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異世界は君と  作者: 白老の庶民
第一章:幼少期
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プロローグ

 カップ麺をすすりながら男はある人と電話をしていた。


「転職うまくいったし、良い感じで一人暮らししているよ。」

(また嘘ついた。嘘つき続けるんかな俺・・・。)


 そこには絶望の淵に立たされた男がいた。本来ならば社会人として自立したうえで、一生懸命に稼ぐなどして暮らしているはずだ。しかしこの男は有名国立大学の物理学科卒でありながらも、まともに働きもせず不潔な体で今日も生活していた。まして年齢が30代後半ときた。

 手に持っているスマホからは聞きなれた優しい声が聞こえてくる。母の声だ。唯一の心のよりどころ。


「うん。それならよかったよ。心配していたんだよ。転職するって突然いってきてから何も連絡がなかったんだから。」


 通話を終えると電源を切ってスマホをベッドへ投げ込んだ。そして、スマホを再び手にとった彼は震えながらスマホをのぞき込んだ。彼にとってはスマホは酷い思いでをぶり返す装置でもある。


 そこには13人の自称”ともだち”がいた。

 義務教育時代の憎き低俗な人間達のトークルーム。

 高校時代に出会った待望の友達候補。結局喧嘩したので友達にはなれなかった。彼の無駄なプライドが喧嘩の発端だった。本来ならば今も連絡をとりあっているはずだった人とのトークルーム。

 大学で試験対策用に絡んでくるだけの人間とのトークルーム。大学までくれば義務教育時代に威力を発揮した対人恐怖症は完全になくなった。しかし副産物として患ったコミュ障が頭角を現し、想定通りの気さくな会話なんてできるはずもなかった。唯一人としっかり話せたのはその人間達との会話のみだった。


 友達などいなかった。


 彼はトークルームをみると数多くの嫌な記憶がよみがえり、強烈な動悸で机におでこをくっつけてうずくまった。胸を手で押さえて深呼吸して落ち着かせようとする。


(なんで俺はこんな人生になったんだ。本来こんなはずじゃなかっただろ)


 老朽化の進んだアパートにひどく散らかった部屋。

 もはや年前かもわからない履歴書の山。

 上側になるにつれてペンであけた穴や、文字の雑さが酷くなっていく。

 最終的には『死ね』という大きな文字が書かれていた。


 彼は学歴を武器に数多くの会社にエントリーしてきた。有名大企業から、普通の会社。実に幅が広かった。しかし面接のところで彼は絶対に落第してきた。やっとのことで受かった会社も結局1年で退社する始末だった。


 この男は意外かもしれないが、実は素の部分ではみんなで騒ぐ事が好きだった。なので小学校時代では、友達もたくさんいたし、悪さもいっぱいしてきた。6年生になればついに学校の人気者として君臨し、毎日理想の生活を送っていた。今となれば、この時こそ彼の人生の絶頂期だった。


 廊下を歩けば学年・クラス・性別関係なしにみんなが彼をみて話しかけてきた。終始笑顔で紳士っぽく話してかつ爽やかな印象をキープする。そしてノリも良くお喋りも得意。当時彼は無敵だと思っていた。他の男に劣る理由はないと思っていた。


 しかし彼は傲慢だった。


 小学校1年生の時は早生まれの影響で会話こそ全然できなかったが、あれから彼は頑張ってコミュ力に磨きをかけてきた。小学校1年生の後半で、彼はいかに友達を増やしていかにして人気を得るか。それこそが個人の価値を決定づけるのだと彼は個人のありかたを解釈し理想の自分像を描き、突き進んだ。


 彼自身このまま中学校で超絶陽キャ生活を送れると確信していた。学年1可愛い彼女をつくって幸せな生活を送りながら勉強と部活を頑張って、様々な面で一番優秀になろうと思っていた。中1から一緒になる他校の人達に「俺こそが1番コミュ力が高いのだ」とみせつけてやりたかった。同じ学校の人達に「やっぱ〇〇君が一番面白いし、喋れるし、勉強もできるし、」って思われたかった。



 しかし、それはただの自惚れだった、



 6年生の秋ごろ、ある日彼は親友全員に裏切られ、無視を決行された。しまいにはすれ違いざまに暴言を吐かれる様。休み時間には、つい昨日まで話していた女子からも


「キモイ。こっちこないで。」と言われて避けられる。


 僕を省いた状態で盛り上がった卒業式。

「何も変わっていないじゃないか」

 彼は小1の自分と当時の自分を比較して、「こんなきれいな下剋上あるかよ」と虚無感を感じながら最後の卒業式の合唱は歌わずにうつむいて聞いた。学校の前で撮る写真には、誰からも呼ばれなかった。


