陸ノ話 少年、駆ける
ちなみに翔太は運動神経がかなりいい方。『学力』の理よりかは良くはないが、いい。
つまり、普通の人を追いかけて捕まえるのに大した時間はかからない。
人通りが少ないのも幸か不幸か、全速力で駆けても特に何も思われない(見る人がいないから)。
男はかなり焦っているっぽく、見て取れるレベルにスピードが上下する。
が、それすらも翔太には関係なく、距離は徐々に狭まっていく。
途中の曲がり角で、軽くフェイントをかけて男が右に曲がった。
時間もあまり経たずに翔太も曲がる。
だが、曲がり角を曲がったため、男はスピードが見てとれるほど落ちた。
翔太が伸ばした手が男の肩に引っかかった。
その腕を思いっきり引いて、バランスを崩して倒す。
「痛っ」
「おい、鞄返せ!!」
男が肩に提げていた鞄を奪う。
「ふぅ……、ってこれ」
翔太は鞄をよく見た。
「……違うじゃんか」
翔太が持っている鞄と、形状が違った。
翔太と理の鞄は色違いで、型は一緒。つまり、自分の物を見れば分かる。
その男が持っていた鞄は、翔太の物より少し大きかった。
「いや、でもコトワリの鞄盗ったのコイツだよな……? じゃあどこに」
「……頼まれたんだよ」
捕まえた男がボソッと言った。
「なんかバイトって称されてよ。曲がり角で待ってて、追ってきたやつの気を引けって」
「……は?」
反射的に翔太は後ろを向いた。
そこには、翔太が曲がらなかった方向に全力で逃げる男がいた。
そこでやっと、翔太は『犯人の男は角を曲がった後すぐに自分をやり過ごした』ことに気がついた。
「チッ……、やられたな」
捕まえた男は放っておいて翔太が走り出した時、スマホが鳴った。
着信画面には今まで人生で一番見たであろう名前、『コトワリ』の文字。
1コールもあっただろうかというところで翔太は出た。
『あ、繋がったってことは鞄取り返したの?』
呑気な声が聞こえてくる。
「アイツら頭いいぞ。囮使って逃げられた」
『……私特に鞄になんか何も入れてないけど。財布もスマホもポケットに入れてるし、その鞄盗っても特にいいことないと思うんだけどなぁ』
「……は?」
翔太は思わず聞き返した。
じゃあ今まで『取り返すぞ』と慌ただしく走って走ってRUN&RUNしてキリキリ舞いしていた時間はなんだったのだ。
「いやじゃあ取り返す必要あるか?」
『いや、それはあってよ。私あの鞄結構気に入ってるんだって』
別にキリキリなんて舞っていない理がそんなことを言った。
「お前あの鞄に愛着あったのか」
確かに買ったのは年の数片手の指で数えて足りたっけ? ってくらい前だが。
そう言えばここ数年、理の持ち物で変わってないのはいつも持ち運んでいる黄緑のイヤホンとその鞄だけな気がする。
『結構使いやすいしね。ってことで早く追いかけて、何かあったら連絡して。私も探すから』
「オッケー、了解」
電話を切ろうとしたその時、電話越しに聞いたことがあるような理以外の声がした。
「……誰だったんだ? まぁ、いいか」
スマホをポケットに入れて、翔太は走り出した。
「……終わっただろ、これ」
走って追いかけた先は、先ほどまでの人のいなさを打ち消すような人混み。
男の顔は見てないので、こうなってしまったらすれ違われても分かるか微妙である。
流石に黒かった服の色で分かる気もするが、まぁ人が多い。
「後で私んち遊びにこない?」「いいよ〜」「さっきのマジック凄かったね。また見たいな」「結局あれなかったな」「やっと探して見つけまして……、8月中には」etc…
話し声が大量に聞こえてくる。電話への声も多い。
翔太は必死に周りを見渡すが、それらしい人影は見当たらない。
小さく舌打ちして、その場を一度後にしようとする。
とその時。
「どうしたんだ?」
前から声がした。
前にいたのは、空色の縁の眼鏡に黄色ベルトの腕時計をした、先ほどデパートで会った文原修だった。
「困った顔してるが……探し物か?」
「そうだが、よく分かったな?」
あ、そうだ。人手は多い方がいい。
「いきなりですまないが修、今暇か?」
「暇だが……何か手伝うことでもあるのか?」
「コトワリの鞄が盗られたから、それを取り返そうと犯人追いかけてんだが……」
こんな事情を話して、手伝うやつなんかいるのだろうか。
半ば自分に呆れながら翔太は口を動かした。