プロローグ
手に伝った感触には慣れていた。
男は私を鋭く睨みつけ、憤怒の形相でいる。夜陰の中では色が判然としないが、つうと口から流れるのは赤々とした血に違いない。歯を食いしばって、血が流れている。くぐもった呻き声が聞こえて、直ぐに聞こえなくなる。
男は死んだ。私が殺した。
呆気ない。
短剣を鞘に納めて、踵を返す。
男は戦争で華々しい活躍をしていた。
小国カスぺが大国ヨサンダスに攻め込まれ、なすすべなく劣勢に追い込まれていたところ、男が現れて数々の戦場で勝利を導いた。いつしか英雄と呼ばれるようになり、これからも活躍をするはずであったが、こうして闇討ちにより呆気ない最期を迎えた。そのはずだった。
「どういうことだ! 殺したっていう英雄は生きているじゃねえか!」
依頼の仲介人が怒鳴り込む。女相手にも容赦がない。それが当然の裏社会で、私も動じることなく内心溜息をつく。
依頼完遂を報告した次の日に呼び出されていた。思わぬ話に影武者だったのかと、面倒くささを感じる。そのときは楽観視していた。
英雄は確実に死んでおり、その死を起点として時が巻き戻っていた。
『死に戻り』により英雄が死なず、同じ日が繰り返されることは、私たちに絶望と果てしない時間を齎した。