2話 そう。ここは異世界だった。
それから半年がたった。
言葉が若干理解できるようになった。
そしてようやく四つん這いで動けるようになった。
しかし彼は自身のこれからに漠然と不安を感じていた。
まずは、家族構成について。
彼の名前はファスト・カラーキャット
兄はロー・カラーキャット
父はルナ・カラーキャット
母はカンナ・カラーキャット
家族の名前は無事覚えることができた。
ファストは家族にファーと呼ばれている。ファストは非常に好奇心旺盛な子で毎日家のあちらこちらを動き回って探検するのだった。
「ファー、危ないとまりなさい。ちょとロー止めて!」
「はいよーファー止まってねー」
ファストは思い通りにいかず不満がたまると突然日本語で反論しだす癖がある。今回は7回もルナの下着をゴミ箱に投げ捨てようとしたが全部止められて不満が爆発した。そんなファストが初めて日本語で反論した時、言うまでもなく家族のみんなは腰を抜かして驚いた。ついうっかり喋ってしまったと後悔していたファストは自分が気持ち悪い赤ちゃんという事で何をされるかと警戒した。少しの間、悪魔がとりついた子を見るような目で見られたものの結局すぐに大天才だといって将来を期待されるだけだった。
(家族といはそういうものなんだろうかね。まぁ喃語だから正しく発音できてないんだけどね)
多少の自己顕示欲があったわけだが、残念ながら無意味だった。
ファストは家の中を動き回った結果文明のかけらも感じない木造住宅であることを理解した。正直ファストにとっては、電気が少しも通っていないことには憤りを感じていた。この時代において文明も電気もないことは正直ありえないと思っていた。以前は田舎暮らしが楽しみとか思う時期があったが、実際暮らしてみるとおもしろさの欠片もなかった。
「おうじゃあ外いってパトロールしてくるわ」
きっと父であるルナは警察的ななにかなのだろうとファストは思っていた。そして毎度ルナが何かをしに外へ行った時は外が一面の草原であることを確かめる。そして毎回落胆する。外もド田舎であるから実に退屈そうな毎日を想像して絶望していた。
[おーいロー暇だから遊ぼうぜー」
「ロー遅いわ!早くきて!」
「わかった!今行く!」
ローとその友達のこんな会話を毎日聞かされるファストはより不安を感じる一方だった。果たして、この国では友達と遊ぶこと以外で時間をつぶすことはできないのだろうか。
ファストは家の奥にある低い棚へ這って行った。そこには幼児向けの絵本が5冊おいてある。1歳を過ぎて身体が大きくなったファストはそろそろとひきずるなりして本を運べるくらいには成長していた。今回は家にカンナしかいないので、可愛いお姉さんに読み聞かせをしてもらう絶好の機会というわけだった。
(体が不自由すぎるんだよ。腕短いし握力ないし、でも読みたいな!お母さんの前に本を運んでアピールしよう!)
ファストは魔法使いの絵が表紙にのった絵本を親の前まで頑張ってひっくり返し続けた。本を選ぶほどの器用さはないので適当に端っこにあった絵本をもってきた次第だ。
「あらまー。ファーは絵本を読んでほしいですか?ママが読んであげるからねー。今お昼ご飯つくっているから、できたら読んであげるわー」
ファストを抱きしめたカンナはファストをゆっくり解放してやって、再び料理を始めた。綺麗な日差しが窓から差し込んでいる。この静かで平穏なお昼時の日差しは温かいし幻想的で風情を感じるのでファスト的には好きだった。
カンナとルナは毎晩食事前にお祈りを捧げる。それぞれ信仰する宗教は違うらしい。ファストが前世で聞いたことのないような宗教ではあったが、実際に目の前で行われていた上に、少なくとも犯罪を起こすような宗教ではないとわかっていたこともあって信用している。
「剣の神様、剣帝、今日まで私たちが無事にいきてこれたことに感謝いたします。今日も剣帝の恩恵に感謝して剣を振り、愛するものたちのために努力していきます。今後も私たちを見守っていてください。」
「魔法の神様であらせられます魔帝にお供えものをお持ちしました。どうかその力を今後も私たちにお貸しください。そしてこれからも平穏な暮らしができますようによろしくおねがいします。」
カンナはいつも果物を半紙に乗せてお供えものとして小さな銅像にお供えする。紙ならば何でもよいらしい。ルナは青銅でできた剣の前でお祈りをする。大きな剣で剣先が台になっている。
いきなりおかしな話になるのだが、カンナがお供えで出す紙にはなぜか運動方程式のような文字がかかれているらしい。ファストは偶然落ちてきた紙を見て驚いたものだ。
(なぜ宗教に運動方程式なのか!?)