「本来ならば、、、みんなに声かけられて写真とって、、中学校でも友達ねって誓って、、、なのに」


 そして迎えた中学校生活。

 少し前に行われるクラス発表では、すでに元友達が新しい友達を作って遊ぶ約束までしていた。


「・・・ーーー・・・」

 虚無感と絶望感、失望感、怒り、多くの感情が彼を襲った。家では泣かずにはいられなかった。



 入学2,3日目には、学年全体に彼の噂が広まって全員に軽蔑されるようになった。次第に一部のいじめたがりが頭角を現すようになり、標的はもちろん彼だった。


「悪者は帰れ」

 彼らはそういい放った。


 机の中の教科書に毛虫が乗っていたこともあった。給食中にスプーンが滑ったとか言って手を大きく動かして給食をひっくり返された事もあった。唯一の居場所だった参考書に牛乳をかけられた事もあった。

「もう誰の顔も見たくないよ。怖くて学校に行きたくないよ。助けて、、、誰か」


 どういうやりとりが裏であったのか今でもわからっていないが、彼はいずれ、別室で中学校生活を送ることになった。もともとある程度賢かった彼はなんとか道内有数の学区外の進学校へ進学した。学区外だったこともあり、知り合いはいないので再び小6の時のような絶頂期を築くと誓った、


 しかし、3年間も人とまともに会話しなかったうえに対人恐怖症を患わされたこともあって思うようにいかなかった。唯一得意な小学生のノリを展開して、初日からみんなに嫌われる始末だった。3日目で彼は全てをあきらめて1人の世界にこもって生活することにした。辛かった。


 彼は今でこそ、高校時代はすごくいいやつばっかだったと気づいている。しかし当時の極度の対人恐怖症により、購買でパンを買ってこいよ。という優しいノリでさえ彼にとってはいじめのように感じた。それはコミュ力が高めのクラスメイトがひとりぼっちだった彼を気遣ってどうにかして内輪ノリに組み込もうと模索してくれていただけだったのに。


 家に帰る時は、地元の駅周辺で中学時代の元親友たちにバイクなどで追いかけ回されることがたびたびあった。家が近かったことが唯一の救いで住宅街が近くなると追いかけることはなかった。きっと地域住民が明らかないじめ(一歩間違えれば殺人)な行為を警察に通報することを警戒したに違いない。その陰湿さがかえってつらかった。


 そのまま大学ではだれとも特に会話らしい会話をする事もなく卒業した。



 (まぁ今思えば俺って省かれて当然だったのかなぁ)


 当時は持ち前の明るさと行動力でクラスの中心だった。毎日廊下を歩くと年下や違うクラスの人からも話しかけられて、ただただ最高のスクールライフだった。


 しかし汚い机に汚い文字、出さない提出物に実験器具の破壊。だんだんでてくる価値観の違いが感情のブレーキを破壊し友達を殴ったりした。彼が招いたいざこざに無理やり女子を巻き沿いにして喧嘩するほど仲が良いんだぜとみせびらかしたり。男友達が女子と話しているのをみるや否や、割り込んで話の主導権を奪い続けたり。


 挙げればきりがなかった。とりあえず「自分こそが最強なんだ」と自己顕示欲にあふれていた。しかし当時の彼にはこれらがいかに異常な行動なのか理解できていなかった。小学校6年生ということもあって幼さ故の結果だったが、それらに気が付いたのは中学生活終盤から高校生活序盤という極めて遅い時期のことだった。


 今となってはこう分析しきれるだろう。「だんだん大人になる周りに対して俺は未熟だったのだ。」と


 当時僕が中心だったグループにいた元親友達は中学校に入ると完全にカーストの頂点に君臨し、持ち前の賢かった頭脳と身体能力とコミュ力で周囲を虜にしていた。それを見聞きすれば虚無感と悪口を言われるという被害妄想に襲われた。



「もしもあの時、あの事件がなかったら、今頃、、、」と妄想しその世界に度々入り浸っていた。


 彼だけが、現実を生きていなかった。


 会社では高学歴を鼻にかけるしかなく、上司に注意されると逆ギレし、周りはドン引き。だれからも相手にされなくなった彼はすぐに窓際社員となり、1年ほどで退社することになった。そして今は親に無事転職成功したなどと嘘をついて安心させる毎日だ。


 なぜ僕には友達がいないんだ。

 人付き合い力が0だからだ。

 小学校のときも、中学校も、高校も、大学も。

 どんな時だって僕は・・・。


 そう。小学校で省かれることさえなければ。僕は今頃、、、。


「コンビニ、、、飯」


 ふらふらして焦点もあっていない目で彼は住宅街をさまよった。もう30代後半、生きる希望や生きる価値や生きる目的など、全てを失った不健康で不潔な男は、意思と反してなぜか家の近くにあるポロト湖の前で座り込んだ。


