13.戦勝パーティー
命令はされなかったが、戦勝パーティーには参加することになる。
ベランジェールは私への悪意なく、善意で「楽しんできなさい!」と背中を押してきた。
庶民なら憧れる貴族のパーティーだろうが、私は違う。輝きに溢れる会場は私には眩しく影を探してしまう。
着飾ったおかげで貴族は珍獣を見る目ではないものの、見たことのない私への好奇や探りがあった。あげく御しやすいだろうと色目を使う者もいるため、ぎろりと睨んでおく。珍獣を見る目になったが、構うものか。邪魔を入れられるよりいい。
重りな上、動きにくいドレスを引きずるようにして会場の端に立つ。全体を見渡せて、目立たないようもできる。好機として近づいてくる輩に睨みつけて私の周りにぽっかりと空間ができたところで、一息つく。
ハヴェルはどこだ?
結局短剣を持ってくることはできなかったので、護衛ではなくハヴェルの女候補として私はいる。さっさと女を作ってもらって、私は早く帰りたい。
女を作る以前に、女と談笑することすら難しそうだが。寡黙で、何を考えているかよく分からないところがある男だ。女側も困惑することだろう。
ハヴェルを見つけるのは容易だった。人だかりの中心にいる。
意外にもしっかりと話の受け答えをしている。このような場では取り繕うんだな。
他に見るものもないので眺めておく。人だかりは最初は男の比率が多かったが、次第に女の比率が多くなっていく。女が男を押しのけて、ハヴェルに話しかけているのだ。
女に囲まれることになったハヴェルは口数が格段に減った。顔は無表情だ。
結局、想像通りの結果となった。
一人でも好みの女はいないのか。
私はいつ帰れることやら。
喉が渇いたので、ジュースをもらいにいく。ジュースではなく酒だった。
悩んだ末、護衛ではないからと飲む。飲んでいないとやっていられない心境もあった。
酔いが回っている感覚を味わっていると、ぐいっと腕を引かれる。気を緩めすぎた。誰だ。
相手を睨みつけてから、目を丸くする。
「なぜここにいる」
それは私の台詞だ。
ハヴェルは眉を潜めて、私の腕を掴んでいた。
「……好きでいる訳じゃない」
掴んでいる手を振り払い、口端を下げる。溜まっている不満を全てぶちまけたいが、そんなことできるわけがない。
だんまりを決め込んでいると、理由を話さない意思は伝わったらしい。話を変えてくる。
「酒を飲んだのか」
「そうだが」
「……酒臭い」
まだ残っていたのに、グラスを奪われてウエイターに渡してしまう。
…………まあ、いいか。
「私なんかに構っていていいのか?」
「……………………いい」
「本当か?」
ものすごい間があったぞ。
よくない理由は、理由自身が来て分かった。
「彼女が想い人か?」
麗しい見目の男だった。男に向けられている視線の数と他貴族より一層飾り立てられた服の装飾から、地位の高い男と思われる。
「……クレメンテ第二王子だ」
ハヴェルがぼそりと呟き、体でもって私を隠してしまう。背中しか見えない。
「違います」
表情は何も見えないが、はっきりとハヴェルは言う。
「なんだ。つまらない。彼女を前にしても失礼だろう」
「…………はっ」
「そこは彼女をフォローをするところだよ。さて、そろそろ彼女のことを紹介してくれるかい?」
ハヴェルは直ぐに動かなかった。小さな声で「王子っ」と咎める声もする。
無言の時間を経て、ハヴェルは緩慢とした動きでどく。私の視界が広がる。
「……こちらはロマです。私の護衛をしてくれています」
ハヴェルが紹介してくれるので、私は何も言わずに仕方なしにほんの少し口端を上げる。ベランジェールが貴族でも何でもない私の立場から、話しかけられたら微笑んでおけと言われていたその通りにする。
「クレメンテ・ウォルキニスだ。今夜麗しき君に会えた幸運に感謝を」
手を取られ、手の甲にキスをされる。
肌が粟立ち真顔になってしまう。私の気持ちを知ってか知らずか、第二王子は女受けしそうな笑顔を見せる。
「確認するが、本当に彼女に想うところはないのだよね?」
「……クレメンテ王子」
「なあに、必要な確認だよ。パートナーでもないのなら、一曲お付き合い願おうと思ってね。彼女の、一番最初のダンスを、ね」
「……不必要な確認です」
当の本人を差し置いて会話するな。どうせ拒絶などできはしないが。
なぜ私なんかをダンスに誘う。初対面であるのに、私の正体など知っているだろうに。
第二王子の近くに控えている貴族は、私に警戒心を隠しもしなかった。私が暗殺者であることを知っているのだ。先ほど王子と咎める声もあったことだし、王子も私が暗殺者であることを知っているはずだ。
第二王子は肩を竦めて、ハヴェルを近くに呼び寄せて話し込む。
会場のざわめきもあって、話は聞き取りにくい。どうせ私にはどうしようもできないので待機する。このように私が待機できることから、第二王子はダンスを誘った私ではなくハヴェルに関心があるのだと分かった。
第二王子と話し込んでいるハヴェルは、無表情を崩して表情豊かだった。ハヴェルにしてはだが、羞恥や葛藤、苛立ち辺りの感情だろうか、ころころと表情が変わる。これまで寡黙さにしてやられたことが多いので、見ていて痛快だ。
話は長くならなかった。ハヴェルが私のところまで戻ってくる。第二王子は私に片目をつぶって見せて、手をひらひらと振って去っていった。何がしたかったんだ、あいつ。誘うだけ誘って、断りの文句すらない。
「結局どうなったんだ」
「――――どうか」
ハヴェルの様子は変だった。私の問いかけは聞こえていないようで、それでいて私を視界に収めている。
「ロマと踊る名誉がほしい」
声を微かに震わせて、片手を私に差し出す。
流石の私でも気付いた。
ハヴェルは私のことを好いているのか。
呆然とその手を眺めることになる。いつからとか、私のどこがとか、疑問はある。
だが、いくら考えようが、私に拒否権はないのは変わらない。私はその手に、自身の手を重ねる。そっと手を引かれて、会場の真ん中まで連れてこられる。
「私は踊れないぞ」
「身を委ねてくれればなんとかする」
「リードできるのか?」
生まれながらの貴族ではないのに。
「なるようになるだろう」
曲はちょうどゆったりとしたものに変わった。
私はともかく、ハヴェルもそこまでダンスが上手い訳ではなかった。踊りながら他貴族と比べてそう思う。そんな余所見をして、思いっきりハヴェルの靴を踏む。呻く低い声。私もこの失敗にうっと呻く。
人生初めてのダンスに悪戦苦闘していると、「ははは」と笑い声が聞こえる。
「っ笑うな!」
人が一生懸命踊っているというのに。
睨みつけるために背の高いハヴェルを見上げて、息を呑む。無表情の多いハヴェルが、見たことのない緩んだ笑みをしていた。心底、この瞬間が楽しいと言わんばかりに。
私は同じ想いを持っていないのに。
見ていられなくて、上げた顔を背ける。
ただ踊っているだけ。告白なんかされていないし、了承もしていない。
私には恋愛なんて分からない。
そんな私でもハヴェルは満足そうに、終始ダンスを楽しんでいた。