11.始まり
デモを収めてから、刺客の襲撃は格段と減った。情報のリークがあって、刺客を雇っていた貴族が捕縛されたためだ。
ハヴェルの護衛が格段と楽になって、やっとまともな休息をとることができた。思考がはっきりとし、体が軽く動く。騎士の顔色もよくなって、明るい表情で話す姿を見かける。
ただそのまま落ち着くことなく、ヨサンダスが戦争の準備をしていると話をされる。戦争となれば英雄であるハヴェルが出ない訳にはいかない。例え戦争と命を奪い合う死にやすい場であっても、ハヴェルがいないカスペなどなすすべなく負ける。前回はそのような戦争となり、実際に戦争にハヴェルが行くことになっても不満の声は出なかった。
カスペは渓谷や川といった天然の要塞がいくつもあり、小国でありながら大国の侵略を食い止められた理由がある。それを生かして陣を敷く。
「なっつかしいなー。戦争間近のこの空気感」
親友でハヴェルを守るために護衛をしていたノルベルトだが、本職が傭兵だ。慣れたもので騎士のように肩肘張った様子はない。
「ロマは通常通りだな。戦場は初めてだろう?」
「初めてだが、やることは護衛だ。いつもと変わらない」
戦場であっても、ハヴェルを守ることが私の役目だ。兵士のように敵と戦えとは言われていない。
「それでもさあ、戦争だから相手が数えきれないぐらいいるんだぜ」
「味方も同じほどではないがいるだろう」
「その味方もハヴェルを奇襲するかもしれないだろう?」
「ここら一帯は裏切らないと信頼できる者で揃えているだろう。それに奇襲の成功確率は低いのだから、わざわざこのタイミングで奇襲してくるとは思えない。するなら夜か、ヨサンダスと戦っている最中だ」
「そうなんだけどさあ……」
「私にどうしてほしいんだ、お前は」
鬱陶しく絡んできて。いつも通りのコンディションを保って、下手に緊張していないのだからいいじゃないか。
「いつも同じ顔だから変えてみたいなあ、と」
つまらなさそうだから、とノルベルトは平然と表情を変えずに言う。
「つまらなくはないが」
「いや、そうなんだけど! 何考えているかは最近分かってきて、護衛のことばかり考えていて真面目なことは分かってるけど! たまには表情を変えるぐらい、楽しいこととかさ、息抜きすればいいと思って」
「休憩時に息抜きはできている」
「……そういうところが真面目なんだよなあ」
溜息をつかれ、降参というように両手を挙げている。
言っている意味は分かるが、母の治療がかかっており、命がかかった護衛なのだ。真面目に務める。慣れあうつもりはない。
ぐだぐだと絡まれていると、「迷惑をかけるな」とハヴェルが親友をとめにやってくる。
「じゃあ、俺とハヴェルの出会いでも聞くか?」
「なぜ急にそうなる」
「ロマがロマだから。秘蔵のネタを出すしかない」
「意味が分からん」
言い合いしている間に離れようとすると、いつのまにか来ていたベランジェールが私の両肩を掴んで動けなくする。
「その話、興味ありますね」
「その言葉を待っていたぜ! ではさっそく!」
戦場でハヴェルの活躍をノルベルトが見初めたなどとべらべらと語られるのを、ベランジェールは興味津々に聞いている。私は頃合いを見て、両肩を掴まれたままだったのを外した。
抵抗はあったが、ヨルクが代わりを務めてくれた。
……嫉妬だろうか。
ベランジェールに絡まれていると、ヨルクがくるようになった。夫婦になったと、二人の仲を公開してから遠慮することがなくなった。つまり人目を憚らずいちゃつくようになった。
溜息や野次をとばす輩が出てきて鬱陶しかったが、こういう場合は歓迎する。遠慮なく私の代わりとなれ、ヨルク。
夫婦といえば、第二王女がノーウスの第三王子の元まで嫁いでいった。騎士たちの話で近況を聞くにうまくやっているらしい。
