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5.電設のヒデオさん、情報を集める。


王国と勇者に関して、大まかな進行予定は一通り把握していた。


まずは1ヶ月間の勇者教育。勇者に必要な知識と実力を集中的に叩き込み、ただの異世界人を勇者らしい勇者に仕立て上げる。


勇者が勇者らしくなった所で、王都で勇者のお披露目を行う。勇者の情報を広く一般に公開するのは、この時となる。すでに城内では公然の秘密と化しているが、まごう事無き国家機密なので、外部に勇者の情報は漏れていない。


お披露目後、数日は王都にて勇者関連の催し物が色々あるらしい。詳細は知らない。なんかパレードみたいな事とかするらしい。


王都でのお披露目が終わったら、魔族との戦争の前線基地まで移動となる。道中では主要な街を巡り、お披露目や催し物などをしながら、ゆっくり時間をかけて進む。


前線基地に到着したら、戦意高揚のために、ここでも催し物が色々あるらしい。


それが終われば、いよいよ最前線に勇者が投入となる。



「……ヘタレだってバレたら、どういう扱いになるかもわからないし、その前に逃げた方がいいよな。運が良ければ追放くらいで済むかも知れないけど、わざわざ追放されるのを待つのもアホ臭いし、そもそも戦場に行きたくないし……」



今の自分は、スキルを使えない期待外れの勇者だと思われている。期待外れの勇者ではあるが、身体能力は勇者級なので、身体能力のゴリ押しで魔族を殺せるように戦闘訓練を受けている。つまり、期待外れだとは思われているが、まだ完全には失望されていない。


いざ戦場で実戦となれば、確実に失望される。この予測は揺るがない。


もしも何も気付かず、何の心構えも無く、そのまま戦場送りにされていれば、その場の勢いに流されて魔族を殺していたかもしれない。一度手を血で染めてしまえば、後はもう、なし崩し的に王国の勇者として、王国のために魔族を殺し続けたかもしれない。


そんな血塗れの未来は、昨晩、消えた。


今の自分に魔族は殺せない。その覚悟が全く無い事に気付いてしまった。魔族を殺せない勇者など、ただのヘタレ。魔族と戦争中の王国にとって、不殺は美徳にならない。


その後の自分の扱いは、あまり碌な想像ができない。国外追放くらいで済めばマシな方だろう。下手をすれば処刑もあり得る。



「……逃げるのは決まりとして、具体的にどう動くかが問題だよなぁ……」



現在は、勇者教育の2週間目が完了した時点。まだ時間はある。


のんびりしていられるほどの時間は無い。残り2週間と少し。



「……ただ逃げるだけなら移動中が楽そうだけど、逃げた後の事を考えると、お披露目される前には城を出た方が良さそうだな。でもそうなると、脱出のための準備にあんまり時間かけられないか。お披露目の直前に脱出するのは危険だし、その日が近付けば近付くほど脱出は難しくなるだろうし……」


