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9.騎士の慟哭

「……以前、絡まれていたところを助けて、話をしたことがあるのです」


 騎士ヨルクが簡潔に説明をする。それだけでは納得しなかった別の騎士が、野外からの急襲を警戒しながら詰問する。だが、女性が泣いている赤子をあやしているためか、声は小さかった。


「それだけでなぜ無害と言える」

「それは……」

「私に構わずお話しください。この子が悪魔の子と呼ばれ、迫害されていたことを」


 女性は淡々と話す。この子というのは赤子のことだろう。

 ヨルクからの追加の説明はなかった。女性とハヴェルを一瞥して、ぐっと黙り込んでいる。……話せないのか。


 赤子が泣きやみ腕の中で眠り始める。女性はヨルクの他、私たちを眺めた。

 敵意はないが、好意もない。探るような視線で不快感があった。

 女性が言う。


「お時間があるのならば、私たちの事情をお話ししてもよろしいでしょうか。休息のついででもいいのです。時戻りのために奮闘される方々に聞いてほしいのです」


 女性はハヴェルを見つめていた。


「……分かった」


 ハヴェルは拒否しなかった。そんなハヴェルを、生き残ってついてきていたノルベルトは心配そうな顔で見ていた。


 私は壁に背中を預けて、少しでも休息をとる。他の者は真面目に話に聞き入っていた。


「この子、ウドは時戻りした日に生まれる子です。私のお腹を行き来している子なのです。時戻りをしたときは陣痛が既に起こって私が横になっていて、生まれたいと訴えているのです」


 そのことを知らなかったことで絶句している者と、私のように聞いたことがある者が悲痛の表情を浮かべる者で分かれる。

 騎士の誰かが無謀にも言う。


「それは……大変でしたね」

「はい、それはもう毎回毎回、壮絶な痛みに耐えながら我が子を産みますからね」

「……申し訳ありません」

「…………私のことはいいのです。懸命に産まれてこようとする子のためです。母としてその苦労は耐えます。耐えてみせましょう」


 覚悟に満ちた目で話す。

 強いな、と思う。何時間もかけて赤子を産むのを繰り返すことは、既に何回も経験していてこれからも産み続けると言えるのは。

 壮絶な痛みは何度経験しても和らぐことはないだろう。もう産みたくない、苦しいのは嫌だと発狂する人もいただろう。だが、この女性は現在耐えている。きっとこの先も耐えてみせるだろうな。


「問題はウドのことです。毎回毎回元気に産まれてきてくれるのですが……周りの人にとっては違うように見えているようで。ただ大人しい子なだけです。手がかからない子なだけで……それを不気味だというのです。時戻りのせいで狂ってしまった子どもだと、ただウドがじっと見つめているだけで心を見通される、悪魔の子だって!」


 母の叫びで、ウドは泣き始める。女ははっと正気に戻り、ウドをあやす。


「悪魔の子のはずないのに。だって、こんなに愛らしいんですよ」


 女はぎゅっとウドを抱きしめた後、願う。


「お願いします。この子が成長する時間をください。大きくなった姿を見させてください。時戻りが起こらない世界を、戻らない時間の進みで人が歪にならないことを、私は願います」


 女が見てくる目は、私たちに覚悟を問うようなものだった。



 その後、静かながらにも次に身を隠せる候補を出し、女性の家を出る。襲撃があって負傷者を出しつつも、到着することができた。このようなときのために、ひっそりと買い取っていた家らしい。

 負傷者の手当てをして、交代で休息をとることになる。私は重たい体を働かせて、警戒に回ることになった。休息をとれと言われても、襲撃の可能性から少しの間でも寝ることはできなかっただろう。


 ハヴェルも起きていて、大剣を携えている。逃走中にハヴェルが戦う姿を見たが、英雄と言われるだけあって相当な実力だった。

 だが、大剣と得物が大きいためか、周りの被害を考えて窮屈な立ち回りだった。英雄と言われるには足りない実力だった。


「ねえ」

「……なんだ」


 沈黙で包まれていた中、女騎士のベランジェールが言う。

 ベランジェールヨルクもそうだが、若手ばかりが生き残ってこの場にいる。年齢が高い者は自ら体を差し出して、戦いの場に残っていった。若手を生かしたいという気持ちは見え見えだった。

