6話 桑楡
真夏だと言うのに朝の空気は鳥肌が立つほど冷たい。ユーハドラ川の土手ではヤマトとマリーが居座っている。マリーの手にはカシワの枝とツタを巻きつけて作り上げたシンプルな釣竿。
「釣竿なんか持ってどうすんだ?ミジンコでも釣るつもりか?」
「チッチッチ、今から僕は虫を釣る!」
「気は確かか!お前も虫だろ!」
「この前川を通りかかったマツモムシさんが僕の釣り針に引っかかったよ。」
「背泳ぎしているのにどうやったら引っかかるのだろうか…」
しばらくして、2人とも家に戻った。
「結局ケンミジンコしか釣れなかったよ…」
「ミジンコって意外と釣れるもんなんだな。」
ケンミジンコがたっぷり入ったバケツをマリーはテーブルの上に置いた。
「今夜の飯にしよー。」
「ミジンコ食うカタツムリなんて初めて見たぞ…」
そんなどうでもいい事を話している内にロフトからリーブが下りて来た。彼の手にはブナで出来た買い物かごがあった。
「リー君、どこ行くのー?」
「お袋に大豆を買ってこいって言われたんだ。それもここから200ヤード離れた街で。めんどくせー…」
「僕も一緒に行くー!」
「よせ!お前が一緒に行ったらろくな事がない!」
「それよりリーブ、ミナとナナシはどこだ?」
「まだ寝てるぞ。」
「マジか…」
〜数十分後〜
なんやかんやで3人とも王都近くの町「イソポーダ」へ着いた。
「混んでるな…」
「王都近くの町だ、無理もない。数ヶ月ぶりに来たが特に何も変わってなさそうだ。」
多様な昆虫が行ったり来たりする市場を見渡しながらリーブはそう言った。
「俺は今から大豆売場へ行ってくる。お前らはここでじっとして待っていろ。特にお前だ、マリー。」
「はいはい〜」
マリーは元気よくリーブに返事した。一安心したのかリーブは振り向く事なく大豆売場へ向かっていった。が、リーブの言う事を聞くはずもなく、マリーは相変わらず市場の中を行ったり来たりしてはしゃいでいた。そしたらいつの間にかマリーは迷子になった。
迷子になりヤマトを探している間、マリーは紙が一枚落ちているのに気がついた。
「何だろう、これ…」
彼女は落ちていた紙を拾い上げた。踏まれた跡はあったものの、ちゃんと紙の原型を保ってた。タイプライターで書かれているため文字はかなり綺麗だった。
小難しい内容の文章を読んでいる間にマリーのもとへ精兵が何人か駆けつけた。
「いたぞ!あいつだ!」
兵長らしきウリハムシが叫んだ。彼が叫んだ直後、2人の精兵がマリーを取り押さえ、紙を没収した。
「町の機密書類を盗むとは命知らずだな!貴様を秘密保護法違反で逮捕する!」
「あーれー」
彼女は縄で縛られ呆気なく連行されていった。
〜一方その頃〜
「クソッタレが…マリーの奴、どこへ行きやがったんだ!」
「さっき西の方へ走っていったぞ。」
ヤマトとリーブは迷子になったマリーを必死に探し回っていた。
「いたぞ!マリーだ!」
ヤマトは野次馬達に囲まれているマリーを見つけた。
「マリイイイイィィッ!何やってんだお前ェっ!」
精兵達に連行されるマリーを見てリーブはブチギレた。
「あ、リー君。チーッス。」
「チーッス。じゃねええぇ!何やらかして捕まったって聞いてんだよぉ!」
「落ちていた紙を拾ったらひみつほごほーいはん?で捕まっちゃったみたい(笑)」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねー!お前のせいで大変な事になったんだぞ!」
「兵長さん!この子は俺達と一緒に市場へ来ただけなんです!犯罪を犯す訳がないじゃないですか!」
「ごちゃごちゃうるせー!今朝、市役所に保管してあった機密書類が盗まれたんだ!それを持っていたこのカタツムリが犯人でなくて何だっていうんだ!」
マリーの無実を訴えるヤマトの言葉を受け入れるはずもなく、精兵達は速やかにマリーを連れて行った。
もうどうしようも無いと悟った2人は急いで家に戻った。
「ミナ!ナナシ!洒落にならない事になったぞ!」
扉を開けるなり、ヤマトは叫んだ。
「どうしたの?そんなに慌てて…」
家に入ってくる同時に見えてくるテーブルでミナとナナシがパンを食べている。もう昼頃だが彼らにとっての朝食だろう。
「あーだこーだでマリーが捕まっちまった!」
「「な、なんだってー!?」」
落ち着いたところで4人共テーブルを囲み話し合った。
「で、どうするの?マリーちゃんの事。」
「精兵共がいるから普通の方法で助けるのは難しそうだ。」
「証拠も何も無いから無実を証明するのは無理か…」
「下手すりゃ法的問題にもなるからな…」
「「「「うーん…」」」」
一同が黙りこくって考えている時、ヤマトはどこからともなく声が聞こえてきた。
(あー、あー、マイクテスト中)
夢の中で聞いたことのある透き通った、柔らかい声だ。
(…マイラ…なのか?)
