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第二王女キャリー

 年齢相応な無邪気な頃は勿論あった。ヨルクを遊び相手として王城を駆けまわる。身分差や作法を気にした堅苦しさはなく、暖かな目で見守られる。小国ゆえのそんな気風だった。

 だが、大国ヨサンダスの侵攻によって、年齢相応ではいられなくなった。住まいであり遊び場だった城は重々しい空気に包まれ、大人は皆暗い顔をしている。ヨルクの父が戦死したことで、あの年上で頼りがいのある彼がこっそりと泣いていた。


 私も守らないと。


 王族としての意識の芽生えだった。

 父国王は国を存続させようと模索し、それが駄目ならと民の移住先を他国に願っていた。母はそんな父に寄り添い、最期を共にする覚悟を持っていた。兄も王族として戦場で指揮をとっており、姉も嫁入りした他国の元で母国のために各方面に助力を願ってくれていた。


 そんな王族の責務を果たそうとする家族を見ていたから、幼いからといざとなったら逃がされる立場から脱却した。そして、ヨサンダスとの戦争を勝利に導いた英雄を今後もカスペと結び続けるために、下賜を名目に王族と結婚させる。その相手として、幼いながらも私が選ばれた。


 ただ死に戻りのため婚約の公表までには至らず、結局ノーウスの第三王子セシリオ様に嫁ぐことになった。相手が変わったことには不満はない。国のためで、王族としての責務を果たせる喜びさえある。ただ……ハヴェルでもセシリオ様でもない、違う男性の顔が思い浮かぶことはあった。



 何度も時戻りが繰り返されることでデモが起き、ハヴェルが鎮めた。デモは陽動されて起きたものだが、そうなるまで私たち王族が事態を把握せず放置してはいない。


「クレメンテお兄様」

「んー? ああなんだ、愛しいキャリーじゃあないか」

「お久しぶりですね」


 服を着崩してへらへらと笑っている。数多くの女性関係も持っており、妹の私にさえさらりと愛しいと言ってしまえる軽薄さがあった。

 その姿は王族としては相応しくないが、今更私は咎めない。


「そうだなあ、キャリーは嫁ぐために準備を進めていて、顔を合わせて祝う暇すらなかったからな。しかも準備ができたら、直ぐにノーウスに行くんだろう? 寂しくなるなあ」

「そうですね。でも、忙しかったのは私だけではありませんよね。―――随分と大きく動かれましたね、クレメンテお兄様」

「さあ、なんのことやら」


 へらりとした笑みを絶やさないお兄様は嫌いじゃない。王族に相応しくない姿だろうが、それがお兄様のやり方だ。

 世間には無能と通じているが、妹の私は騙されない。


「貴族の炙り出していましたよね。これまで興味がなかったのに、突然次期国王として担がれてみせて。おかげでハヴェルに刺客を送っていた貴族の捕縛は順調みたいですね」

「……キャリーは本当に優秀だなあ」

「クレメンテお兄様もですよ。事前に内乱まで防いでみせたのですから」


 カスペは第一王子のイラリオお兄様が次期国王として決まっているが、それをよく思わず第二王子のクレメンテお兄様を次期国王にしようとする派閥があった。クレメンテお兄様本人は王位に興味がなく無能を演じていたはずなのだが……急にその派閥と関わりを持つのは不自然だ。

 時戻りで国内どころか世界中が混乱しているため王位を簒奪するには狙い目だが、私は知っている。私たち王族の仲はとても良好で、イラリオお兄様もクレメンテお兄様も勿論とても良好なのである。

 照れ隠しをして素っ気ないクレメンテお兄様を、イラリオお兄様は構って信頼を寄せるという形で。


 クレメンテお兄様は世界会議後の時戻りで、自らを次期国王に押す派閥に近づいた。

 そして、ハヴェルに刺客を放った貴族の情報が、私の元に匿名で提供された。

 その派閥内にはクレメンテお兄様を王位につかせ後ろ盾となることで利益を得たい貴族に隠れて、王位争いの過程で内乱を起こしてカスペを疲弊させそこを他国―――ヨサンダスが侵略という筋書きを考える、ヨサンダスに協力する売国奴がいた。その売国奴はハヴェルを何度も殺害して時戻りをさせ、民を煽ることでハヴェルを抱え込む現体制に不満を持たせ、また居場所をなくしたハヴェルがカスペから出て行くように仕向けた。現体制が揺らぐことで派閥が勢いづいて内乱に発展しやすくなり、英雄がいないことでヨサンダスはカスペに侵略して戦争で勝つことができる。