 私も騎士の年齢からみて若手に入るが、そこは騎士道からか、騎士が先に体を張って死ぬということで、ここまで生き残っていると思った。同じ理由でハヴェルの親友で傭兵のノルベルトも生き残っている。


 面倒を見ることになったヴィートは、足手まといになるといって置いてきている。隠れていろと言い聞かせ、ハヴェルがいる私たちの方に敵は集中していることだから、無事でいるだろう。


「貴方から見て、私たちは努力が足りないのかしら」

「足りていないことはないが、どんな手段でも使って死に戻りを食い止めてはいないだろう」

「……そう」


 どんな手段に込められた内容はベランジェールに伝わっているだろう。

 一番いいのは、ハヴェルを監禁することだ。所在を隠して人の出入りは最低限にし、囚人のように自由なく閉じ込める。そしたら生存率は格段に上がるだろう。


 赤子の母からすると、なぜそうしないのかと思っていることだろう。


 人道的にしないだけではないはずだ。

 ハヴェルは英雄だ。それも劣勢をひっくり返して、大国ヨサンダスの侵攻から救った英雄の力がある。

 その力は何度も死に戻りになり、現在窮地に陥っていることから私から見て懐疑的ではあるが、ヨサンダスの抑えとなるのだ。監禁なんてしていたら好機ととられてヨサンダスに攻められて、今度こそ小国カスペは終わる。侵攻されたときのみハヴェルを解放しても、誰が監禁してくる国を戦い守るのか。


 それでもハヴェルは監禁に近い、監視をさせられている。

 ハヴェルは屋敷から出ることなく、どこにいくとしても護衛対象として目を離されることはない。本人から不満は出たことはないが、確実にストレスはあるだろう。


 考え込んでいると、別の部屋から大声が聞こえる。休息をとっているはずの騎士がいる場所だ。

 襲撃だったらもっと大声で叫んでいるはずなので諍いだろう。ゆっくりとはできないが素直に寝ていればいいのに。


 一人の騎士が様子を見に行くことになるが、ハヴェルもその後をついていこうとする。


「俺こそが見ておくべきだろう」


 誰もハヴェルをとめなかったため、大勢で見に行くことになる。窮屈なのは確定なので私は残ろうとしたが、ベランジェールが私を連れて行く。なぜだ。


「あの女性だけじゃない、俺だって子どもがいる。四歳になったばかりの子だ。何度も時を繰り返したら、年に似合わない大人びた子になるだろう」


 声の主は私たちの存在に気付いていなかった。誰も気づかせようともしなかった。


 二人の騎士が向かい合っていた。片方が泣いている騎士に話す。


「もう数えきれない程時戻りはした」


「同時に数えきれない程仲間は傷つき、死んだ」


「だが、だからこそだ」


「気持ちは分かるが、そんなこと言うな」


「時戻りをした回数を、仲間の犠牲を無駄にするな」


「死に戻りたいなんて、言うな」


 そう語った騎士は涙が零れるのを堪えていた。


 もう片方の俯いている騎士に足音を立てて向かっていくのはノルベルトだった。騎士の襟首を乱暴に掴んで、低い声を出す。


「死に戻りたいって、言ったのか」

「……ああ」

「二度と言うな。それは、ハヴェルに死んでほしいと言っているのと同じだ」


 ノエルベルトはその騎士を突き飛ばし、部屋から出て行く。「頭を冷やしてくる」と言い残して。


「お前は死んだことがないんだっけか。……死って恐ろしいんだぜ。いつまでも死の感覚がついてくる」


 ハヴェルの護衛についていた騎士が、解き飛ばされた騎士を起こす。


「でも、分かるよ。元通りに、やり直したいよな」


 その呟きは小さいながらも、よく聞こえた。


 それだけを聞いて立ち去るハヴェルを、私はついていく。沈黙を貫くこの男は当事者として何を考えているのだろうか。

 その後、何日も身を潜んで過ごすが、買い出しから帰ってきた騎士に扮して刺客が急襲する。私は先に死んだ。ハヴェルもその後直ぐに死んだと聞いた。


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