科学と宗教それは全く別に分けられるはずだ。いずれ聞いてみようと思った矢先ローが
「お母さん、その文字はなんなの?」
と聞いて
「これ?神様がこの文字が大好きだからみんな書くんだよ。魔帝を崇拝している人なら常識かな。」
と言っていたので余計にファストは混乱する一方だった。
毎晩両親が交代で絵本を読んでくれる。二日に一回のペースでローも読み聞かせをしてくれる。どれも神話やおとぎ話など、その地域に根ざしたお話が多かった。
・猫と犬の神様が喧嘩をしているうちに仲直りをして一緒に散歩をしているうちに他の動物の神様とも仲良くなって最後は鶏の神様をいじめるドラゴンを退治するお話
・どうやって人間達がこの世界にやってきたかを書いたお話
・妖精たちがお母さんの仇をうつという『さるかに合戦』のようなお話
など面白い話が多かったので何度読み聞かせられても飽きることはなかった。他国のおとぎ話は非常に新鮮でおもしろかった。
もちろんそういったおとぎ話は空想上のお話で現実からは全く遠い。そんなお話だと思っていた。しかしそれは間違っていた。というのもおとぎ話のような世界をその身で体感したのだ。まさかだった。昼頃の事だった。
ローはいつものように遊びに出かけていた。
その時だった。
1羽の灰色の鳥が家の窓をつついた。どうやら紙をくわえているようで、ファストにとっては初めて見る光景だった。
「あら!ルナ!黒鳥だわ!急いで準備して!」
(はて、黒鳥とはなんだろうか)
「おおそうなのか!急いで準備する!場所教えてくれ!」
ルナは慌てて2階にある両親の部屋から剣を持ってきた。金属の刃がついた革靴を持ってきて玄関までかけ足でやってきた。
「読み上げてくれ」
その時カンナは悲鳴をあげた。突然の悲鳴にルナは何かを察したようだった。
「ローが危ない!小川の近く、住宅街のはずれに魔物が・・・」
(魔物!?なんだそれは)
ルナは驚いて言葉を失っていたものの急いで我にかえった。
「ルナ!私も行く!馬で後をついていくから!先に行ってて」
「おうわかった。」
(魔物!?一体なんのことだろうか。日本ではそんな生物の分類はなかった。しかも現代になって剣を持ってるってどういうことなの!?魔物は人の手で倒されるべきものなのだろうが仮にそうだとしても銃を使うべきなのでは?もしかして銃を持っていないのだろうか。でもパトロールをして治安を維持する職業についていながら銃をもっていないのはおかしいのでは?ひょっとして本当に人類未開の地に生まれてしまったのだろうか?)
そんな風に思っているうちに
「ファー行くわよ!」
といっておんぶ紐でつながれた状態で馬に乗せられた。車や自転車もないのかと呆れたファストだった。
到着するとそこにはファストにとっては驚きの光景が広がっていた。
熊のような体格の動物達が人間の里で剣をもった男たちと争っていた。切られて血を流して倒れておく動物達と人間は命をかけてそれぞれが必死に動いていた。命の価値を感じる生々しい時間だった。
「赤班。無事任務を終えました。全員無事森から帰還して犠牲になった村人もいません。野菜畑が酷く荒らされたので後で国に報告して支援金を手続きして参ります。」
「了解した。あそうだ、今日は魔術師達がたまたま近くに来ているから寄り道して欲しいとハトを飛ばしておいた。来れるそうだから手続きは今回はいらない。先に帰還しておいてくれ。」
そう言った指揮官のような男は黒いロープを着た状態で馬の横に立っていた。勝ちを確信しているのか、戦いには加わらず遠目で男たちを見守っていた。
(おおまてまてまて!危なさすぎる!!!!死んでしまう!)
ファストはルナが体調2メートル以上はある超巨大熊のような体格をした動物と向かい合っているのに気付いた。その動物は数秒間ルナを睨みつけると全力で突撃をしてきた。数十メートルあった距離をものの数秒で詰めてきた。
ルナは走って飛び込み回避すると他の男達が助けに集まってきた。
「黄色班。負傷した子供たちを連れてきました!他負傷者なし!家屋等被害なし!」
「魔術班第一部隊。要請により到着しました。復興にあたるためにきましたが、あの巨大な魔物の駆除に加わるべきだと思いました。どうでしょうか。」
「魔術班第一部隊は負傷者の手当、第二部隊に掩護を任せる。」
「了解しました。」
そういうとその男はその場にいる4人の大人に指示を出すと続々と現場に駆け付ける馬の元へ風の如く走っていった。その4人は白あ青、赤などいろいろな色のロープを着ていた。指揮官と思われるその男が向かう先には第二部隊と思われる人達をが馬に乗って向かってきていた。
「ロー!!他の子も!」
黄色班が負傷した子供たちを大きな荷車の中から草むらに敷いたシートの上に運んでいった。子供たちは意識ははっきりしているのだが、手足が重傷を負っていてとても目のあてられない様になっていた。
「私が魔法で!」
カンナは気づくと急いで子供達の元へ駆け寄り両手を組んだ。4人の男女は既に手当を開始しようとしていた。
「私たちが処置を行うのでおさがりください。」
そういってカンナはどかされそうになった。
「私はカンナ・カラ―キャット。元“翼竜”のメンバーよ。私はもう一般魔術師から妖精魔術師に契約変更したけど魔力量は衰えてないはずだわ。だから私から妖精達にお願いするから手伝わせて。」
(何をふざけた事をいっているんだ早く外科医でも呼んで治療しろよ!)
