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昆虫たちの旅物語  作者: オオミノガ
ラヴォイデア共和国編
2/11

1話 旅立ち

青白い満月の光る真夜中の中で長い茶髪を持つ若い女性が息を荒くしながら、背中に生えた茶色く硬い前翅と虫のような半透明の後翅を羽ばたかせ、暗闇の中を飛んでいた。彼女はまるで何かから逃げているようであった。その時、

 グサッ。

 細長い木の枝で作られた矢を背中に打たれ、女性は静かに血を流しながら地面へと落ちていった――――――――――――――

「夢、か…」

 太陽の光が差し込む森の中、茶髪の少年はクヌギの大木に出来た樹洞の中で目を覚ました。少年の名はヤマト・ルビート。

 ここは全ての虫が擬人化された大陸、インセクター大陸。ヤマトはカブトムシの擬人化なので樹洞に入れるほど小さいのは当然の事である。

(何なんだ、あの女性は…)

 痛んだ首を抱えながらヤマトはそう思っていた。

 (会った事すらないのに、何故か度々夢の中に出てくる

んだよな…)

 ミズナラの葉で出来た布団を畳み、ヤマトは樹洞の外へ出ていった。

 セミの鳴き声が響く騒がしい森の中、ヤマトは泉のほとりで顔を洗った。洗い終わった後、ヤマトは近くにあった小さな丸太に腰を掛けた。暗い顔をして足元を見ている彼は何か悩んでいる様であった。

 「おーい、ヤマト!」

 いきなり赤っぽい髪の毛をした少年がヤマトの元へ飛んできた。彼はヤマトの友人であるタツ。ちなみにカブトムシの中には稀に赤っぽい体色を持つ個体もいるらしい。そしてタツはそのカブトムシの擬人化である。

 「そんな暗い顔してどうしたんだ?何か悩みでもあるのか?」

 タツはヤマトに尋ねた。明らかにヤマトは何か悩んでいる。しかしヤマトは

 「いや、なんでも。」

 と返した。

「そうか。でもお前、なんか元気無さそうだな。ほら、リンゴだ。」

タツは雑に小さく切られたリンゴをポケットから取り出し、ヤマトに渡した。そしてもう一つ取り出し、かじり始めた。しかしヤマトは中々食べない。

「どうしたんだ?お前リンゴが好きじゃなかったのか?」

ヤマトは暗い顔のままだった。

「悩みがあるなら言え。吐き出さずにそのまま心の中に留めておくのは駄目だ。」

ヤマトは言おうか言わないか悩んでいた。そして彼は思い切ってこう言った。

「俺たちの生きる理由って何だろうね…」

「ブッ」

タツは驚きのあまりリンゴを吐き出した。服の袖で口の周りを拭きながら彼は

「…お前、鬱にでもなったのか?」

と言った。

「いや、そうじゃなくて…」

「じゃあ、なんでいきなりそんな事を考えるんだ?」

「なんとなく。」

(軽い理由だな…)

しばらく2人は生きる理由について話し合った。しかし、昼過ぎになってもヤマトはまだ自分の生きる理由を見つけられなかった。

「もうこんな時間か…結局何も見つけられなかったな。」

「大丈夫だよ。帰ってから考え続けるよ。」

赤い夕日に照らされながら2人はお互いの家に帰っていった。


 いつの間にか夜になっていた。ヤマトはミズナラの葉の上に横たわっていた。

「生きる理由、生きる目的、生きる意味…うーん…」

十数分考えた末、ヤマトは眠りについた。

 その晩、ヤマトはまた夢を見た。

 あの茶髪の女性が石で作られた刃物を手に持ち、地面がオトギリソウに覆われたセイヨウハナズオウの林へ向かっていくという内容だった。

 会ったことすらないのに度々夢に出てくる女性が刃物を持ちながらゆっくりと歩く光景はヤマトにとって恐怖でしかなかった。

 それ故、まだ夜中だというのにヤマトは慌てて起き上がった。顔には冷や汗が染み染みとついていた。ヤマトは息を荒くし、ミズナラの葉の布団を握りしめていた。息を荒くする彼はまるであの女性の様だった。

 いつの間にか太陽が昇っていた。

 「ヤマトー!いるかー?」

 タツの元気な声が外の方から聞こえた。ヤマトは眠たい目を擦りながらゆっくりと樹洞から出てきた。

 「おはよう…」

 黒ずんだヤマトの目の隈を見てタツは驚いた。

「お前一晩中考えてたのかよ!?」

「一晩中じゃないけど…やっぱり見つけられなかったよ。」

 しばらく考えた後、ヤマトは答えた。

 「やっぱり俺、旅をしようかな。」

 「旅?」

 「うん。旅をすることで色々経験して、色んな人に出会って、段々と生きる理由が見つかってくるかなーって思って…」

「うーん…それはそうだけど、やっぱり一人旅は危ないんじゃないのか?最近じゃ肉食昆虫が俺たち草食虫を襲うなんて事もあるんだぞ。」

ちなみにこの大陸では肉食虫と草食虫が共存しており、肉食虫が草食虫を捕食、そして草食虫が肉食虫の死体から生えた植物を食べる事が禁止されている。

「それは分かってる。だけど俺はそれなりの覚悟がある。絶対に生きて帰ってくるよ。」

「…分かった。お前がそう言うなら…」

クヌギの大木の枝の先へ歩きヤマトは背中からカブトムシの翅を生やし、広げた。

「じゃあ、行ってくるよ。」

ヤマトは飛んでいった。澄んだ青空に飛んでいくヤマトを見送りながらタツは

「達者でな。」

と言った。


しかし、この時、ヤマトは考えてもなかった。もしこの時、彼が旅立っていなかったら――――――――――――――――今頃彼らはこの世に存在していなかっただろう。


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