5話 お友達(初)と初と初
「私はあっちに住んでるにゃ。だから帰るにゃ。ファー君は元気出して頑張るにゃーまた会おうにゃ」
落胆したファストの肩を手でつかんでなぐさめて帰っていった。
今までの期待と勉強は無駄だったんだと落胆するばかりだった。
しかし解決策はないことにはないのだ。
(制御さえできればいいんだよな。でも制御って・・・。)
「ねえお母さん制御ってどうすればいいの?」
つきっきりで指導すると言っていたのだ。それなりに優秀だったカンナなら何か考えがあるかもしれない。そう期待して聞いてみた。しかし一体どういう呪文を組み合わせればよいのか。あるいは本を買いあさって新しい知識を吸収していくべきなのだろうか。考えても埒が明かない状況だった。
「制御・・・。普通の人はそんなことしないんだけどね・・・。なにか制御について書かれた本があるかもしれないから探してみるよ」
「やっぱ。むずかしいのかな。」
ファストはそうつぶやいた。数年分の期待を背負った初魔法だったが当初の予定とは予想外の方向へと転じてしまった。時間がゆっくり流れている気がした。しかし歩いていれば家につくものだ。
「どうだった!うちの天才ファスト・・・くん・・・は」
ルナはドアが開いたらすぐに出迎えたものの、ファストが暗い表情だったことを確認して口調を落とした。カンナは困った顔だった。
きっと赤ちゃんのころから魔術師としての才能を見せていたこの子はその期待とは真逆の何かがあったのかもしれない。ルナはそう察した。
自分の夢が挫かれたことに落ち込むファストを見てカンナとルナはどう立ち回り慰めるべきか悩んでいた。
ルナは思った。今思えば期待しすぎたのが逆に裏目にでたかなぁ子供を伸ばしてやれなかったなぁ。
カンナは思った。この子の才能をうまく生かし切れるようにどうにか解決策をみつけなきゃ。
ファストは切り替えたのかもしれない。
食事の時はいつも通りに振舞った。
「お母さん。結局僕ってどういうことだったのかもう一回聞きたいんだけど」
ファーは身体の割に扱える魔力の量が桁違いなのね。一流の魔術師と同等かそれ以上てな感じで。多分ルナの地元でも魔力量なら5本指にはいるくらいかなって思うんだけど。魔力って元々努力で徐々に増やしてそれに応じて身体も慣れて強くんるんだけどね。もはやファーの場合身体が慣れる云々の次元をはるかに超えちゃってるというか。
(なるほど。制御とは言っていたが裏をかえすとそういうことだったのか。てことは制御する術を学ぶか単純に身体を強くするかってことか)
「お母さん。身体を強くする方法ってなにかないんですか?筋トレとかじゃだめなんですか?」
剣を振ったりする時に必要な身体の強さと魔法に耐える身体の強さは別物よ。
(そうなんだ・・・)
まぁ世界中に優秀な研究者はいっぱいいるわ。私が寝食を犠牲にして努力しても越えられないような天才達は今でも研究に没頭してる。きっと制御の事も知ってるわ。
ルナの目に希望が宿った。
「だから多分大丈夫よ。」
(この数千年?知識曖昧だけど、こんだけの魔術師がいて僕と同じことに悩む人はいないわけないんすよ。だから解決策はあるはずなんすよ!)
