参ノ話 文原修と葉山歌乃
「ねぇ、暑くない?」
「マジで暑いよな、今日」
今日の気温は38度らしい。
デパートへの道を歩きながら2人は話した。
「はい、思うのですが」
「どうしたんですか、翔太君」
「真昼に行かなくてもいいのでは?」
「じゃあまた帰ってゲームするの?」
「……いや、いい」
朝っぱらから画面を見せられ、翔太の目はかなり疲れている。
それにプラスであと2、3時間もやらされれば夜に倒れることは火を見るより明らかだった。
「ね? 選択肢は一つなんだよ」
「はい、1つ提案なのですが」
翔太はまた手を挙げた。
「俺、本当に行く必要あるか?」
「もちろん。荷物ちゃんと持ってね。あとちゃんと何かあったら守ってね」
「何かあったら迷わず置いていくからな」
「あーあ、別に止めはしないけどさぁ」
耳にわざとらしい大きい声が届いた。
「今帰ったらお母さん怒るんじゃない? 『何勝手に帰ってきてるんだ』って」
「……行きます。行かせてください」
帰り道を肉体的に『どうぞ通ってください』と言われつつ精神的に通せんぼされた翔太は渋々了承した。せざるを得なかった。
ふふんと誇らしげに笑った理に翔太は殺意すら覚えた。
が、どうしようもないし別に1番の友人を殺す気もないので殺意をゴミの日用のゴミ袋に詰め込んでおいた。そして放置。二度と開けることはないと信じておく。
「クッソ、何でこんなことにテメェは策を弄してんだよ」
「私は策を弄した覚えはないよ。なるべくしてなったんだよ」
「コイツ……」
これが理の普通よりかなり良い頭の使い方である。非常に性格が悪い。
「ところでさ。買い物終わった後翔太暇でしょ? どこか遊びに行かない?」
「はぁ? どこに」
地味に予定がないことを前提にされていることに翔太は気付いたが、そこには触れないでおいた。何故って? 面倒くさいから。
「うーん、カラオケとか?」
「まぁまだ昼だし別に構わないか?」
「そーでしょ? ってことで早いこと買い物済ませて遊びに行きたいんだよねぇ」
「だけど2人でカラオケ行くのか?」
「すぐに自分の番回ってきて良いでしょ」
「誰でも良いから誰かしら誘いたい気もするが……、でもクラスにお前くらいしか知り合いいないしな」
「コミュ症なの?」
「お前もだろ!!」
至極どうでもいい話をしながらデパートまで歩き続けた。
ちなみに今2人が行こうとしているデパートは市で一番大きいデパート。
結構色々揃っていて、市民からの人気も高い。
「それで、何買うんだよ? 晩ご飯の用意の他に」
「えーっとね、キャンプ用のテーブルと椅子」
「キャンプ用のテーブルって重そうだな……」
「てことでよろしくね」
「お前ふざけるな?」
そうこうしている間に2人はデパートに着いた。
「まず何買う?」
「何でお前が決めてねえんだよ」
「じゃあまた今度お母さんが行くとか言ってたキャンプ用品から買いに行こう」
「何故か俺の家まで誘われる未来まで見えたんだが?」
「そうなるんじゃない?」
ちなみに買ったのはテーブルと椅子複数個。
椅子複数個までは簡単に持てそうだが、問題はテーブル。
「よしコトワリ、取引だ。テーブル持ってやるから椅子は持て」
「それくらいはいいよ。持つよ」
理に椅子を渡すが、翔太は結構重いテーブルを現在椅子と一緒に持ってるからテーブルを片手で持っている。
翔太は別に力が強い方ではないから、当然安定して持てるはずがない。
2つ目の椅子を渡し終わった後、一回翔太はテーブルをドスンと置いた。
「いや、これ重すぎるだろ!!」
「へー、ソーナンダー」
それだけ言って理は先に行った。
「おい……心配くらいしてもいいと思うんだが」
「でも私も椅子で両手塞がってるし手伝えないんだよね」
「それとは話違くないか?」
まだ重さに慣れないので、翔太は適度にテーブルを床に置きながら歩く。
そうすると必然的に起こることが一つ。
どうしても歩くのが遅い。
「ねー、まだぁ? 先行くよ?」
「お前マジで俺、帰るぞ? テーブルここに置いてくぞ?」
「いや待ってそれはホントやめて」
見るからに焦りだした理。それを見た翔太は少し笑えてきた。
「じゃあ少し待ってくれ」
「はーい」
だが、歩いてた理が急に止まったので通る道が交差するはずだった人が理にぶつかった。