カスペとノーウスを結ぶ政略結婚だ。ハヴェルが死なないように、ノーウスで支援してほしい。護衛が楽になることを望む。現状のようにまともな休息がとれる状態が続いてほしい。
「……興味がないんだな」
ハヴェルもノルベルトの話に興味がないらしい。
ハヴェル視点なら知っている話だろうしな。私と同じところまで避難しにくる。
「ああ」
会話は終了し、沈黙が流れる。
寡黙なハヴェルと、聞かれたら返しはするが必要最低限の私の組み合わせだ。会話が続くことは稀だ。そもそも話しをすることすら稀である。
だが、今回は聞きたいことがある。
「ただハヴェルの過去には興味がある」
「……ノルベルトが話している」
「二人の出会いなんかには興味ない。始まりが知りたい。生きていくために戦って英雄までになった、その始まりが」
私も生きていくために戦って、だが暗殺者となった。このような違う結末となった訳を知りたい。
「始まり、か」
「私は気が付いたときには一人で飢えていた」
「俺は……父がいた。ひたむきであれと、教えをくれた。父が死んで一兵士になってからも、その教えに従ってきたつもりだ」
ひたむきに雑用をした。ひたむきに指導を受けた。ひたむきに剣を振った。ひたむきに技術を身につけた。ひたむきに戦った。ひたむきに倒れた味方を安全地帯までひきずった。ひたむきに味方がこれ以上傷つかないように守った。ひたむきに目覚めた魔法の才を磨いた。ひたむきに戦った。
「いつしか英雄になっていた。俺は偉大な父の教えの通りにやってきただけだ」
ハヴェルは微かに口端を上げる。父を思い出していることは明白だ。
「ひたむき、か」
ハヴェルが英雄になったのはそれだけが理由ではないだろう。教えに従う忍耐強さがあった。勿論才能もあり、今の実力を身につけるまでに生き残った運のよさもある。
私はどうだ。
忍耐強さも才能もあるだろう。生き残った運のよさは現在証明している。
「父、か」
母はいる。
慈悲深く、「どんなに拒否しても救ってやるんだから!」と意地っ張りで見捨ててくれなかった。その身で私に善を教えてくれた。
そんな母ができた。
「ああ、そうか」
最初からいる、後からできるではない。
血のつながりがある、ないではない。
始まりが誰だったかだ。
ハヴェルは父だった。
私は母ではなかった。
私は奴が始まりだった。暗殺者に染まりきった後に母と出会った。
「それだけの違いか。それだけで表と裏に分かれた」
始まりが母だったら。表の人間になれただろうか。
……空想だな。
私は裏の人間だ。暗殺者だ。母の善でも私を変えられなかった。
ハヴェルと同じ点があったからと考えすぎた。
「――――みがないんだな」
「ん?」
考えに没頭してハヴェルの言葉が聞き取れなかった。
「いい。だが、次は……ロマの番だ」
「私の昔話を聞かせろと?」
「俺だけ話すのは卑怯だ」
「つまらない話になる」
「俺の話もつまらなかっただろう」
私はハヴェルが不機嫌だと察する。自嘲的に鼻で笑って見せてくる。
「この戦争で死ななかったらな」
「その言葉、忘れるなよ」
今度は自嘲のとれた笑みだ。
私なんかの話を聞いてどうするつもりなんだか。
戦争の火蓋を切る。
決着までに時間はかからなかった。魔法の打ち合いで勝者が決した。
基本魔法使いは魔法使いをあてて自軍がただの的にならぬようにするのだが、ハヴェルが、英雄がいた。圧倒的な魔法は敵陣を瞬く間に炎の海としてしまって、阿鼻叫喚が作り出される。
敵国のヨサンダスはただ負けるような軍を揃えているだけではなかった。カスペを劣勢まで追い込んでおきながら英雄にひっくり返された事実がある。小国相手に侮ることなかったが、それでも足りなかった。
カスペに有利な地形の上、第二王女が嫁いで結んだノーウスとの縁による物資や援軍の力もある。これまでのカスペとは一味違っていた。