7話 懺悔
ごうごうと激しい夜風の轟く中、茶髪の少年は大きな邸宅の前に立っていた。黒いオーバーコートをバタバタと靡かせながら彼は落ち着いた顔で薄暗い明かりの灯った邸宅を眺めていた。
カツン…カツン…と、静寂さに満ちた夜の景色を壊す様に彼の足音は夜風の音と共に響き、一歩、そしてまた一歩と、邸宅の方へと近づいていった。
―――数時間前―――
満月が東でうっすらと光る刻だった。
「もう一度聞く…本当にお前だけで行くのか。」
沈んだ声で、ヤマトを睨む様な目つきで、リーブは問う。4人は邸宅前のレンガ張りの広場に立っていた。
「…何度聞いても俺からの返答は同じだ。」
落ち着いた雰囲気で邸宅を見ながら茶髪の少年は答える。
「冷静になれ。一人で行くのは流石に無茶だ。敵は『総裁』の称号を持つ事は覚えているだろうな。自殺しに行くようなもんだろ。」
「リーブ君の言う通りだよ!行くなら皆で行こう!」
リーブにつられてミナも言い出す。
「…あいつは町一つを恐怖政治で支配出来る限りかなりの実力は持っている筈だ。ここで全員行けば最悪の場合全滅する。被害を最小限までに抑えるために俺だけが行くと提案したんだ。」
静まり返った周囲をよそにヤマトは続ける。
「その上俺の種族はカブトムシ…戦闘にかなり適した種族だ。体も頑丈で力もある。何より夜行性の特性以上、夜になると俺の力は倍増する。それ故俺が一人で行けばより効率がいいし、被害も少なくなる。だが、仮に俺が戻って来なかったらお前らはこれ以上この事に関わるんじゃない。マリーの事も諦めろ。」
「ギルド長を気取ったような命令だな。」
「そんなことは理解している。今回だけ、俺の命令に付き合ってくれ。」
彼に同意したのか否か、リーブは何も口にする事なく、そっぽを向いた。
それ以上、ミナ、ナナシ、そしてリーブと口を利く事もなく、ヤマトはたった一人で邸宅へ向かった。
―――そして現在―――
「…誰だ。」
さっきまで睡魔に襲われかけていた門番は向かってくるヤマトの姿を見るなり、野生生物としての本能が刺激されたかの様に、ぱっちりと目が開いた。
茶髪の少年は門番に見つかるなり、すぐさま顔面に殴りつけた。眉間から血を流し、白目を向き失神した門番のポケットから青白い月の反射光が映る金色の鍵を手にし、鉄の匂いが臭う大きな門をギィィィンと甲高い音を鳴らしながらゆっくりと開けた。
「「「侵入者だァ!!!!」」」
雄叫びを上げながら走り向かってくる数十人の用心棒たち。剣を持つものも居れば、槍を持つものも居た。
手始めに剣で斬りかかる一人を、ヤマトは斬撃を避けながら顎に一発殴った。後ろから槍で奇襲しようとした者を肘で突き、そして飛んで上から襲う者は蹴る。
もともとカブトムシは甲虫目に属する故に外骨格が非常に硬い。その事を知らず殴りにかかった用心棒たちはヤマトを痛めるどころか自分の指を負傷してしまった。
自身の種族の特徴を扱い、ヤマトは優位的に戦うことが出来た。いつの間にかさっきまで自信満々で襲ってきた敵は今じゃ逃げ惑うようになった。
最後の一人に峰打ちした時が、「総裁」、もとい町長の部屋前に着いた時だった。
木製のドアを開け、目に写ったのは30代半ばを過ぎたとは思えない若々しい緑色の髪をもった長身の男性が書斎のような自室で赤いアームチェアに座っていた。この男性がデノールで間違いないだろう。
「…来たか。」
葉巻を口に咥えていた男性は知り合いであるかのような目つきでヤマトを睨んだ。
「…要件は何だ。」
長らく葉巻を吸ってきた者特有の声でヤマトに問う。
「お前に賭けを申し込んで来た。」