「なるほど、あなたがカンナさんでしたか。では扱える妖精の数も多いですね!助かります。」
青いロープを着た男性がそういうと4人の子供達を5人の大人達で治療することになった。カンナが加わって5人の大人だ。
(魔法!?一般魔術に妖精魔術やら魔力やらいったいなんなんだ!?もしかして本当に・・・)
4人の大人達は大きな杖を置いたまま手を子供たちにかざして「ヒール」と唱えると子供たちの重傷箇所が緑色に光りを放ちだした。
一方のカンナは両手を組んで
「魔法の神様、魔帝、この子供たちの傷を癒し再び元気に地上を駆ける力をお与えください。しばらくの間妖精の力をお借りします。」
そう言うと空中に淡い光を放つ白い光が多数現れた。大小さまざまであるが、その光が子供に近づくにつれて色を緑に変え子供たち身体の表面で静止した。
(おおお!!!すごいけど、魔法なんてあるわけがない!!どういうこった?)
一方で右を向けば屈強な男達が剣を持っていわゆる魔獣と戦っていた。
軽快ですさまじい速度で剣を扱う男達だが思うように剣が害獣に入っていないようだった。巨大な剣や普通の大きさの剣、小さい剣を二つ使うものなどがいて、同じ剣種でも扱い方が様々であると一目でわかった。そこに奥深さを感じたファストはカンナの背中から見惚れていた。
馬から続々と下りて剣士たちの後方に並んだ第二部隊の魔術師達は大きな杖を一斉にかまえて詠唱を始めた。
「魔帝よこの魔物をやきつくす力を我らに授けよ!モア・ファイアボール」
剣士たちは一斉によけると魔物は巨大な炎で業火に包まれた。ひるんだ魔物は魔術師の方へ突進を始めた。魔術師は一斉に逃げて回避しようとする。
一人の魔術師が力が抜けた足でその場に倒れこみ、眼前の魔獣の威圧におびえ切った。そこに一人の男が人間離れした速度で後方に回りこみ剣を抜く構えをして言った。
「今ならいけるかもしれない」
男は深呼吸をした。
「ハヤサカ流儀、超水平切り」
その男はそういう言うと魔物の後方からとてつもない速度で魔獣に迫り、水平に剣を入れた。ファストの目ではしっかりとらえることはできなかったが明らかに近距離から長くなった剣で確実に魔物を深く切り込んだ。
魔物の狂気的な顔の眼前で死を覚悟した魔術師は一気に感じる安堵感でその場であおむけになった。心臓を抑えて過呼吸になっていた。
そしてその魔物は両足を落としてその場で倒れこんだ。
この一連の小さい事件はファストにとって価値観を根底から覆す重大事件となった。
しばらく時間がたつと子供たちも完治し、伝書バトが届けた手紙で事態を知った子供の両親たちが迎えに来ていた。ファストはあまりにも常識外れな事態に思考が止まっていた。
(魔法、、、すげぇや。剣って、、、すげぇ)
「お母さん、お父さん、怖かった。助けてくれてありがとう。剣士のみなさんも魔術師のみなさんも助けてくれてありがとうございました。」
ローはカンナとルナに順番に抱かれると家へ帰った。
あまりにも衝撃的な事件でぼうっとしながらもその夜にある事を受け入れた。
(剣の概念が前世とはまるで全く別物。あんな剣の使い方は信じられない。魔法ってなんだ。あんなのSF映画で出てくるようなものじゃないのか?もしこれが夢じゃないなら・・・。)
ファストは完全にそういうものなのだと受け入れた。
(ここは前世とは全く違う。こじつけだが異世界であるととらえた方が都合がいい。そうここは異世界なんだ。異世界・・・。)
同時にあることを考えていた。両親とローが話していたのだが、彼らは公務員の一部らしい。収入がよく多くの地で治安維持活動をしていて、地域住民とのコミュニケーションも行うため人脈も広いらしい。
(これは、前世と全く違う生活ができるかもしれない・・・。だとすれば、僕に剣は無理だ。前世で運動は苦手だったからその記憶のせいで多分今世も身体能力は低いはずだ。ならば魔法だ。魔法を頑張って極めれば・・・。彼女一人くらいはできるかもしれない。)
カンナが床に座るファストを見ていた。
「ファーはローと違って魔法が好きだもんねー」
その声掛けで気を取りもどすとルナとカンナがお喋りしていた。
「ローと同じでファーも剣が好きなんだ!俺の息子は剣だ!」
「うちのファーは多分ものすごく賢い子だから魔法が好きになっちゃうかもねー」
(そう。本当に魔法が好きかもしれない。
僕は魔法を頑張っていこう
そして、友達もたくさん作って、
前世みたいに詰まないように
精一杯生きていこう。
一歩一歩確実に)
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よろしければ下側の星などよろしくお願いします。
一生懸命に書いているのでもの凄く励みになります