「ますたー。逃げるですか?」


「逃げるよ。タイミングをいつにするかの問題はあるけど、絶対に逃げる。……それとも、妖精さんは逃げるの嫌かな?」


「さあ?いやでしょうか?」


「……微妙な返答だけど、消極的賛成って事かな」



逃げる事は確定事項である。異世界の戦争には参加しない。


自分の生まれた世界の戦争すら放って置いているのに、よその世界の戦争に首を突っ込む気など無い。


平凡なサラリーマンには、戦争は荷が重すぎる。




まず喫緊の問題は、どの時点で逃げるのかという事。


本音を言えば、今すぐ逃げ出したい。しかし、何の準備も無しに逃げ出しても、碌な未来は待っていないだろう。


この世界での自分は天涯孤独の身。王国からの支援が無ければ孤立無援。


右も左もわからない中、場当たり的に逃げるのは危険すぎる。




運が良ければ、逃げた勇者を見限ってくれるかもしれない。


運が悪ければ捕縛され、改めて戦場送りにされるだろう。


その果ては、国外追放か、処刑か。いずれにせよ、碌でも無い末路しか想像できない。


逃げるからには、何があっても逃げ切れるだけの算段を付けておきたい。



「……とりあえず、脱出予定日は早めに設定しておくか。予定外の事が起きても、予定を先延ばしできる余地は残しておかないと……」


「よていがい?それはなんですか?」


「何が起こるかわからないって事だよ。今までの感じからして、王国が予定変更するような事は無いと思うけど」



当面の予定としては、1週間後に脱出するつもりで動く。この1週間で情報収集し、逃走経路と潜伏先の候補を選出する。


城内の警備状況に関する情報。


城外の警備状況に関する情報。


王都の状況に関する情報。


王都外の王国国内の状況に関する情報。


勇者教育の座学とは別に、王国の地理と歴史に関する情報。


魔族の実態に関する情報。


戦線の状況に関する情報。


自力で元の世界に帰還するための手がかりになりそうな情報。


勇者召喚の魔法陣に関する情報。


王国以外の諸外国に関する情報。


とにもかくにも情報が必要だ。情報が無いと、行動計画が立てられない。



「……これ1週間じゃ無理だろ」


「ますたー。無理ですか?」


「いや、まあ、やる前から無理って決めつけるものでも無いかな?とりあえずの予定だし、予定はあくまでも予定って事でいいか……」



すでに心が折れそうだった。






情報収集するとは言っても、ここはネットも何も無い異世界である。基本的には人伝に情報を集める事になる。そしてそれは同時に、こちらの情報を相手に与える事を意味する。


色々な人に情報を聞いて回れば、自分が情報を聞いて回っているという情報が知られる。城内で露骨に動けば怪しまれる。人の口に戸は立てられない。


ただし、妖精さんがいれば、この問題は解消する。電気設備による単独情報収集ネットワーク構築である。



「妖精さん、この辺にも情報収集キット一式、セットで」


「はい。セットしました。ますたー」



やる事は単純。情報収集用の電気設備を城内の各所にセットするだけ。妖精さんにかかれば、工事不要で壁内に埋め込み完了である。




勇者の肩書で入れる場所には見学という名目で手当たり次第にお邪魔して、小型マイク、カメラ、動体センサー、無線機、バッテリーをセットしまくった。そこに誰かがいれば、自動で起動し、自動で情報を収集し、自動で送信する仕様である。


勇者の肩書でも入れない場所は、夜間に無断でお邪魔させてもらって、同様にセットしまくった。この世界の城内勤務は、元の世界の基準では超絶ホワイトなので、日没以降はほとんど人がいない。楽勝だった。


警備兵の位置情報をリアルタイムで収集するために、別口でセンサー類をそこら中にセットしまくった。ゴーグル型のウェアラブル端末を通じて、巡回経路もタイミングも筒抜けである。


ついでに、城内の主要人物の靴には、某少年探偵が使っていそうな小型マイクを取り付けさせてもらった。妖精さんにかかれば、相手に気付かれずにマイクを取り付けるくらいは簡単である。もしもマイクが見つかっても、この世界の人達にはゴミにしか見えないだろう。


自分の部屋には情報集積用にコンピューターと大型モニターを設置した。後は情報が集まって来るのを待つだけでいい。


昼間は勇者教育で忙しい。これはこれで今後の活動の無駄にはならないと判断し、今まで通り普通に受ける。


夜間は情報を精査する。昼間の内に集まった膨大な量の情報は玉石混交となっている。その中から価値のある情報を拾っていく。恐ろしく地道な作業になる。


……と思っていた。



「正直、拍子抜けだわ。まあ、楽な分には文句無いけど……」



期せずして、第八王女殿下が超ファインプレーをかましてくれていた。情報源として超優秀だった。




王国としては、勇者と第八王女殿下との仲が一向に進展しない事を、かなり深刻な事態であると認識しているらしい。


こちらとしては、若干9歳の少女に25歳の男性を本気で籠絡させようとしている事態の深刻さを認識しろ、と言いたい。世界が違えば倫理観も違うので、本当に言ったりはしないけど。