「…賭け?」
その意味不明な要件にさすがの総裁も困窮した。
ヤマトはポケットの中から小さく折られた紙を一枚取り出した。それを広げるとインクで書かれた太く大きな文章が目に映った。
"Application Form for Amnesty"※
(恩赦願書)
「今日の朝頃に友人の一人が無実の罪で拘束された。あいつを釈放する唯一の方法はお前がここに署名するしかないと、お前の町の行政機関がそう言ったからだ。」
「…それが賭けと何の関係がある?」
「釈放するに十分な証拠と賄賂が無かったからな。そこで俺は恩赦を申告しに来た。それが力づくでも。」
「…恩赦を受けるという理由の為に命を賭ける者がいたとはな…」
無表情のままヤマトは語る。
「…ルールはこうしよう。両者とも全力で交戦する。俺が勝てば署名してもらうし、お前が勝てば俺は諦める。補足として一つ、俺は武器も七変化も使わない。二つ、お前は俺を殺してもいいが、お前はどの場合でも生かす。以上だ。」
「お前にとって不利な補足ばかりだな。そこまで自信があるとでも言いたいのか?」
「お前がそう言うなら、そうかも知れんな。」
そしてデノールは無言でヤマトの方を目掛け、左足で砂煙を弾き飛ばす様な速さで床を蹴った。30フィートぐらい離れていたのにも関わらず、一瞬でヤマトの目の前に着き、右ストレートを打とうと言わんばかりに拳を強く握りしめ激しく右腕を後ろに曲げた。そして腕を素早く左へと向け、肌の弾く様な音と共にヤマトの顔面に殴ったと思えば、ヤマトはボクシングのように腕を垂直に曲げ、盾がわりにする事で大きな怪我は負わなくて済んだ。
「…流石はカブトムシ…今の衝撃で腕が折れていないとは驚いたものだ。」
「骨は折れなくともアザは出来ただろうな。お前の拳を褒めてやりたいものだ。」
そう言った途端に両者は激しい肉弾戦を始めた。バシッ、バシッと殴り合う音が秒間に何度も部屋に響き渡る。戦いの影響で椅子やテーブルは割れたり倒れたり、床には窓ガラスの破片がいつの間にか散らばっていた。そうやって殴り合いと蹴り合いを繰り返す内に気づけば二人は壁を打ち破り中庭へ飛び出ていた。
「狭い部屋よりこの中庭の方が戦いやすいだろう?」
広々とした中庭を自慢するかのようにデノールは問う。
「どこでも良いさ。お前に勝てるかどうかが問題だ。」
そしてその自慢を無視するかのように切り返すヤマト。それに続けデノールは問う。
「そういやお前、『七変化』は使わないと言ったな。」
「今更それを聞き直すか?」
「それを使わないと言う事は、翅を使わない事と同義。空中戦は不可能に近い。」
「だろうな。」
それを聞いた途端にデノールは羽を広げた。砂煙と共にこだまするほど地面を強く蹴って そして屋根に近い高さまで飛んだ後、そのまま空中でホバリングした。
「悪く思うんじゃないぞ。これはお前が提案したルールだ。」
そう言ったが早いか、デノールの両腕は緑色へと変色し始め、やがて手は刃先に無数の小さい棘が生えた鋭い緑色の鎌の様な形状となった。
「…私も時間が有り余っていると言う訳ではない。さっさとこのお遊びを終わらせるとしよう。」
空気を蹴り飛ばすようにデノールはヤマトの方へと例えがたい速さで向かってきた。避ける隙が無く、やむを得ずヤマトは腕で斬撃を受け止めた。デノールがまた飛んで行ったや否や、ヤマトの黒い袖から月の光を反射した赤い血が飛び散った。アザと共に皮膚の破ける感覚がジーンと腕中に広がる。やはりこれは賢い選択ではなかった。
流石に痛みに耐えることは出来ず、ヤマトは腕を握り締める。握れば握るほど、血が果汁のように止まらず流れてくる。