「はあああ。全てお見通しか」

「イラリオお兄様にも聞きましたしね」

「兄貴、言ったのか」

「きちんと秘密になさっていましたよ。ただ私の推測をお話したら、当たっていたようなので」

「……なら、許す。キャリーが優秀すぎた」

「守られるだけの存在にはなりたくないですからね」


 隠さなくたってよかったですのに。

 年齢だけを見て、責務を果たせる王族として見てくれないことに、声に不服な感情が混じる。

 クレメンテお兄様は眉を下げる。


「立派な王女だよ、キャリーは。ただ俺が気恥ずかしかっただけだ」

「嘘つき」

「…………まあ、大事な妹だ。危険なことからは遠ざけたいさ」

「私、まだ第二騎士団を主導して、ハヴェルを守る立場なのですけど」

「ごめんって。情報は提供しただろう?」


 クレメンテお兄様は私の頭を撫でる。

 ……こんなことで機嫌は直らないですよ。


 きゅっと口に力を入れて不満を顕わにすると、撫でる手が早くなった。そういうことじゃないが、たまにはいいかとされるがままとなる。私が家族の前では年齢相応の素を出してしまうから、お兄様たちも守ろうとしてくれるのでしょうね。


「こんな風にできるのも今の内だからな。早く大人になりすぎだ」

「私も守りたいですから。次はお役に立てます。前回の戦争では何もできませんでしたから」

「……避けたかったものだがな」


 内乱は阻止したが、ヨサンダスはカスペを諦めることはない。ヨサンダスで戦の準備がされていると、報告が入っている。


「私はノーウスに嫁いで、支援してもらうように動きます」

「無理はするなよ」

「はい。クレメンテお兄様も」

「俺は次はやることが少ないからいいんだよ。兄貴がではるし、英雄も出てくれるんだろう?」

「はい」


 ハヴェルには国を守るよう託し、了承を得ている。デモで民から言われることになったが、カスペを見捨てず戦ってくれる。


『私は去る身となりますが……代わりにどうかカスペをお願いします』

『力を尽くします』


 ハヴェルとは婚約をしていたが、王族と英雄の関係のままだった。お互い素を見せることがなかったが、私は時戻りであらゆる情報が上がってくる立場にいたため、一方的にハヴェルのことは知っている。

 寡黙なので本人の口から語られる内容は乏しいが、どの状況下でどの行動をするか、想いは行動に現れていた。ハヴェルは人情深い性格だ。味方を想い、味方のために行動する。


 過去の戦争では味方の被害を少なくするため、大いに力を発揮して英雄となった。何度も死んで時戻りが起こっているが、それはハヴェルの力が発揮しやすい条件下ではなかったためだ。相手が手段を選ばず用意周到に殺しにかかったこともあるが、正面からの戦いでなく奇襲で、大剣が振り回しにくく魔法も放てない屋敷内の戦闘で護衛と人が密集していた。


 そしてもう一つ、ハヴェルが自死していることもある。護衛の一人が目撃者だ。今回の時戻りの原因である、屋敷が燃やされて身を隠していた先の死だ。

 この護衛は致命傷を受けたが死ぬまでの猶予があり、視界内にいたハヴェルをじっと見ていて気付いた。避けられる攻撃を受け、わざと殺されたと。


 目撃したのはこの一回だけだが、これまでにも何度か自死した可能性が高い。自身が死んだら、死んだ護衛たちが生き返るためだろう。自身は死んで記憶がなくなるため、時戻りするという不確かな他者の言葉でよく決断して行動できるものだ。

 味方のために、自身の命を捨てられる。


 味方の中でも、彼女は特別大切なのでしょうね。


 立ちながら意識をなくして倒れそうになるロマを、ハヴェルは直ぐに気付いて支えた後、デモのところまで行き怒りを見せた。ハヴェルのロマに対する気持ちはどの程度のものかは不明だが、ロマをきっかけにして行動するぐらいの想いはある。


 ハヴェルを殺して初めて時戻りが起こったことといい、ハヴェルにとってロマは特別だ。


 ヨサンダスとの戦争で勝利に導いたハヴェルは英雄で、そのときの私には守る力がなかったことから、憧れから、物語の主人公のようだと思っていた。今もハヴェルが死なずに記憶なく生きることから、物語の主人公だと思っている。