 かつて彼はここで男女みんなでスケート鬼ごっこをしてた。


(懐かしいな。)


 みんなが純粋だったころだ。そこにあった円形の巨大なスケートリンクを全力で突き進んでタッチすると円外にある雪山に飛び込む。すごく楽しかった。その雪山は全力で滑る子供たちを完璧に怪我から守り切っていた。屋内のスケートリンク場では絶対に味わえない楽しさがあった。


 あの頃に戻りたい・・・。


 そう。あの場には女の子もいたんだ。俺はそのグループの中心人物だったんだ。そのキャラのままいた世界線こそ本来僕が経験するべき世界線。


 気が付くと夕方になっていた。


「あっ、、、コンビニ行かないと、、、。」

 ゆっくりとその足で立ち上がり、歩き出した。


(もしも、あの時省かれなくて、あのまま人気者だったら、、、今頃、、、)


 そして今日も空想上の結婚生活に浸る。

「今日はいい天気だねー。今日も可愛いよ。愛してる。」


「はいはい。わかったから、金さえ稼いでくれればいいんだよ。」


「おい!ひどいぞ俺は財布かて!」


「気をつけていってね。愛してる」

(はぁ、すごく幸せな生活なんだろうなぁ)


 そう言って初恋の人は彼を優しく強く抱きしめた。


 (そう。僕の中学時代の初恋のあの子こそ僕の奥さんになるはずだったんだ。きっとすごくおいしいごはんを作ってくれるんだろうな。優しいお母さんで、僕が一生懸命働いてお金稼いで、、、旅行に行ったりするんだ!夏の富良野でラベンダー畑を見ながらおいしいアイスを食べて、子供がアイス落としちゃったりして、、冬は家族でかまくらをつくるんだ!それからそれから、、、、)


 気がつけば彼は涙が止まらなかった。その涙をぬぐいながら自分の壮絶な人生と向き合おうとしている。無論無駄であったが。


(もうこの人生することないな。)


 空には数羽のカラスが飛んでいた。夕焼け小焼けのチャイムが街全体に響き渡っていた。彼は踏切の前に止まって電車が通過するのを待った。





「じゃあ行ってきます。少しの間そっちで物理学の観測装置作ってくるだけだから。大丈夫。死ぬことはないって。」


「なんでそんなにUNAⅮPに行くの?別にこの世界でいいじゃん」

 ネクタイを一応手で確認した後、玄関で振り返ると奥さんは泣いていた。


(UNDAP、、、。そんなのあったっけ、、、)


 踏切の前で彼は理解のできない単語に困惑し始めた。


 その世界線の彼は泣いている奥さんとペアルックで揃えたネックレスを持って言った。


「いずれ、落ち着いたらこっちも観光しよう!新しい世界が広がっているさ」


 そのネックレスは彼が工学分野において最前線で研究している知り合いにたのんで加工してもらったネックレスだ。緑に輝く直方体の宝石がついたネックレスで地球上には存在しない物質からできている。もちろん研究途上でようやく実生活での応用法が現実的になってきたものだ。


(あれ、、、なんで泣いているの?この世界って、、、、もしかして、、、いやなわけ。この世界じゃない!?)


 鼻を精一杯すすりながらひざから崩れおちた奥さんは手を床について泣き叫んだ。

「無事に帰ってきてね、、、。」


「うん。わかった。愛してるずっと愛してる。」

 そういってもう一度2人は抱き合った。



 ゆっくりと時間を惜しむようにして玄関のドアを開けた。そして



「死なないでえええ」






(あの子って大きな声出るんだ。か弱い子だって思ってたけど。いつもかわいいな。君を奥さんに迎え入れることができて幸せだった。これからもずっと幸せでいてね。)


 空想上の幸せを享受していた現世の彼は見た。

 瞳孔を開いてたしかにそれを視覚でとらえた。


 赤い光が内から散乱している人型の何かが。わずかに宙に浮いていた奴は目の部分が窪んでいて落ち込んでいたようにも見える。それは確かにこちらを睨みつけた。


「君もこっちにおいでよ」


「えっ」


 男は音を立てて身体が破裂した。


 肉体が弾ける鈍くて大きくて生臭い音と共に、断末魔の叫び声が響き渡った。赤色に染まった踏切はその血生臭さを漂わせて、一人の男に死を与えた。


 今日男は電車にはねられて確実に死んだ。








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