一撃で済むはずもなく、デノールは次から次へと飛び降りてはヤマトに斬りつける。地上へ降りた隙を見計らって殴ろうとするも、殴る前に切りつけられる。何回かその過程を繰り返す内にヤマトの腕と胸は血で赤く染まった。まるで血のシャワーでも浴びてきたかのように。
「恨むならクソみたいなルールを提案した自分を恨むんだな。」
血みどろになった茶髪の少年をデノールは罵る。
「…空が駄目なら…屋根があるじゃないか…」
左腕の上腕二頭筋を右手で握り締めながら邸宅の壁へとヤマトはゆっくりと歩き向かう。壁に右足を置いたかと思えば、ひょいと重力を無視するかのように彼は壁の上へ立った。そしてそのまま壁の上を歩く。「壁の上を歩く」、全ての昆虫が持つ特性だ。
4階建ての邸宅の壁を歩き終わった後、ヤマトは屋根へと足を踏み入れた。赤い洋瓦で埋め尽くされ、でこぼことした屋根だった。年季が入っているのか、塗膜が劣化している。
「…よっぽど死にたいようだな…」
さっきから変わることなくホバリングし続けているデノール。緑色の鎌は返り血でスイカのような色合いになっている。
「…死ぬのが怖いなら、ここへ来たと思うか?」
「…楽にしてやる。」とでも言うようにヤマトの方を見つめ、両腕を後ろへ向ける鎌に勢いをつけた。
「本能スキル『裂王斬・上』‼‼」
その掛け声と共にデノールは凄まじい速さで飛び向かった。ヤマトの目の前へたどり着いた途端に一瞬速度を止め、両腕を素早く上へ振りかざし、そしてヤマトの脳天に斬りつこうとした。裂王斬・上とはそんなスキルなのである。
動きを止めたデノールの一瞬の隙を見計らい、ヤマトはデノールの右手首を強く握った。
「本能スキル『瞬』‼‼」
ヤマトは脚力を最大限まで使い、空中へジャンプした。手首を強く握られたデノールをあたかもハンマー投であるかのようにブンブンと回転させ、そして屋根へと思いっきり叩きつけた。
「…カハッ!?」
例えようのない痛みにデノールは思わず声を発した。それは今まで経験したことのない、体中にしみるような痛みだった。体の左横を思いっきり叩きつけられた衝撃は異様なほどにまで凄まじく、口から数滴ばかりか喀血を吐き出した。
痛みにピクピクと震え出すデノールを、軽蔑するような目つきでヤマトは睨む。
「…これでお揃いだな。」
さっきまでの冷静さはどこへ行ったのか、屋根の上で横に倒れたままデノールは何かと荒い息と共に不安そうな表情でヤマトを見つめる。
「クソ…クソッ‼」
ヤケクソ気味に指から魔力を放つデノール。彼の魔力は錆浅葱色の糸として現れた。普通の者に対して使ったのであればその魔力はその者の手足に結び付き、操り人形のようにありのままに操れるようになったであろう。だがヤマトは例外であった。どういう訳か飛んできた魔力はまるで拒否するかのようにヤマトの体から離れていく。
「な…なぜだ!私の…この私の魔力が効かないというのか!?」
「…俺は生まれつき『魔力耐性』とかいう本能スキルを持っている。お前と同程度の者の魔力なら無力化する事ができる。」
もう一度デノールを睨み、ヤマトはこう言う。
「今のお前は…チェスで例えるなら『詰み』の状態だな。」
その言葉を聞いてデノールは「冷静さ」というものを完全に失った。
「お前は…貴様は一体何なんだァ!?」
「ただの旅人…それだけで十分だろう。」
そう言うなりヤマトはありったけの筋力を両腕の拳に溜めた。血管が膨れ上がり、そこから血がトクトクと流れるほどに。
「進化スキル『揺籃拳』‼‼」