 ロマはその物語の中で、どのような登場人物となるだろうか。順当にいけば主人公と恋するヒロインなのだが……ロマは恋とはとてつもなく縁遠い性格だ。


 ロマがヒロインであれば、簡単に物語は進んで終わってしまうでしょうけどね。


 *



 ヨサンダスと戦争が勃発する前に、私は無事嫁ぐことになった。ただ祝われる立場の私が、逆に祝うことになるとは思いもしなかった。


「俺たち、結婚しました」


 ヨルクがベランジェールと並んで、そう言う。二人とも揃いの結婚指輪をしていて、恥ずかしがりながらも頬を綻ばせている。


「おめでとうございます」


 口は勝手に動いてくれた。不自然に思われていないだろうか。膨らんだ感情を抑え、意識的に笑みを作る。


 ヨルクは幼い頃の遊び相手で、その後は騎士の道を選んで第二騎士団に所属することになった。第二騎士団を主導することになって、馴染みの顔があって内心安心したものだ。喜びもあった。その感情の根本はどのようなものだったのか、結婚報告をされて気づく。


「唐突なご報告になって申し訳ございません。なんせ結婚を決めたのが急なことでして…………時戻りが何度も繰り返される中、側で支えてくれたのがベランジェールでした。彼女とは幼馴染で以前から交際をしていたのですが、時戻りがまだ解決していない中だからこそ結婚したいと、苦しい現状だからこそ、この幸せを大切にして生きて行こうと思います」


 ヨルクは幸せいっぱいの緩んだ表情で、ベランジェールの手に触れる。ベランジェールはその手を頼りにおずおずと話す。


「キャリー様、あの、ヨルクのことは幸せにします!」

「ベラ! おま、何言って……っ!」

「だって、ヨルクは私と同じようにキャリー様と幼馴染なんでしょう? だから、ヨルクのことは不幸せにしませんって、任せてくださいっていう気持ちで……」

「あーもう、キャリー様の前だからって緊張するな、落ち着けって」

「ううぅ、申し訳ございません、キャリー様」


 私は何も言っていないのに二人のやり取りが発展されていって、なんだか笑えてくる。胸がすとんと落ちて、素の感情で二人の結婚を祝うことができる。


「ふ、ふふ」

「キャリー様?」

「ふ、不快に思われましたか?」

「いいえ。ですが、ベランジェール、来てくださる?」


 ヨルクには離れていてもらって、ベランジェールにだけ耳打ちする。


「わたくしの幼馴染を奪うのです。勿論幸せにしないと許しませんよ」

「ッ!?」


 ベランジェールは耳を手で押さえ、顔を赤らめる。くすぐったかしら? でもこのぐらいの意地悪はいいですよね。


 私はヨルクに恋をしていた。今さっき気付いたような淡く、近しい仲にいる相手に抱く親愛のようなものだったが、紛れもなく私の初恋で、失恋した。


 ちょうどよかったのかもしれませんね。


 私はノーウスに嫁ぐ身だ。初恋を終わらせることができて、セシリオ様に向かい合うことができる。


 馬車でノーウスに移動中、一人ひっそりと泣いてしまったのは失恋だけじゃない、殆どを置いて出て行くからだ。

 私物も、家族の父も母も兄も、私の成長を見守ってくれた人たちも、王族の私の身を守ってくれた人も、守ろうとしたカスペも、遠く離れていく。近くにないからって想いは忘れることなく、変わらずカスペを守ろうとするが寂しい。


 昔から頼りにしてきたアンドレアスも寿命で死んで、別の護衛だ。奴隷から拾い上げたモアも、その記憶力を生かすためにカスペに留めた。本人は私の役に立ちたいとついてこようとしたが、気持ちだけ受け取った。


「ノーウスへようこそ。お待ちしていました」


 国境を越えた先で、セシリオ様が出迎えてくれる。人柄は世界会議で触れ、政略だけの関係に留まらず、よき夫婦としてやっていけると確信している。


「ここまで長く険しい道のりだったでしょう。この先は安全ですから、安心してくださいね」


 距離も離れており、平坦な道だけではなかった。またカスペとノーウスを結ぶこの身を狙う、襲撃者も多かった。

 安全ということは襲撃者のことを言っているのだろう、ノーウスの王都につくまで荒事は一切なかった。私の目に触れさせないようにしていたことは、雰囲気で分かった。


「貴方はノーウスで不便をするかもしれません。文化は違って慣れず、カスペの王族であることで厳しい目線もあるでしょう」


 カスペは小国で、ノーウスは大国だ。国力差は大きく、同盟を組んだと言ってもカスペが支援されることになるだろう。カスペは時戻りの原因であるハヴェルがいて、ハヴェルは命を何度も狙われており、ヨサンダスも侵略してくる。


「それでも、私は貴方様の妻となりましょう」


 覚悟はできている。泣き言は馬車の中で済ませた。


「勇ましい妻ができて嬉しいよ」


 さあ、これからもカスペを守りに行きましょう。大切な人を、民を守るために。セシリオ様の手を借りて、馬車を降りる。私は堂々と胸を張って、一歩を踏み出した。



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