第八王女殿下は事態の深刻さを認識していない。わかってはいるが納得はしていない、と言う方が正しいだろうか。


将来は騎士団長閣下のお嫁さんになりたいらしい。可愛らしい夢かと思いきや、第二婦人で我慢しますとか言ってる辺りは、幼くとも王族っぽい。


そんな第八王女殿下の所には、様々な人物が代わる代わる訪れて、様々な立場から状況を説明していく。


公開情報から機密情報まで幅広く収集された情報の中から、重要な情報だけを取捨選択し、子供にも理解しやすい様に要約して説明する。


まるで、古い時代劇の悪代官と悪徳商人が天井裏に潜んでいる正義の忍者に状況を説明するかの如く、それはもう懇切丁寧な説明だった。


音声データは、余す所無く記録されている。自分はそれを、時代劇の視聴者的な立場で聞くだけでいい。こんなに楽な事は無かった。




情報の重要度の目安があれば、情報の精査も楽になる。


第八王女殿下への説明の内容と照らし合わせ、雑多な大量の情報の中から必要な情報を拾い上げる作業は、当初の予定よりも順調に進んだ。


逃走を決意してから5日目には、逃走経路と潜伏先の候補の選定は終わっていた。



「ここだな。第一候補はここにしよう」


「ますたー。ここはどこですか?」



潜伏先は、密かに写し取った地図を見ながら決めた。


王国の地図の精度は低い。詳細な地形は不明。主要な街や街道などの相対位置がわかる程度の雑さ。地図と言うより、鉄道やバスの路線図みたいなものだが、目安にはなる。


選んだのは、広大なブランク。その中心点。



「正式名称無し。通称『絶望の荒野』だってさ。犯罪者すら逃げ込まない土地らしいよ」


「はんざいしゃ?それはなんですか?」


「悪い事をしている人達だよ。そのせいで警察から追われているような人達でも嫌がって避けるくらい酷い場所って事だね、ここは」



名目上は、王国の領土。しかし実際には、管理の放棄された無人の荒野。年間を通じてほとんど雨が降らないという乾燥地帯。


普通の人なら居住不可能な土地でも、自分なら妖精さんに頼めば衣食住を確保できるはず。生活するだけなら問題無い。


自給自足で生活しつつ、元の世界に帰るための方法を探す。王国は当てにしない。



「第二と第三候補は、辺境の地方都市にしとくか。木を隠すなら森の中って言うし」



城で入手できる情報には限界がある。現地の状況は、実際に現地まで行って見て確認するまでわからない。


第一候補が想定外の状況だった場合を考えて、他にも逃亡先を幾つかピックアップしておく。全部ハズレという事は無いだろう。



「とりあえず、逃亡に必要な情報はいいとして、問題は召喚関係の情報だな。どうするかなぁ……」



勇者召喚が王国にとってどういう意味を持つのか。政治的、社会的、歴史的な情報は手に入った。


悪い情報がある。王国にとって、勇者はかなり重要な大駒だ。逃げたらまず間違いなく追手がかかる。見逃してもらえる可能性は低い。過去にも逃げようとした勇者がいて、逃げ切れた勇者もいれば、逃げ切れなかった勇者もいるらしい。


良い情報がある。王国にとって、勇者はかなり重要な大駒だ。逃げて捕まったとしても処刑はされない。生け捕りにされ、死ぬまで生かされ、使い潰されるだろう。即行で殺される可能性は低いのだから、良い情報である。そう思わないと、やってられない。


ここまでは良い。問題なのは、勇者召喚に関する技術情報だ。専門技術的な情報は、第八王女殿下方面の情報筋からは入手できなかった。子供にそんな説明をするはずも無いので、当然と言えば当然。


では、城内各所に設置した機器からの情報はどうかと言えば、こちらも思わしくなかった。誰一人として、そんな話をしないのである。


考えてみれば当然だった。勇者の存在すら機密情報扱いで、おいそれとは口外できない。ましてや勇者召喚の魔法陣に関する専門技術的な話など、誰もするはずが無かった。



「これ以上は粘っても無駄そうだし、技術系の情報は見切り付けるか……」



元々、勇者を召喚する方法はあっても、送還する方法は無い。


歴史的に見れば、初めて勇者召喚を実行してからすでに千年が経っている。それなのに、いまだに王国は勇者の送還方法を確立していない。王国に期待する方がどうかしているレベルである。


当初の予定通り、自力で何とかするしかない。



「自力で元の世界に帰る方法を探すとか、茨の道だよなぁ……」


「いばらのみち?それはなんですか?」


「がんばれば通れる道って事だよ。大変すぎるけど、戦争に参加するよりはマシだしね。とっとと逃げる準備しよ」



脱出予定日まで後2日。立つ鳥跡を濁さず。残り時間は、いかに後腐れ無く城を去るか、その計画と準備に全力を費やす事になった。






現在、異世界は三大勢力に分かれている。人間と魔族と魔物である。絶対的な頂点に座すのが魔物で、その下に人間と魔族がいる。


世界各地には、超巨大なドラゴンや、超巨大なクジラや、超巨大なカバや、超巨大なヘビ等々、人間も魔族も太刀打ちできない超巨大生物が縄張りを作っているらしい。


基本、魔物は縄張りから出ない。縄張りを広げない。そして、縄張りを侵す者に容赦しない。まるで、富豪が豪邸で悠々自適の引き篭もり生活を満喫するかの如く、生息している。


人間と魔族は、魔物のご機嫌を損ねないようにしながら、残りの土地を二分している。大雑把に言えば、大陸の北側が人間の領域で、南側が魔族の領域である。


自分が今いる王国は、人間の領域の南端部に位置する。魔族の領域と陸地で接する唯一の国で、魔族の侵攻を防ぐ役目を押し付けられ、すでに千年以上も戦い続けている。


他の人間の国家群は、人間の領域の覇権を争う世界大戦の真最中。こっちはこっちで千年以上も戦い続けている。数多の大国や小国が、食い食われ、滅び滅ぼされ、吸収と分裂を繰り返す。そしてたまに王国も巻き込まれる。


