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14.昔話

 休暇をもらった。部屋で体を休ませて静かに過ごそうと思っていたら、ベランジェールにたまには外に出なさいと追い出された。


 私の休暇を、私がどう過ごそうか勝手だろうに。

 外に出てすることなど、食料を買い足すことぐらいしかない。……いや、一つだけしたいことはある。


 行くか。

 でないと、一生行くことができない気がする。



 場所は治療院。治療された後、経過観察中にできる手伝いをしている内にそこで働くことになったらしい。

 治療院の中に入って掛け合ってまで、大々的に会いに行くつもりはない。出入り口を見張っていると、いた。洗ったシーツや包帯を干しに出てきたらしい。ぴっしりと綺麗に干して、誰かに呼ばれたようで大声で返事をして戻っていく。


 その姿を見れただけで十分だった。

 母が健康で充実した日々を送っていると、この目で確認できた。死に戻りが何度起こっても、約束は果たされ続けている。だからこれからも私はハヴェルを守り続ける。



 心のモヤが晴れたようで、珍しく外を歩き続ける。日差しの眩しさが今日は煩わしくない。

 風が吹いて、ふわりと髪が靡く。そのぐらいには髪が伸びた。母の治療に金が必要だったとき、長かった髪は切って売っていた。短い髪の方が楽で動き回りやすいのだが、母は綺麗だから勿体ないと言っていたのを思い出し伸ばし始めていた。母の治療がなされた後は、再度伸ばして現状だ。


 母と過ごしていた記憶を思い出しながら、帰路につく。今日は日差しが煩わしくないとはいえ、理由もなくいつまでも昼間の外にいる程私の気質は変わっていない。



 ハヴェルを護衛するにあたって与えられている部屋に行くと、呼び出しがかかっていた。不意な襲撃でもあったかと思いきや落ち着いており、ハヴェルのところまで案内される。


「休みと聞いて、昔話を聞こうと思った」


 戦争で死ななかったからな、と付け加える。戦場で話していたことを忘れていなかったらしい。本気なようで人払いがされる。私が大勢の人に聞かれるのを嫌がると分かっていた。

 人払いの際、騎士からの隠しもしないぬるい視線にさらされる。私とハヴェルの関係の進展を願っているものだ。戦勝パーティーの後、ハヴェルは私への好意を隠さなくなった。分かりやすいものではないが、身近なものであれば気付ける差だ。騎士は何度もハヴェルの護衛として死に戻りを経験しているので気付いた。そして隙あらば、私とハヴェルの二人にさせようとする。今のように。


 気を利かせて暖かいお茶だけ残していった。私は了承も得ないで椅子に座る。ハヴェルは一応貴族だが成りあがってのことなので、この程度気に障らない。ハヴェルは向かい側の椅子に座った。


「つまらないぞ」

「そうはならないはずだ」


 涼し気な表情で答えてくる。……調子が狂う。


「昔話、か」


 ハヴェルには始まりを話してもらった。私も同じでいいか。暗殺者になった経緯で。


「寒い冬だった。ゴミを漁り、盗みを働いて生き長らえていたが足りなかった。暖かい寝床がほしいがために、その話を、殺しの依頼を偶然聞いて、幸運にも殺せた」


 正確な年は気付いたら親もおらず一人で生きていたから分からないが、六歳ぐらいの頃だ。依頼を受けた者の後をこっそりとつけて、殺しに失敗したところを引き継いで手負いの相手を殺した。


『私が殺した。あんなやつより私の方ができる。だから、仕事をくれ』


 誇張した言葉だ。だが、生き残るためならなんだって言うし、なんだってする覚悟があった。

 依頼主は血濡れの短剣とそれだけ大層なものを持った私を見て、死体の確認もとらずに言った。


『いいだろう。お前が本当に使えるならな』


 できなかったら私が死ぬだけだ。依頼主に損はなかった。

 私は依頼主に試されながらも生き残り、裏社会で私の名が売れるようになり独り立ちする。フリーになったのは、依頼主の敵が多く過酷だったからだ。フリーはフリーで情報を自分で精査して、怪しい仕事を受けないようにする苦労はあったが、きっとまだましだった。少なくともフリーになって死ぬことはなかった。


「気分を害したか?」


 同じように殺しで生計を立てているが、戦争で殺すのとは訳が違う。


「だが、私はこのようにしか生きていられなかった」


 今でこそハヴェルの護衛をしているが、その前は他に道はなかった。裏社会で生き続けることしか分からなかった。母と出会って教えてもらったが、裏社会から足を洗って生きることは私一人の力では、何人も殺してきたからできなかった。


 ぬるくなった茶が残っていたが、飲み干すことなく椅子から立つ。


「もうしまいか?」

「……ハヴェルが話した分の話はしたからな」


 部屋から出て行く私にハヴェルが言葉を投げかける。


「話が聞けてよかった」


 私はつい笑ってしまった。


「それならそれらしい顔をしろ」


 難しい表情をしていてよく言う。


 話せる内容はまだあった。母の話だ。

 だが、この話は誰にも話さない。大切な思い出だから胸の内にしまい込む。




 護衛をして平穏な日々を送っていた。襲撃は少なく小規模な対処可能な者なので、どうしても気が緩む。そんなときに一通の手紙を渡された。食糧の買い出し中、小銭を対価に私に手紙を渡すように言われた子どもからだった。

 私は直ぐに手紙を開封して読み込み、駆けだす。誰がいったい、このようなことを。怒りと焦燥で心を占めた状態で、指定された場所に着く。


「久しぶりだな」


 悠長に椅子に座って待っていた。体躯のいい男二人で周囲を固めている。他にも幾人か潜んでいる気配がある。


「母は無事なのか」

「……殺した、と言ったら?」


 手紙の内容は母を預かった、一人で指定した場所にこいというものだった。


「殺す」


 この目の前の男が、幼い頃散々依頼をもらった依頼主ミフェルが何を考えているかは知らない。だが、母を私を呼び寄せる餌に使った。それだけで殺すに値する。

 衝動で動いた。母が生きているのか、死んでいるのかは後だ。今聞いても意味がない。脅して口を割らせる。


 一人で正面から戦ったにしては健闘していた。私一人で六人は殺した。ただミフェルが用意していた護衛が強かった。


「馬鹿だな。弱みを作るからこうなる」


 冷酷な声を最後に、私は死んだ。


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