拳に筋力を最大限までに溜め、それで殴るというカブトムシに伝わるダサい名前のスキル本能スキル「多段式垂直衝突拳」を何十発も打つという進化スキルを、ヤマトはデノールに対し使った。先ほども述べたように、カブトムシの体は非常に頑丈である。それゆえ拳も石のように硬い。これを何十発も腹に殴られたデノールは叫ぶ暇もなく、白目を向いてひたすらに血を吐き続け、そして屋根から中庭へと落ちた。
仰向けになったまま中庭で横になるデノール。屋根の上からスタッと飛び降り、貧血のせいかハァハァと荒い息遣いでデノールの方へ向かうヤマト。まだ意識が残っている事を確認したヤマトはポケットの中に閉まっている恩赦願書と羽根ペンを取り出し、吐血で紅色に染まったデノールの胸に放り投げる。
「署名しなければお前の腹を踏み潰す。」と、言わんばかりに足をデノールの腹に置く。秒が経つにつれ踏み具合はどんどん強くなっていくようだった。
意識がもうろうとしているのにも関わらず、デノールはペンを右手に、願書を左手に署名し始めた。書き終わった瞬間にバタッと両腕が地面につく音が聞こえた。
ヤマトは願書を拾う。震えた手で書いたものとは思えないほど、丁寧に署名されていた。夜風はまたごうごうと轟く。冷たい風が傷口に染み入る感覚は例えがたいほど不快だった。
「…………………」
茶髪の少年はそこから立ち去る。何も言うことなく。振り向くこともなく。
「痛ェ…」
「ああ、動かないで。そこはまだ止血出来てないよ。」
リーブの家でミナに包帯を巻かれるヤマト。朝霧の漂う時刻だった。
「あれほど止せと言ったのに無茶するからそうなったんだ。」
「マリーを助け出せた事なんだし別にいいじゃん。」
嫌味のある言い方で非難するリーブと、ヤマトを庇うようなナナシ。
「俺が留置所来た時俺が願書を持ってきた時の看守の顔は今でも忘れられん。」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした看守の顔を思い浮かべるヤマトは思い出し笑いしそうになった。
「でもいきなり夜に来るなんて早すぎるよ、留置所の中は意外と寝心地が良かったし。」
「もう一度そこへぶち込んでやろうか?」
いつものような会話をするマリーとリーブ。
そんな光景がいつまでも続くと思えば、ヤマトはこんな言葉を口にした。
「…これで俺も立派な犯罪者だな。」
突然の発言に唖然とする一同。
「…何を言いたい?」
ヤマトを睨むつけるリーブ。
「同意の上だったとはいえ、俺があの町長をボコボコにしたことに違いはない。殺人未遂にはならなくても、暴行罪にはなるだろう。しかも相手は『総裁』だ。罪状はもっと重くなるだろうな。」
真剣に話を聞き、全員は黙りこくった。
「…幸いにも奴は俺の名をまだ知らない。だが種族と特徴はバレている。警吏の連中に居場所が知られるのも時間の問題だし今日中に俺はここを立ち去るとしよう。」
「立ち去る」という言葉が的を射た発言だったのか、それを聞いた途端にミナとナナシは少しばかりか慌てた様子でヤマトにせがんだ。
「ヤマト君がここから去るなら私も行く!」
「僕も!一人で行くなんてずるいよ!」
そしてその言葉につられてマリーも子供のようにせがんだ。
「僕も行きたい!」
(呆れた奴らだ…)
不満そうな顔で皆を見つめるリーブ。
「…俺に着いていったらロクな事でも起こらんがいいのか?」
微笑の顔で問いかけるヤマト。
「ぜんっぜん大丈夫。」
「その方が楽しそうでいいじゃん。」
全く熟考せずに切り返す3人。少々不気味なアルカイックスマイルを保ったままヤマトは言った。
