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15.個の抵抗

 そして、私は生き返る。原因は不明だが、ハヴェルが死んだらしい。いつもならハヴェルの元に行くのだが、それよりもすべきことがある。


 仲介人のサッロを捕まえ、ミフェルはどこにいるか脅し聞く。サッロはすんなりと場所を吐いた。予想していた場所だ。

 ミフェルは野望溢れる性格で、私がフリーになった後、敵の死体の山を築いて裏社会のボスに君臨するまでに至った。


「また死ぬぞ」


 また、か。私の死はどのように確認されたのか気になるが、優先順位がある。

 冷静に自身の死を見つめ、その上で傲慢に答える。


「私は英雄を初めて殺した暗殺者だ」


 裏社会では舐められたら終わる。上下関係をつけられ、いいように使い捨てられる。

 だから実力を、意思を見せつける。私に手出ししたら、手痛い目に合うことを思い知らせる。


 ミフェルは大勢の手下で固めたアジトにいる。見張りが二人いるが、正面突破だ。


「誰だッ!」


 誰何を無視して歩み寄る。


「とまらないなら――――」

「ぬるい」


 警戒すべき相手は即時決断して切り伏せた方がいい。だから先を越される。

 武器を突きつけようとする見張りの心臓を突き刺す。動揺したもう片方の見張りは、短剣を抜いて首にまんまと命中した。


「こんなものか」


 私に、母に手を出しておいて。

 怒りに薪がくべられる。怒りは燃え滾って、弱まることはない。経験したことのない大きな感情に振り回されていることを自覚しているが、抑えようとは思わない。敵に遠慮なんていらない。


「後悔させてやる」


 見張りの声から異常を察知したらしい。気配が続々と集まってきて、私は嗤う。獲物がまんまとやってきた。

 奇襲する立場を利用して先制攻撃をしかけ、身軽さで翻弄し、技で急所を穿つ。数だけは立派だから一時身を潜めて、攻撃を繰り返す。


 返り血を避ける時間と体力が惜しかった。短剣の柄まで血でまみれ、自らの服で拭おうとしてもその場所がない。馴染みのある短剣はしまい、死んだ敵の袖で手のひらを拭い、落ちていた短剣を私のものにする。

 刃渡りはほぼ同じだが、柄が少し大きくその分重さがある。素振りもできずに、敵を切って無理やりその感覚に慣れる。


「よくも散々やってくれたな」


 その大男は鉄拳でもって殴りかかってくる。擦れ擦れで避け代わりに壁が砕ける。

 特徴的な武器もあって、前回私を殺した内の一人だと直ぐに気付く。大勢の味方を殺されたため怒りに満ちている。だが、私ほどではない。


「先にお前らが手を出したからだ」

「だからってここまでするか!」


 母一人を殺したのに対し、私は既に十八人は殺したのが見合っていないと言いたいのだろう。見合っていないに決まっている。お前ら程度の仲間意識で、崇高なる母を超えるなど。


 怒りに満ちていても、ミフェルの身辺を任されている実力者だ。拳の一振り一振りが冴え渡っていて、感情に振り回されることはない。

 数撃短剣と鉄拳のやりとりをし、私は仕掛ける。がくりと体の力を抜き、隙を晒す。連戦による消耗によるものだと勘違いさせるためのもの。予定していたより力が抜けて慌て、わずかに目を見張る。その甲斐あって勝利を確信した大男は大振りだった。


「ふぅッ」

「らああああああッ!」


 鉄拳は脇腹を掠める。私はその衝撃に負けじと足に力を入れて突進し、その勢いで心臓を突き刺す。大男は倒れ込むも直ぐに死なず、私を掴み離さないようにする腕が邪魔だった。下手に手足を出さず、その場から離れる。


「はあっはあっはあっ……」


 乱れる呼吸が整わない。壁にもたれかかって休もうとしたら、勝手に膝が折れた。


 ここまでか。

 いや、諦めるにはまだ早い。かすむ目を閉じて、恐る恐る近づいてくる気配に集中する。最期にどれほど土産を残せるか。


 死体を積み上げ、私への手出しは割に合わないと思わせる。

 目標は達成できただろうか?


