3話 無名
ミナと過ごして数日が経った。現在、2人は草原から東南東の方にある林の中を歩いている。
「お腹すいた…」
ミナは空腹状態である。何も食べずに数時間歩いていたのでそう言われても不思議ではない。
「もう少しだけ我慢しろ。林の中なら樹液とか木の実とかそれなりにあるだろう。」
「もう我慢できないよ…」
~数分後~
「ん?」
段丘面の上に立っているミナは何かを嗅いだようだ。
「今段丘崖の方から花の匂いがしたよ!」
アゲハチョウであるミナは花の蜜が好物である。それ故花の匂いがするとよだれを垂らした。
「花?」
ヤマトが嗅いだのは花の芳香と死骸の悪臭が混ざったような気持ち悪い匂いだった。
(この匂い…明らかに花とは違う…)
しばらく考えた後、ヤマトはハッとした。そして段丘崖へ行くつもりのミナを慌てて止めに行き、
「やめろミナ!それは花じゃない!ウツボカズラだ!」
と言った。
「へ?」
ミナは慌てて立ち止まった。確かにそこには大量のウツボカズラがいた。
「うわぁ…」
30本程のナンヨウウツボカズラが生えていた。全て蓋を開け獲物を待っている。周りには切断された腕と足が数本あった。恐らくウツボカズラの餌食となった哀れな虫たちだろう。もしヤマトが止めていなければミナ
「このまま放置してたらまた被害者が出るな…被害が広がる前にこいつらを切り落としておこうか。」
「そうしよう。」
ヤマトは七変化で召喚した自身の角の形をしたグレイブを使って葉柄※を切り落とし、ミナは手でちぎり落とした。数分かけて2人は殆どのウツボカズラを切り落とした。あと一本残っている。
(葉柄:植物において葉身と茎を接続する小さな柄状の部分。わかりやすく言えば葉の下の方についている細い茎みたいなアレ。)
「なんかこれ…蓋が閉じてないか?」
他のウツボカズラは蓋が開いていたのに何故かこの一本だけ妙に蓋が閉じていた。
ヤマトは切り落としてみた。地面に落ちた瞬間、捕虫袋の中から腕が出てきた。
「おい!誰かいるぞ!」
2人は慌てて中にいた者を引き出した。中に入っていたのは黒いメッシュがかかった赤髪の小柄な少年。恐らく種族はテントウムシだろう。消化液を出される直前に切り落とした為、まだ体の原型を保っているが失神している。
ヤマトはそっと少年の指を摘んだ。
「…脈がある。まだ生きてる。」
少年の生死を確認し、2人は落ち着いた。
「…ここは…?」
赤髪の少年は柔らかなブナの葉で出来たカーペットの上で目を覚ました。
「ようやく目を覚ましたか。」
少年の隣にいたのはヤマトとミナ。
「大丈夫?怪我はない?」
「君たちは一体…?」
しばらく3人は話し合った。ヤマトとミナは彼に自分の名前と、旅をしている事などを話した。
「僕はナナホシテントウのナナシ・セプテム。今年15歳。」
「同い年だと!?」
ミナよりも小柄なので何歳もか年が離れているかと思いきやまさかの同い年だった。テントウムシはかなり小さい昆虫なので仕方ない。
なんやかんやあってナナシも仲間入りした。
「ところで何でウツボカズラの中に入ってたの?」
ミナが問いかけた。するとナナシは
「数日前に両親とくだらない理由で喧嘩して、家出して、お腹が空いたからウツボカズラを花だと思って少しでも蜜を吸おうとして、そして中に落ちて…」
と答えた。
(同類だ…)
ミナはちょっと動揺した。
「それで今は友達の家へ泊まりに行こうとしているんだ。」
「その家ってどこにあるの?」
「ユーハドラ川の向こう岸。ここから約5マイルかな。」
「遠っ!」
数十分歩き続け、ついに川へ着いた。
「幅が広いな…」
河口幅は50フィートぐらいあった。周りには渡れる場所がない。
「仕方ない…飛ぶか。」
3人は翅を広げ、飛んだ。顔に当たってくる風が心地よい。空は曇っているのでかなり涼しい。
川の真ん中の方まで飛んだ瞬間、雨粒が落ちてきた。そして瞬く間に大雨となった。ゲリラ豪雨である。
「やばい、飛べない…!」
翅は濡れたうえに雨粒の重さによる衝撃でうまく飛べなくなった。因みにに飛ぶ昆虫は体重がたいへん軽いため雨粒が体に当たると相当なダメージを受ける。その上今は川のど真ん中。引き戻す事も急いで向こう岸へ渡る事も不可能。
「うわああああああああああ」
3人は落ちた。が、ハスの葉に落ちたため命は助かった。
「助かった…」
「翅が痛い…」
また雨に濡れたらひとたまりもないので高いハスの葉を傘代わりにして雨宿りをした。雨はどうも止みそうにない。
「ん?」
雨が降っていてよく見えなかったが誰かがこちらへ向かっていた。少し待つとやって来たのは丈夫な枝で作られた筏に乗った黄土色の巻き髪の少女。
「マ…マリーちゃん!?」
「あ、ナナくん!」
どうやらナナシの知人らしい。というかこの子がさっきナナシが言っていた友人なのでは?
なんだかんだでナナシはこう言った。
「この子は僕の友達のマリーちゃん。さっき言ってたこの川の向こう岸に住んでいる子だよ。」
「こんにちは!僕はヒダリマキマイマイのマリー・ファルセッタ!」
ヤマトは慣れない一人称に少し驚いた
(ボクっ娘、なのか…?いや、そもそもカタツムリに性別はない※からどっちでもいいが…)
(※カタツムリは雄雌胴体。)
「ところでなんでこんな所に座ってるの?」
マリーは尋ねた。
「ああ…実はかくかくしかじかで…」
ナナシは全部話した。自分が家出したこと、そして道中でヤマト達に出会った事。それを聞くなり、マリーは言った。
「それじゃ、僕の家へおいでよ!」