今から千年前、王国は滅亡の危機に瀕した。南からは魔族、北からは諸外国に攻め込まれ、進退窮まった。


追い込まれた王国は、完全な滅亡を避けるための最後の手段として『王子と王女を異世界に避難させる』という計画を立案した。来るべき再起の日のために希望を託して若い王族を異世界に一時避難させる、そのための魔法陣を宮廷魔術師達は総出で開発した。


予算と工数がどれくらいだったのかは、記録に残っていない。


事態は逼迫していたため、碌な試験もできないまま、新開発の魔法陣はぶっつけ本番で起動された。それは見事に失敗し、王子と王女は異世界には避難できず、逆に異世界から一人の男性がやって来た。


初代勇者。名は伝わっていない。スキルも詳細不明。わかっているのは、その男性の職業が『勇者』だったという事と、その職業に恥じぬ大活躍をしたという事だけだ。


勇者の手には、光り輝く不思議な剣が握られていたという。それを一振りするたびに敵は消し飛び、魔族も敵国の人間も等しく薙ぎ払われた。


かくて王国は危機を脱した。初代勇者様は王女様と結婚し、先代国王から名と玉座を引き継いで王様になった。


めでたし、めでたし。



「……この時、魔法陣を壊しておいてくれたら、いらん苦労を背負わなくて済んだんだけど……過去の勇者は責められないか……」



勇者王様が亡くなった頃、王国は再び窮地に陥った。


初代勇者を召喚した魔法陣は、50年ぶりの封印を解かれた。異世界からやって来たのは、一人の老婆だった。


二代目勇者。名は伝わっていない。スキルも詳細不明。わかっているのは、その老婆が『古の魔女』だったという事と、その肩書が霞むほどの大災厄を引き起こしたという事だけだ。


今にも死にそうなヨボヨボの老婆の姿を見て、呼び出した王国は邪険に扱ったらしい。それを怒るでも嘆くでも無く、老婆は独り戦場へと赴き、一つの大魔法を行使した。


本物の魔女の、本物の魔法。戦場に存在した全ての命は、魔族も人間も等しく魂を吸われ、エネルギーに変換された。


夥しい抜け殻の山を残して、老婆は元の世界へと帰って行ったという。



「……これで懲りてくれてたら、いらん苦労を背負わなくて済んだんだけど……王族の危機意識、低すぎだろ……」



結果論だが、初代勇者と二代目勇者は力を見せすぎた。見せつけられた王族は、分不相応な夢を見た。見てしまった。


『人格も能力も優れた異世界人を召喚できれば、世界の覇権を握れるのではないか』という、ありうべからざる夢を。


避難のために開発された魔法陣の失敗作は、初代勇者にあやかって『勇者召喚陣』と正式に名付けられ、王族の秘中の秘として扱われる事になった。




不幸中の幸い、魔法陣の起動には大量の魔力が必要で、おいそれとは起動できなかった。


秘密を守るため、王族以外では宮廷魔術師長しか近寄る事を許されなくなり、不足分の魔力は大量の魔石をかき集めて使う事となり、財政を圧迫した。


あまり頻繁に魔法陣を起動すれば、それだけで王国は財政的に破綻しかねない。起動は50年に一度だけと決められた。


負の因果律とでも呼ぶべきか、勇者召喚が行われる時、いつも王国は危機に瀕している。実は今も王国は危機に瀕している。


ここ数年、王国は立て続けの失策続きで後が無い。内政と軍事の両方で派手に失敗してしまい、内情は火の車。外交の成功で隣国の支援を取り付けて、ギリギリ命脈を保っている状況である。


勇者ガチャによる一発逆転だけが、王国に残された最後の手段だった。王族の思考がギャンブラーすぎる。



「……ここで勇者に逃げられたら王国潰れそうだなぁ……まあ自業自得なんだけど……ちょっと罪悪感が……でも戦争は嫌だし……」



ハズレの勇者候補として、思う所が無くは無い。だが、それはそれ、これはこれ。


自分は逃げる。自分にできる事は、できるだけ後腐れ無くする事だけだ。立つ鳥跡を濁さず。


そのための下準備は、着々と進行中。



「……よし、今日の作業はこのくらいにしておくか。部屋に戻るよ、妖精さん」


「はい。部屋に戻ります。ますたー」



逃走決行まで、残り24時間。


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