「…後悔するんじゃないぞ。」
しばらくして、扉から2回ほど、ノック音が聞こえてきた。リーブは渋々ながら開けに行く。扉の向こう側に立っていたのは真っ黒な衣装と共に黒い羽根飾りのついた帽子をかぶった、薄い口髭を生やした中年ぐらいの男性だった。おそらく種族はオオセンチコガネだろうか。光沢のある青と緑の混ざった髪を生やしている。
「…ヤマト・ルビートだな。」
リーブが扉を開けると同時に男性の目線はヤマトの方へ向かっていた。夜警の様な服装をしていたため、今からヤマトが連行されるのではないかと、皆は一瞬の間、絶望に満ちたような目つきをしていた。
その目つきからまるで心を読んだかのように、男性はこう言った。
「安心しろ。俺は警吏でも夜警でもない。」
体から何か思いものが抜け落ちたかのように、ほっとする一同。青髪の男性は続ける。
「…お邪魔させてもらうぞ。俺はルビートと話がある。」
男性は帽子を脱ぎ、テーブルの方へ向かった。
「昨夜、デノール町長を半殺しにした者はお前だろう。」
ヤマトに問う男性。これ以上は隠し切れないとヤマトは悟った。
「…警吏でもないのであれば、なぜ俺を捜しにここへ来たんですか。」
あたかも尋問室であるかのように、ヤマトと男性はテーブルで話し合う。
「…よく聞け。お前が殴ったデノールは『連盟側』の者だ。」
腕を組みながら二人の会話を聞いていた「連盟側」という言葉を耳にした瞬間に真剣な顔をし、唾を飲み込んだ。
「『連盟側』の数ある役人たちの名家の中でも『リッドフォース家』は強大な権力を持った家系で有名だ。しかもデノールはリッドフォース家の次代当主となる為、修行の一環として家の者たちにこの町へ派遣されて来た。そしてあいつを死にかけるまでに殴り、爵位すらも剥奪させたお前は間接的にあの家系、いや、『連盟』に喧嘩を売ったという訳だ。」
「馬鹿な!ヤマトに罪が問われるのはまだ分かるが、あいつは爵位を剥奪されるような事はしたか!?恐怖政治であの町を支配していたとは言えど、行政機関の連中も奴のパシリだった訳だしそんな事があり得るか!」
怒鳴りつけるような声でリーブは男性を指摘する。
「…今朝4時頃、夜警たちがあいつの引き出しから20万ヴァラの賄賂が見つかった。」
「20万ヴァラだと!?都の土地を一つ買えるほどの額じゃねえか!」
驚くリーブに男性は続ける。
「…ああ。汚職がバレた故にあいつは国からの爵位剥奪が決定された。」
「なら良かったじゃないか。」
ヤマトはその事に気を留めた素振りも見せず、そう答えた。
「だが、お前がリッドフォース家の次代当主を殴った事に変わりはない。『連盟側』にお前の身柄が特定されるのも時間の問題だ。今夜中に今すぐこの『両極非加盟国』から立ち去れ。」
「そう簡単に国を行き来する事なんて出来る訳…」
ヤマトがそう言った途端に男性はポケットから5枚の細長い紙切れを取り出した。
「これはお前たち5人分の切符だ。夕方までに町の北側にあるクレンビック駅に向かえ。そして汽車でロザリニエ公国へ行け。あの国は『連合加盟国』だ。『連盟側』がお前たちを標的に襲い掛かっても『連合側』の軍が保護してくれるから安心しな。」
そう言って男性はヤマトに5枚の切符を渡した。
「待て待て待て待て!5枚ってことは俺も行くのか!?」
「ああ。」
戸惑うリーブに即答する男性。如何にも不満そうな顔をして頭を抱えるリーブ。そして慰めるかのようにリーブ頭をポンポンするマリー。そしてマリーの手をリーブはパチンッと振り払う。
「…俺の言葉を信用するなら夕方までに俺の言った事に従え。これで俺は失礼させてもらおう。」
