に知られることになる。

 母の死後、そんな話を聞いた私は恐ろしくなって部屋に閉じこもる。死に戻りが知られてどのようなことになるか分からないが、ハヴェルはおそらくまた死ぬ。私以外にも殺す者はいて、死に戻りを厭わずどうしても殺したい依頼者はいる。


 あと何度母は苦しみ死ぬのだろう。あと何度私は無力感を味わいながら、そんな母を見送らなくてはならないのだろう。


 あの日まで巻き戻ることに怯える。太陽を見てどれだけの日数が経ったのか知るのも恐いが、閉じこもって知らないでいるのも恐い。それでも現実を直視しない方が楽だったから閉じこもり続ける。それでいて、時が巻き戻った時には母の元に駆け付けられるよう、手の甲にバツ印をつける。身近な短剣でつけたため、血でべっとりと濡れた。


 バツ印が消えている。いつのまにか素直にベッドで横になっていた。慌てて母の元に駆けつける。まだ生きている。また生き返っている。母の手を握ろうとして、自身の手が震えていてできなかった。

 なぜ私はこんなにも恐れているのに、母の元に駆けつけるのだろう。ただ椅子に座り母を見ている中、ふと疑問に思う。見送りたいからだ。一度だけで終わるならば、ここまで恐れることはなかった。見送らないことが後悔になるはずだった。


 母が死に、私は部屋に閉じこもる。バツ印をつけようとして短剣を手に取り、母の元に駆けつけたい理由はなくなっていたのだと思い出す。もう嫌だ。恐い。苦しい。母を見送りたくない。無力感を味わいたくない。現実を見たくない。思い悩みたくない。

 楽になりたい。手に短剣を持ったままだったので、簡単に躊躇いなく首を掻き切る。何度も人を殺してきたから、私を殺すのも上手く一瞬で死ねた。


 恐る恐る目を開けると、見慣れた天井がある。ああ、またハヴェルは死に戻ったのか。


 今度こそ、ハヴェルは生きろ。周囲の者も全力で守って、私を死なせてくれ。

 ゆっくりと緩慢な動作で短剣を手に取り、首を掻き切って死ぬ。





 その前に、


「捕らえろッ! 死なせるな!」


 ばんと部屋の扉が勢いよく開け放たれる。みすぼらしい恰好をした男たちが突入してきた。驚いてしまって、短剣が手から零れ落ちる。拾って自刃するよりも早く、私は男たちに取り押さえられる。


「離せ! 死なせろっ」


 私は必死に抵抗するが、男たちも必死だ。鬼気迫るものがあり、殺しの生業で培ってきた体術をもってしても押さえつけから抜け出せない。


「離せッ!」


 この男たちは何の目的で私の死を阻止する。男たちの正体はおそらく同じ宿にいた者たちだろう。死に戻りした直後で、身なりからしてそうだ。私は暗殺者に相応な治安の悪い貧民街で宿をとっていた。


 私と男たちの両者共に体力が尽きた頃、新たな乱入者がやってきた。煌びやかな鎧をつけた集団だ。どこの貴族の兵か。睨みつけながら死ぬ隙を伺っていると、集団の中から十四歳ほどの少女が出てくる。

 金髪碧眼を見て、私は呆然として固まる。その色の組み合わせが誰を示すか知っていた。


 なぜカスぺの王族が、こんな似合わぬ場所にいる。

 私が落ち着いたとみて、少女は言う。


「ハヴェル・レイセタークを、物語の主人公であった男を共に守ってくれませんか」


 英雄ではなく、物語の主人公と言うのには、私自身にも覚えがあったので興味が引かれた。


「その対価として貴方のお母様の病を治療することを約束します」

「やる」


 詳細も聞かず、即決する。


 私の第一は母だ。そうでないなら、母の繰り返される死から逃げることも狂って自刃することはなかった。

 母が助かるというなら、私はなんだってする。地獄にだって躊躇なく飛び込んでゆく。



 その日の内に母は複数の聖者により治療され、約束が果たされたのを確認した後には護衛対象と引き合わされる。標的でなくなったハヴェルはじっと私を見つめると、眉を潜めて訝しげな表情を顕わにする。


「ロマだ。今回からお前を守ることになった」


 五度殺したことに対して、謝罪はしない。母の治療に関係なくとも、人殺しによって金を手に入れて生きてきた。ハヴェルにも、これまで殺してきた相手にも罪悪感を持っていない。


 こうして私は暗殺者のまま変わらず、ハヴェルを守ることになった。


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