(ええ。私よ。)
(今俺は起きているぞ。夢の中でしか話せなかったんじゃ無いのか?)
(これは進化スキル『白昼夢』といって宿主が起きているのにも関わらず話しかけることが可能となるの。でもかなり体力を消費するから必要なことだけ話すわね。)
(ああ。で、用件はなんだ?)
(マリーちゃんは助かるわ。)
(本当か?信用出来なさそうだが。)
(まず、あの街へ戻って『ラッカー』っていうバーに向かう。そしてマスターに一番最適なルートを聞くこと。それだけよ。)
(デタラメじゃないだろうな…)
(大丈夫。進化スキル『予知夢』で未来を先読みしたからデタラメじゃない事は誓うわ。)
(成功率はどれくらいだ?)
(大体6割!)
(やっぱ信用出来ねぇ!)
体力が切れたのか、この後ヤマトがいくら呼んでもマイラは返答する様子がなかった。
「ヤマト君!」
突然のマイラの大声にヤマトは喫驚した。
「どうしたの?さっきから魂がすっぽ抜けたようにぼーっとして…」
どう説明すべきか迷ったがヤマトはキッパリと言った。
「俺、マリーが助かる方法を見つけたと思う。」
「「「えっ!?」」」
「成功率はそこまで高くないが…一か八かだ。今からあの街へ戻るぞ。話はそれからだ。」
「ここで間違い無いな。」
夕方になり空いた市場の中、4人は小さなバーの前に立っていた。看板には大きく「ラッカー」と書いてある。
「ダサい名前ね…」
「とりあえず、中に入ろうか。」
ドアを開けると同時に奥の方にカウンターテーブルと共にソムリエのような格好をした金髪の青年が立っていた。
「いらっしゃーい」
爽やかな声で彼はヤマト達を迎え入れた。
「この国では見かけない種族ですね。」
「そうさ。僕はネマトセラ連邦国から来たニセフトタマムシのサム・ベーカー。3年前にこのラヴォイデア共和国にやってきたけど、結構いい国だよ。」
(どういう神経をしたらこんな不景気の国をいい国と言えるのか)(※一同の心の声シンクロ)
「それで?注文は何だい?」
「情報をください!」
「情報を聞き出すとは言ったがそんなにストレートに言われては困る」
何の前触れも無く聞いてきたナナシに続き、ヤマト達は改めて今までの流れを詳細まで話した。
「なるほどねぇ…合法的に君たちの友人を釈放させる方法か…」
彼は目を瞑り数秒考えた後、ゆっくりと目を開けた。
「この町の町長と交渉するしかないね。」
「交渉?」
「上手くいかなかったら暴力を振るってもいいよ〜」
「その時点でもう非合法的」
「6年前、町長となったデノール=リッドフォースは『総裁』の称号を持つチョウセンカマキリだ。恐怖政治で町を支配してきたから早めに殺った方が町民の為にもなる。」
「もっといい方法は無かったんですか!?」
「39ルート考えたがこのルートが一番最適だ。」
なんだかんだで一同はサムにお礼を言い、店から出ようとした。
「…ところであの機密書類ってのはどこら辺に落ちてたんだい?」
店から出ようとしたヤマトをサムは呼び止めた。
「えっと…俺の記憶が正しければポルセリオ市場の5番地に落ちてたと思います。」
そう言い残した後、ヤマトは静かに店を出て行った。
誰もいない静かな店の中、透き通ったワイングラスに反射する自分の姿を見て、サムは1人呟いた。
「あんな所に落としたか…」