「痛っ」と、思わず理は椅子を落とした。
「……! 大丈夫ですか」
そこに立っていたのは、翔太とあまり背格好が変わらない少年。
空色縁の眼鏡をかけているが、輪郭がズレてないところを見ると伊達メガネだろうか。なかなかどうして、洒落ている。
「あ、すいません。大丈夫です」
「これ、落としましたよ」
少年はいつの間にか理が落とした椅子を両方とも拾っていた。
「え……、あ、ありがとうございます」
ここで軽く理の人見知りが発動した。
「おーい、お兄ちゃーん? 大丈夫?」
遠くから声が聞こえてきた。
「分かってるよ。では、俺はこれで」
翔太たちに軽く頭を下げてから少年は走りだした。
「礼儀正しい人だね」
「ん? ていうかアイツ……俺たちのクラスにいなかったか?」
「え、いたっけ」
「えーっと、そうだ。確か夏休みに入る直前に割と近場から転校してきたんだ。名前は……」
「ああ、思い出した。名前は多分『文原修』」
「そんな名前だったな。ていうか、転校生もう1人いたような気もするが」
「ところで、アイツ妹いたんだね。知らなかった」
「知ってたら知ってたで怖いからな?」
転校してきて何日目なんだと思っているんだ。
「お兄ちゃんの友達?」
「クラスにはいたと思うが……転校してきてからまだそんなに時間経ってないからな」
遠くから修とその妹の会話が聞こえてくる。
再び歩きだした。
翔太は全然進まない。
「おいコトワリ、夕飯の荷物少しくらい持ってやるからここで座っていいか? 俺までついてったら遅くなるだろ」
「んー、良いよ。じゃ買ってくるね」
「頼んだ」
理が持ってた椅子を置いて食料品売り場へ消えた後、翔太は1人冷静に考えた。
「いや待て、なんで俺が頼んでんだよ。そもそも俺無理矢理引っ張られてきただけだが?」
ただ、愚痴っても時間はあまり過ぎない。
仕方ないので、スマホを取り出して音無しで見れる動画を見始めることにした。
実況系は音がないのは致命的だが、文字で動くタイプの動画は音無しでも楽に見れる。
画面を見たら夜倒れそうでヤバいかもしれないが、まぁ短時間だし大丈夫だろう。
と思って翔太はスマホを横にしてベンチに腰掛けた。
そして見始めて10分程度経った頃。
「……やっぱ無理だった」
朝っぱらからゲーム、その疲労はしっかりと溜まっていた。
「仕方ない、暇だが何もせず待つか……」
少し体調が悪いので顔を押さえて、一人下を向いた。
「はぁ……」と、大きなため息をついた瞬間。
「何してるの?」
と、上から声が降ってきた。
「え?」
「体調悪そうだけど」
その少女は、これまた見覚えのある顔だった。
「あ、大丈夫だ。……えーっと、名前が……」
「『葉山歌乃』。クラス一緒だったよね?」
「そうそう、歌乃だ。ゴメン」
歌乃は確か、修と同時期に転校してきた。つまり、最近。
「朝からゲームしすぎて軽く体調が悪くなった」
「……そんなにゲーム好きなの?」
「いや別に」
歌乃は現在提示されている条件の『朝からゲームをしていた』『ゲームは凄く好きなわけではない』を元に翔太に何があったかを考え込んだんだろう。
「……私も考えすぎて頭痛くなってきた。まぁまた今度覚えてたら理由は聞くよ」
「ああ。じゃあな」
「またねー」
女の子らしい程々に飾った手提げカバンを持ちながら歌乃はどこかへ去った。
「……修に歌乃か。一気に2人も転校してくるとはな。でもアイツら家の仕事『自営業』と『音楽関係』とか言ってたが、それって転勤あるか?」
暇潰しにどうでも良いことを考え始めた翔太。
「じゃあ前の学校で問題でもあったか? でも確か修って既に性格がかなり良いって評判だし、歌乃も結構万人受けするような性格なんだよなぁ……」
「おーい、終わったよー」
前を向いたら両手にビニール袋を持った見覚えがある少女。そう、理。
「何考えてたのさ」
「いや、さっきそこで歌乃に会ってさ」
「歌乃……、転校生の人だっけ?」
「そうそう。で考えてたのが、修と歌乃が転校してきた理由」
「理由? そんなの色々あるでしょ」
「けどさ、修と歌乃って確か転勤しなさそうな仕事だったんだよな、親が。それに性格も良さそうだから前の学校での問題なんてなさそうだし……」
「さぁね。まぁ考えるのも楽しそうではあったけど」
「ま、いいや。さっさと帰るか」