そういいきかせてファストの一日は終わった。
ーーーーーーーーー
翌日、午前中の勉強を終えると巨木の方へ向かった。
なんとなく気分転換のつもりで外へ行った。
カンナには昨日の巨木まで行って散歩してくると言っていた。
あと数カ月で6歳なのだから、あの最高のスポットで日を浴びたい、と。
(えー。また昨日のあいつがいるのかよ)
巨木の傍には昨日の猫人間がいた。
気持ちよさそうに日向ぼっこをしていた。
このハギの村は温帯気候で四季が豊かだ。田舎故にどの場所でも風情あるのだが、この巨木のある原っぱほど季節を美しいと感じる場所はなかった。寝返をうったチビの背中に蝶がとまった。黒が基調のワンピースとよく似あっていた。
(たしか人獣族といったか・・・。)
ファストはその原っぱを進みチビの近くへ寄ってみた。
昨日は色々な事があってよく見れなかったが今こうしてみると、前世でいう所の・・・。
急に心臓が強く脈を打った。
それに呼応するようにして足の付け根も熱を持ちはじめた。
これも前世での経験値のせいだ。
理性の制御がうまくいきそうにない。
(コスプレした美少女・・・・にしか見えない。やばい。かわいい。めっちゃかわいい)
もしこの子と仲良くなったら・・・。その無意識の反応は悪い結果を生んだ。
急にファストは極度の不安に襲われた。
かつての義務教育時代の記憶がよみがえる。
友情なんて一瞬でなくなるんだ。
友情なんて水物だ。
楽しそうに会話の相手をするくらい誰にでもできる。
その愛想笑いと会話の裏側には ”嫌い””うざい””きもい”
昨日まで友達だったはずなのに・・・。
その分辛かった。
とくにこんな美人。
どこか期待して、悲しくなるだけだ。
気づくくらいならいっそここで逃げた方がましなんだ。
だいたい僕なんて話かける価値ないでしょ。
でも。変わらなきゃ。いや、今はそういう問題じゃない。
過去のフラッシュバックなど忘れてしまえと。
わかっていてもこの子はレベルが高すぎる。
耳がひそひそと動いた。
鼻もひそひそと動いた。
「にゃにゃ!ファー君の匂いにゃ!」
「に!にににに、匂い!?」
ファストの頭の中は完全に拘束された猿山のお猿さん同然だ。
そんな中でも十分頑張っているとたたえるべきだ。
その場で座り込むとファストを見つめた。
大きくあくびをしながら伸びると若干の間をあけ、笑顔で寄って来た。
黒髪のロングヘアを後ろへ流して上目遣いで目を合わせて来た。
(えっと・・・。みつめられてる。やばい僕のこと好きなのかな?いや、さすがにそれは・・・。)
「心臓の鼓動。はやいにゃ。」
(きょええええええ。やばいやばい。そんなこと言われたら汗がとまんない。心臓うるさい。男としてのプライドがあ・・・)
ファストは緩んでニヤける口を精一杯に開けて左手で頬を挟みこんだ。
こうすればなんとか・・・。表情には表れない!
とにかく、下心をおさえねば。
相手は超美人!きっとやり手じゃ!ここは男としてのプライドを死守せよぉ・・・。
「どこ見てるにゃ?」
チビはふっくらした胸を押さえて上目遣いで言った。
相手はいい年したお姉さんだ。
痴女猫・・・。確信犯め!
(だから美人はいやなんだ!)
もうやばい・・・。刺激が強すぎる・・・。
「まあいいにゃ。私とあそぼーにゃ。」
ファストは早口と挙動不審のダブルコンボだった。
「あのはい!どういうあそびかはわわわわわかんないですが!はい!あそぼうや!」
言い切った。
勢いにまかせて言い切った。
いつのまに女性に対する免疫がなくなっていたなんて。くそぉ!
