弐ノ話 夏バテ予防、炎天下
「ていうかまだ11時かぁ……。時間経つのが遅い」
こんなにもゲームをした後に退屈そうに手をヒラヒラさせて、理は呟いた。
「お前の姉さん帰ってこないのか? お前の相手を頼みたい」
「明後日かその次くらいに一度帰って来るって言ってたよ。ここにも来るって」
「……電話かけようかな」
油断している理に、さっきの仇の如く不意打ちを浴びせた。
「やめて?」
効果的面。
スマホを取り出して連絡帳を開く翔太を、理は必死に止めた。
その攻防が2、30秒間続いた後、暗黙の平和条約が結ばれて戦争はめでたく終結した。
「母さーん、今日の昼ご飯の予定何?」
「ソーメン。暑いからね」
「ありがとうございまーす」
何故か理が返事をした。
「え、お前ここで食うつもりなの?」
「ダメなの? じゃないと私の昼ご飯インスタント麺になるんだけど」
頬を膨らませて理は言ってきた。
「いいじゃんかそれ。インスタント麺美味いだろ」
「嫌いじゃないけど、健康面にどうなのかとか」
「起きて8分でゲーム始めたやつって誰だっけ?」
「知らなーい」
「ウチで昼ご飯くらいなら全然大丈夫だよー」
またしても上から声が降ってきた。
「やったー!」
またしても返事したのは理だった。
「コトワリお前、そろそろ料理とか勉強したらどうだ?」
「いいでしょ。近年は調べれば料理くらい誰でも作れてね……」
「じゃあお前自分の分作れよ」
スマホを使って料理レシピを今まさに出そうとしている友人に向けた、何気なくかつ気になった一言だったが、
「……え?」
理は意表を突かれたようにポカンとして翔太の方を向いた。
「あ、その手があったか」
「嘘だろお前? 自分で言っといて」
「……あ、そういえば」
必死に話題を逸らそうと、ポンと手を打った。
ジーッと嫌な視線を翔太から向けられているのを1度目を合わせて察したからか、理は話し出した。
「今日夜ご飯の買い物とか色々買いに行っといてって言われたんだった」
「あ、うん。行ってらっしゃい。早めに行った方がいいぞ」
「……荷物重そうだなぁー。か弱い少女が1人デパートに行くの怖いなぁ」
「うわー、すごく怖くねぇ……後どうでもいいな」
「わかったわかった。じゃあ……」
そう言って理はおもむろに椅子から立ち上がり、ビシっと効果音をつけたくなるくらい綺麗に人差し指を突き出して、
「ついて来い!」と高らかに言った。
「何で命令形なんだよ!?」
ビシッと綺麗に人差し指で理不尽に言われた翔太は思わず叫んだ。
「別にいいじゃん、翔太に不利益はないよ」
「いや、時間取られるんだが?」
「1時間や2時間無駄にしたって君の人生に変わりはないさ」
「お前1人でお使い行ったことないの?」
「流石にそれくらいあるよ」
「なら行けよ」
「ジャンケン!」
いきなり言われて出す手なんて、グー以外に無い。これが人間の悲しい反射である。
「ポン!」
翔太はグー、理はパー。
「はい私の勝ち。お願いねー」
「……酷いなコイツ……」
勝ち誇った顔で自分の広げた手を眺める理と、握られた拳を見てガックリと俯く俯く翔太。
まさに、勝者と敗者の体現だった。風刺画でも書けそうなレベル。
「2人ともー、ソーメンできたよー」
タイトル『真剣勝負』の絵を壊すかのように、翔太達は母親に言われた。
「はーい」
仕方なく手を洗って席につく。
「いただきます」と手を合わせる。
『夏って何でソーメン食べるんだろう』とか思いながら、翔太は黙々と食べた。
「なぁコトワリ、なんで夏ってソーメン食べるんだ?」
困らせる意味も含めて少し聞いたら、
「夏バテ予防だね。水が多いから」
瞬く間に納得のいく説明が返ってきた。
少し悔しかった。が、そもそも知識勝負で理と勝負するなど返り討ちが関の山。
しょうがないと、自分を納得させた。
「あ、すみません。晩ご飯とかの買い物に行くんで、翔太借りていいですか?」
不意に理が言った。
「いいよー。最近翔太はロクに外出てないし」
自分の母親の口から発せられた言葉に翔太は驚いた。
「ちょ、母さん!?」
「ちゃんと荷物持ってあげなさいよ?」
「えー……」
翔太は何とかこの状況を打破する言い訳を、あまり使わない脳を使って必死に考えた。
そして水無月翔太の言い訳演算で弾き出された答え。
それが、
「あのー、母上殿? 別に高校生女子1人くらいでも荷物持てると思うのですが……」
「そういう問題じゃないでしょ」
翔太のパーフェクト・アンサーも簡単に一蹴され、ため息をついた。
「じゃ、行こうか?」
ここだけ巧く切り取れば警察ドラマのワンシーンにもなる言葉を、肩に手をポンと置かれながら理に言われて翔太はさらに深いため息をついた。