 いくつもの武器を体に突き立てられて完全に息の根をとまり、私は死んだ。


 *



 死に戻ってからやることは決めていた。目標を達成できたか確認する。全力で母の元に駆けつける。


「……いない」


 寝台で死に絶えそうになっているはずの母はいない。動ける状態ではないので、誰かに連れ去られた。あれだけ手出しは割に合わないと思わせるため、命を捨ててまでできる限り殺したというのに。


「は、はは、は……」


 ふらつく足取りで、ミフェルのアジトに向かう。幽鬼のような状態の私は前回大々的に殺し回ったおかげもあり、不気味と見られつつも手出しされずに奥に通される。

 ミフェルは相変わらず悠長に椅子に座っている。大男も含めた護衛は私を睨みつけて警戒している。


「母は」

「もうじき死ぬ。前回、お前はやりすぎた」

「報復か?」

「報復はお前自身の死で贖われる。お前が死ぬなら生かしておいても手間しかかからないからな。放置して勝手に死ぬだけだ」


 母の死の言葉に、体がぴくりと反応する。


「焦るな」

「……」

「無抵抗に殺されるなら、次は救済を与えてやる。ただ体裁のため、死ぬまでに痛い思いはしてもらう」

「母の無事を、自由を保障できるのか」

「お前はただ受け入れるしかない。ただ態度次第で考えてやる」


 護衛がいるので口約をとれたらよかったが、それすらも許されないらしい。母の無事すら保障できない。それでも私はただ言いなりになるしかない。個が裏社会のボスに抵抗はできても敵うことはない。


 わざとらしく悲鳴を上げる必要もなく、悲鳴を上げることになる痛みを与えられる。愉悦に浸り明らかにやりすぎな奴らがいても、母のためならば耐えられた。絶え間ない激痛が襲うも、意識が覚醒するどころか遠のいていく。おそらく血を失いすぎた。


『ちょっと大丈夫!?』


 幻聴だ。


『あなたみたいな子がどうしてこんな傷を負って……』


 母との出会い。宝箱のように大切に仕舞い込んであった思い出が零れる。

 痛みによって壊れたのか、精神が壊れそうだから保つために開いたのか。


「あ、やっと起きた」


 涙を飲み込んだような震えた声だ。まだ若い二十前の母が安堵して見せる。


 お母さん。


 声は出ない。その頃の私は裏社会に身を置いて一年目で、警戒心が強かった。へまをして動けなくなっていた私を善意で助けたことに、直ぐには信じられなかった。私がいた貧民街は他者を助ける余裕なんてなかった。それどころか他者を利用する者ばかりだった。


「よく寝て、よく食べて、怪我を治して、元気になってくれたら嬉しい。ついでに愛想のないロマが笑ってくれたらもっと嬉しい! 面倒を見る理由はそんなのでいい?」


「たまには顔を見せにおいで。そのときはうんとおいしいご飯を振舞ってあげる」


「母みたい? 多少行き遅れているとはいえ、私はまだうら若き乙女だって! 私とロマの年齢差で考えてみたって難しいし……え? そうじゃない?」


「いくらなんでもおかしいでしょ、またこんな傷を負うなんて。心配でどうしたのって知りたいに決まってる!」


「人を殺さなくていい道だってある。これまでと同じように私が教えてあげる」


「行かないで。迷惑だなんて、ロマにならいくらでも迷惑をかけられてもいいから」


「私がロマの母になる。だから、生きて帰ってきて。お願い……」


 母は私が暗殺者だと知っても、離れようとする私を手放してくれなかった。きっと母というものはこのように、切っても切れない関係なのだろう。

 私という手のかかる個をこれほどまでに愛情を込めて、裏社会以外のことを教えて育ててくれた。帰る家になってくれた。


「こういうときは帰ってくるんだから……。ご飯、振舞ってあげられなくてごめんね」


 だから今度は私が手放さない。難病に侵されて治療のために大金がかかることになっても。死に戻りをするハヴェルの護衛と、過酷で何度目で終わるか定かでもないことをすることになっても。死よりも辛い激痛を与えられることになっても。

 子として母の幸せを願う。どうか不自由なく生きていてほしい。


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