捌ノ話 追尾行・其ノ弐
「分かってる!」
かなり消費った体力の残りをはたいて、全力疾走をする2人。
だが、それに気づいたのかまずいことを理解した男は再び走り始めようとした。
が、その男の腕を当たった人が立ち上がって掴んだ。
「どこ行くんですか?」とこっちまで聞こえる声で言ったのは、まさかの。
「……歌乃?」
先に反応したのは、翔太ではなく修。
「あれ、修じゃん。翔太だけじゃなかったんだ」
歌乃は意外そうにこっちを向いた。
さらに、曲がり角から出てきたのは理。
「そろそろ私の鞄返してよ」
文句をいくつも言いたげに、不満そうな顔をして理は言った。
明らかに、男が焦り始めた。
「早く来て!!」
歌乃がこっちに向かって叫んだ。
そしてかなり足は速い方の翔太がもうすぐ着くと行ったところで、
「痛っ!」
男が歌乃が掴んでいる手を思いっきり引っ叩いて、強制的に手を離させて逃げた。
必然的に理の方に行くことになるが、理に戦闘力なんてものがあるはずもない。
ちなみに余談だが、理は生涯腕相撲において勝利した試しがない。
ただ、鞄を奪われた直接の被害者である理は、ここで勇敢にも立ち向かった。
が、悲しいことに鞄で殴られた。
倒れはしないが、よろけて男が走り行くのを許してしまった。
「ああ……」と、修が悲壮感に塗れてつぶやいたのを、翔太は聞き逃さなかった。
まぁ翔太にしてみれば、最初から理に期待なんかしていなかった。歌乃が突破された時点で完全に諦めていた。最早立ち向かっただけマシだと思える。
「うっわアイツ、女の子に暴力躊躇なく使ったね」
歌乃が半ギレで言った。
「そんなこと言ったって、アイツ窃盗犯だが……」
「ところで、なんでここにいるんだよ」
翔太がずっと思っていた疑問をぶつけた。
「計算した。あの辺りから逃げるとしたらって道を普通に考えて一番確率高そうなところに行って電話をかけたら、ビンゴだったんだよねこれが」
地味に恐ろしいことをのたまった理。
何も聞かされていなかった修は「は?」という顔をしたが、翔太はもう慣れている。
「ていうかさ、理と歌乃はどこで会ったんだ?」
次は修が聞いた。
「翔太に最初の電話をかけた前にはいたよ。なんか私が怪しい宗教のおじさんに話しかけられて困ってたら助けてくれたんだ」
理は有り難そうに歌乃の方を向いた。
「今どきあんなにわかりやすい宗教勧誘ないよ。何が『あなた様1人の力で我々の世界が変わる』よ」
歌乃が吐き捨てるように言った。確かにわかりやすい宗教勧誘だ。
だが、歌乃が理を守ってくれたのか。
「ありがとうな、歌乃」
「え? ああ、別にいいよ」
「って、こんなこと話してる場合じゃない!」
場の雰囲気を断ち切るように理が言った。
「……ああ」「うん……」と絶望した声で言ったのは勿論翔太と修以外にいない。
「どうしたの」
「いや、もう体力が……」
歌乃の問いかけに修がなんとか聞き取れる小さい声で言った。
翔太は人より体力は多い自信が多い自信はある。が、修は知らない。本当よく手伝ってくれるなと、翔太は修を見た。
「いや、マジでもうなんか策ないのか? コトワリ」
翔太が理に期待と圧を込めて聞いた。
「うーん……そりゃあアイツが行く場所もわからないでもないけどさ。もう追いかけてないから多分アイツ余裕あるよ。パターンが多すぎる。なんとか賭けで絞れば数通りにできないこともないけど……」
あ、終わった。これはゲームオーバー近いんじゃないだろうか。
「……どうする?」
歌乃が遠慮がちに聞いた。
「そりゃあまだ走れるには走れるが……。延長戦入ったら難しいだろうな」
ここでの『延長戦』がどこからを言うかは翔太自身も分かっていないが。
「追い込み漁するとしてもさ、追いかけるのは多分翔太が安定じゃん? ……修、戦闘自信ある?」
理が体力も考えて一応って感じって修に聞いた。
「ああー……ない」
この状況、悲しいことに追いかけるのも待ち伏せして捕まえるのも翔太が一番有用なのだ。
「……どうする?」
「せめてさ……体力多いやつor捕まえるの得意そうなやつがいればいいんだけどな。残念ながら転校したばっかで知り合いが皆無なんだよね」
歌乃が本当に残念そうに言った。
「翔太と理はいないのか? すぐに呼べる知り合い」
「……いないんだよね。あまり友達いない、てかほとんどいない」
理が悲しそうに述べた。
「いや、そりゃあお前人見知りだもんな」
「そう言う翔太も友達作る気なかったでしょ?」
「……はい、そうです」
理の言う通り、別に翔太は友達を作ろうとはしてない。その点では別に理と何も変わらない。
「……じゃあ誰も呼べる知り合いがいないと。絶望的すぎないか?」
「いや、本当にそれ」
本当にどうやって理の鞄を取り返すと言うのだろうか?
「せめてあと1人くらいいたらなぁ……」
理の鞄、本人が気に入っているので是非とも取り返してやりたい気持ちがかなり翔太にあるのだが、かなり難しいのが現状。
「……もう無理だね」
珍しく、理が最初に諦めようとした。
「おい、まだ……」と翔太が止めようとしたその時。
「あれ? 4人も知ってる顔が並んでるとは珍しい。皆さんお揃いで如何しました?」
遠回しなような微妙な言い回しが聞こえてきた。
時間が空きました……