チビはまるで見下しているかのような笑顔で緊張と興奮で取り乱すファストを見守った。
そして立ち上がるとファストを後ろから優しく抱きしめた。
耳元で優しくささやいた。
「あーちなみに私、ファー君とおなじ5歳にゃ。人獣族の私はもう立派な大人だけど。年齢は同じにゃ。亜人ちゃんにはそんな目でみないでほしいにゃー。」
ここである事を思い出した。
(そういえば・・・。今朝読んだ地理の教科書の隅っこに書いてあったよ。人獣族と獣族は同じ種類の人類で、それぞれ進化元の生物の特徴特に性格面を引き継いでるって。てことは、猫だから・・・。)
もやは恐怖の域にたっしつつも震える首をゆっくりと左に回す。
至近距離に猫耳超絶美人女の顔があった。
「うわあああ!」
ファストはその場で飛び跳ねそうになった。
(猫系統の人獣族と獣族はみんなこんなかんじなのか・・・)
「ねえ、猫系統の君たちはみんなそんな慣れ慣れしいの?」
「もちろんにゃ。私の出身のジャンゴ王国は夜の街が有名にゃ。みんな人たらしだしそれが生き様にゃ。」
「はい。もうそういう話はおいまいにゃあ!はい剣持つにゃー」
「えっと・・・。僕は魔術師志望です」
「わかってるにゃー。ねーどーして亜人種の君たちは剣か魔法の一つに絞るにゃ?だから亜人は弱いにゃ。人獣族の私が剣を叩きこむにゃ。運動不足解消にもなるにゃ。」
「えっと・・・。まってくだ」
「いっくにゃー!」
ファストは顔面をボコボコに木剣で叩かれた。
その場でファストは倒れこんだ。
「弱いにゃー。私が治癒魔法をかけてあげるにゃ」
「ヒールにゃああ!」
そんな感じでしばらくはチビのわがままに付き合わされる一方だった。
何度か繰り返すとチビも満足したようだった。
「日向ぼっこするにゃー。ここが一番気持ちいいにゃ。」
チビは伸びながらあくびするとその場で昼寝を始めた。
ファストは疲弊しきってその場でぐったりと寝込んでしまった。
こんな感じの毎日が1週間続いた。
だんだんとファストとチビの会話も増えていき女性にたいしての苦手意識は薄れていった。
チビはとある貴族だったらしい。
しかし父親が別の貴族の策略にはまって国を追い出されたらしい。
無実なのにも関わらず策略にはめられ国を追い出された事は根に持っているらしく
復習の機会を狙っているらしい。
チビはその振る舞いからはなにも問題を抱えていないように感じれた。しかし一週間ほどが経過した時に重大かつプライベートな問題を話してくれたことはファストの自己肯定感を高めることにつながった。
(こんな美人と過ごせるなんて幸せだなぁ。)
ある日チビの誘いで外でごはんを食べることになった。
「私の弁当にゃ!」
チビが持ってきた弁当には、鳥や小動物を調理した肉がふんだんに入っていた。
さすが肉食動物といったところだろうか。
「僕はこんな感じ」
いたって普通に弁当だった。しかしこれはカンナが心を込めて作ってくれた弁当。大切に食べたい。
チビはそして謎のポーチを腰から外した。
「なーに?そのポーチ」
「マタタビも持ってきたにゃ!」
(なああああに!?)
「私人生で初めてのマタタビにゃ!内緒でもってきたにゃー」
(えっ・・・。マタタビだとぉお!?人生初だとおお!?)
急に男としてなにか湧き上がる感情があった。
同時に危険を察知した。
その後は人たらし力全開のチビだった。
「もーファー君ったらぁもっと女の子はやさしく扱わなきゃダメにゃ~」
そういって木剣を全力で振りまわして襲ってきたり。
「もー!やめてー!」
「もーそうやって言葉もろくに返せないにゃ。」
ある時は、
「にゃーにゃー。一緒にごろごろするにゃあ」
そういって身体に飛びついてしがみつくのでもはや恐怖を感じたファストは逃げ出そうとした。
「にゃーこのやろーなんか無償に殴りたくなったにゃー!」
「おい!やめてえええ!」
「このー!まつにゃー!」
その時だった。
「お嬢様おやめください。」
ファストは振り返った。
(一体どこから来た?)
「はあ?なんでタマじいがきたにゃ?だまって家の留守番でもしてればいいにゃあ」
「またたびをつかって亜人と戯れるのはおやめください。またたびを使う時は同じ人獣族か獣族の方々と一緒にいる時にしてください。」
「はいにゃー」
「今日はチビ殿は予定がございますので帰ります。我々は里を追い出された者ではございますが、どうか今後もチビ殿の面倒をみてあげてください。」
「はっはい・・・。」
そして、
「わたしは王族よ。ひれ伏しなさい。」
そこに現れたのは・・・。
金髪の少女だった。