男性は帽子をかぶり、扉を開き、立ち去ろうとした。その瞬間に、ヤマトは男性に問いだした。
「あんたは一体…何者だったんだ。」
男性は振り返る。ほんの少し微笑し、答えた。
「…『連合側』の者だ。」
扉を潜り抜け、男性は歩きだした。後ろ姿が朝霧の中へと消えていく様であった。
いつの間にか夕方になり、5人は駅のホームのベンチに腰掛けながら待っていた。看板には大きく「クレンビック駅」と書かれていた。時計はちょうど4時を指している。空が赤色に染まり始めた時刻だ。
「ねえねえ、ヤマト君。さっきあのおじさんが言ってた「れんごうがわ」とか「れんめいがわ」ってどう言う意味だったの?」
眠たそうな顔をしているヤマトに聞くマリー。
「…リーブの奴に聞け。」
「ハァ!?何で俺なんだよ!?」
「俺の記憶が正しければ、勉学はお前の得意分野だったそうだな。」
また不満な顔でため息をつくリーブ。そしてマリーの方を見て説明をし始めた。
「いいかマリー。耳の穴かっぽじって聞け。この大陸はな、大きく分けて二つの勢力が存在する。基本的に両者とも大陸を統一しようと言う同じ目的を持っているが、それぞれの『思想』は異なる。
一つ目が『ラハト連合』。簡潔にまとめればこの大陸を民主主義的な政策で統一しようとする勢力だ。さっきあの男の言っていた『連合側』とはこの『ラハト連合』の事だ。
二つ目が『連盟側』、もとい『ブークル連盟』。こっちは反乱分子を徹底的までに排除する事によって大陸全体を統一させようとしている勢力だ。
『連合側』に加盟した国家は『連合加盟国』と呼ばれ、『連盟側』の方は『連盟加盟国』と呼ばれる。両者にもつかない国は『両極非加盟国』と呼ばれている。
両者とも16世紀前から存在するかなり古い歴史をもつ勢力だが、異なる理想を持つ故に1000年余りも対立しているものの未だに決着がついていない状態にある。分かったか。」
説明が終わり、もう一度マリーの方を見るといつの間にかマリーは涎を垂らしながら気持ちよさそうに眠りに落ちていた。
(後で起きたらぶん殴ろう。)
リーブは、そう決意したのであった。
青髪の男性が酒場の扉を開けた瞬間に金色のドアベルはカランカランと鳴いた。
「いらっしゃいませ。ご注文は何になさいますか。」
カウンターテーブルの奥には見覚えのある金髪の若い男性が。
「…『ホオズキ』、だ。」
それが何かを意味していたのか、にこやかな顔をしていた金髪の男性は冷たくも真剣な顔になり、ワイングラスの手入れを止め、すぐさま扉の方へ向かい、吊り看板を「閉店」の方へ向けた。そしてゆっくりとカウンターテーブルの方へ戻る。
「…お前の計画通り、あの5人は安全にロザリニエへ向かわせたぞ。」
青髪の男性はカウンターテーブルの方へ腰かけ、葉巻に火をつけ、そして煙を吐き出してはそう語る。
「上手く生きれるといいですね。」
金髪の若い男ワイングラスを拭きながらそう答えた。
「有望な人材だ。死なれては我々も困る。お前もそう思うだろう、アンd…いや、今の名前は『サム・ベーカー』、だったか…」
金髪の男性は微笑み、頷くかの様に頭をゆっくりと下げる。酒場の中では、煙の臭い以外、何も感じ取れなかった。
ポッポー、と灰色の蒸気と共に威勢のいい音をたてながら、北へと汽車は走り出す。揺れる薄暗い汽車の中で窓に頬杖をつき、茶髪の少年は黄昏に染まった風景を眺めながら、この国に居た頃の記憶が蘇るのだった。
※作中の登場人物たちの使っている言語は英語です。因みに主人公の故郷であるラヴォイデア共和国はアメリカ英語を公用語としています。