7.仲介人からの情報
傭兵の襲撃は粗末なもので、味方に死人が出ることなく対応することができた。傭兵から情報を聞き出すと、報酬の金目当てだったらしい。雇い人の素性は判明しなかったので、引き続き調査と警戒をすることになる。
第二王女が出席した世界会議が終わり、帰ってくると聞いた後の頃だ。頻繁に刺客がハヴェルの命を狙いに来るようになった。
ほぼ毎日の頻度だった。数もそうだが、魔道具を使用してくるのが厄介だった。ルーデが使用していた爆発の魔道具には威力は劣るものだったが、幅広い種類で不意を突かれ厳しい戦いが続いた。
私が休息をとっているときに、死に戻りは起こった。情報を得られる場にいなかったが、魔道具を所持している刺客にやられたのだろう。敵は勢いに乗っており、私たちは疲弊して対応しきれなくなった。
死に戻ってしまったことはもうどうしようもないため、気を取り直して行動する。次死に戻りがあったときの行動は決めていた。ハヴェルの屋敷には向かわない。私にハヴェル殺しを依頼した仲介人の元に向かう。
どこに仲介人がいるかは特定していなかったが、大体どこを住処にしているかは何度か会ってやりとりをしていたため知っている。あたりをつけて待っていると、夜明けにこそこそと移動している者がいた。なんて分かりやすい。
私はそんな仲介人をとっつかまえて、地面に転がす。
「久しぶりだな」
「な、なんだ。誰かと思ったらロマじゃねえか。音沙汰がなかったから死んだかと思っていたぜ」
「白々しい。私のことなど調べがついているだろう。だからこうして逃げている」
私の自殺をとめようと宿に大勢が乗り込んで大騒ぎをして、ハヴェルを守っている中に騎士以外の女がいるのだ。依頼の仲介をする上で情報には富んでいる立場なのだから、そんな簡単に手に入る情報を知らないはずがない。
そして、私から仲介人の情報が漏れていると考えて、懸命に情報を集める騎士から逃げている。暗殺の依頼を取り扱っているから、情報を吐くだけでは済まない立場だ。しかも第一にハヴェルを殺そうとした依頼人の情報を持っていそうな重要な立場である。死に戻りが起こった時点で荷をまとめて逃げるに決まっている。
「目が覚めて直ぐ動いているってのに。随分と目覚めがいいんだな」
仲介人は悪態をつきつつ、逃げる隙を探している。
「安心しろ。私は情報さえ得られれば、その後は自由にしてやる」
「本当か?」
「私は騎士のように正義の味方ではない。捕まえろと言われていないしな。ただ何度も同じことを繰り返すのは面倒だから、知っている情報は今一度に全部吐け」
「仲介人は情報を守るから信用される」
「守り抜く必要がある情報ではないだろう。国から一生睨まれ続けたいか? 手痛い目に遭いたいか?」
短剣の切っ先を仲介人に向ける。
「…………分かった。話すから短剣をしまえ。落ち着いて話ができねえ」
仲介人は頭を項垂れる。どこで何を聞かれているのか分からないため、場所を変えてから話し始める。
「大した情報は持ってないぞ。他と同じで、素性は隠していたからな」
「それでもいい」
「依頼人はそこらで雇われたやつだった。依頼が書かれた手紙を渡せと言われたらしくてな。全身を黒いローブで隠していた。何重にも人を挟んで依頼しているのか、手紙を持ってきた奴は背の低い子どもだったらしい」
「その子どもは辿れないのか?」
「辿るには特徴がなさすぎた。ただこの辺りにいる子どもではないのは確かだな」
「使えないな」
大した情報を持っていると期待していたが、他と変わらなかった。
「それほど用心している相手だってことだ。俺が使えないわけじゃねえ」
「他に情報はないのか?」
「勿論使える俺だからな。あるにはある。が、このままじゃあ話せねえな」
にやにやと笑っており、随分と余裕があるようだった。
何を欲しているか分かっている上で、私は短剣を仲介人の頬の横に投げつける。
「あいにくと手持ちは短剣しかなくてな。短剣でいいなら、いくらでもやろう」
「いらねえよ! ちっ、融通が利かねえなあ」
裏社会で仲介人をしているぐらいだから、肝は座っている。どこまで言っていいか、踏み越えてはならないラインも分かっている。私は相手の予想通り、大目に見る。
「で、情報は?」
「お前らがルーデと呼ぶ女についてならある。腕は立つようだが、裏社会には通じていないようでな。よそもんなんだが、どこから来たかは分かっている。―――トゥーアからだ」
「魔法大国か」
「そっちでも調べはついていたか?」
「魔道具を使っていたから予想の一つだった。それに最近は魔道具をよく見ていたからな」
襲撃に使われていた魔道具はどこから調達したのか。小国カスペでは魔道具を作成できる技術はなく、他国からとなる。候補にトゥーアの名があるのは当然だ。
「ルーデと最近よく襲撃してきた刺客の雇い人はトゥーアか?」
「魔道具の入手先はトゥーアが確実だが、雇い人までそうかは不明だ。まだ購入できる範囲内にあり、トゥーアの者が英雄を殺す理由がない。殺す理由としてはヨサンダスの方がある」
ヨサンダスとはカスペと戦争をしていたため、邪魔な英雄を殺す理由はある。
「だが、ここまでは調べがついていないか? 刺客の雇い主の中にはカスペの貴族が混ざっているらしい」
「なに?」
カスペの英雄を、カスペの貴族が殺すことがあるのか。
そして、刺客の雇い人は複数人いるのか。
「思い至ってねえみたいだな。―――売国奴だ。自国の英雄を殺して得られることなんて、それしかない」
「なるほどな。なら他国と通じている貴族がいるってことか」
「そういうことだ。あてがついている、間抜けな貴族様について教えてやろう。今回はサービスでただにしてやる」
「…………いずれ、調べがつくような情報か」
「早い方がいいだろう? 次のご利用は有料だからな」
ただで売る情報はそこまで価値がないものか、売り時で恩を着せるものかだ。騎士の調べよりも早く情報を持っていると、そんな手腕のある自分には価値があると示している。
どうせ次捕まえることがあったら、同じように情報を売って見逃されることだろう。
間抜けな貴族の情報を教えてもらい、仲介をするにあたって情報に通じている仲介人は最後に問いかける。
「お前は逃げねえんだな」
「……」
「弱みを捨てちまえばいいのに。それができる女と思っていたんだがな」
「……」
言い返すことはしない。情報を得られないよう無言を貫くが、今の私の立ち位置から意味のないことだろう。
仲介人にとってもこの問いかけは、情報の確認にすぎない。
母を切り捨てられるなら、とうにしている。
「せいぜい日向で生き抜くんだな」
仲介人は私を見ものだと言わんばかりに嘲笑って、影の中に消えていった。