3.電設のヒデオさん、検証する。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
おそらく、自覚している以上にフラストレーションが溜まっていたのだろう。そう自覚した時には手遅れだった。
スキル『電気設備』の利便性がかなり高そうだと判明した翌日の晩、自由時間に自重せずにスキルを使った。
何ができて、何ができないのか。何が出せて、何が出せないのか。その検証という大義名分の下、全力全開でスキルを使いまくった。
地道に訓練していた過日の自分は、そこにはいなかった。
「はい。全部上手にできました。ますたー」
「ヤバイ、やりすぎた……どうすんだよ、これ……」
気が付けば、勇者のために用意された部屋は魔改造されていた。
犯人は誰だ。自分だ。
魔改造アフターの部屋を見てみよう。
部屋の片隅には大容量バッテリー。フル充電済み。そこからケーブルを伸ばし、壁内を通じて各所にコンセントを設置。
電灯、電気コンロ、電気ケトル、電子レンジ、冷蔵庫など、各種家電を接続。いずれも正常に電源が入る事は確認済み。
なんということでしょう。室内の半分が近代様式に侵食されています。ファンタジー感、皆無。
ちなみに、どの家電にもメーカー名や生産国の表記は無かった。
「豆電球が電気設備って言われるよりは、家電の方がそれっぽいから、まあいいとして……いや本当はあんまり良くないけど……」
冷蔵庫を開けた。肉が入っていた。
「あの、妖精さん?なんで冷蔵庫に肉が入ってるの?」
「冷蔵庫にはお肉が入ってるものですよ。ますたー」
「いや、まあ、そうなんだけど……冷蔵庫に肉が入ってるのはおかしくないけど……おかしいだろ、これ……」
冷蔵庫を出す時、コマーシャルの冷蔵庫をイメージしたのが影響したのだろうか。
あえて言うが、お肉は電気設備ではない。
「多分これ、牛肉だよな。食えるのか?……と言うか、これ本当に牛肉か……?」
「ぎゅうにく?それはなんですか?」
「牛肉は牛の肉だよ」
「うし?それはなんですか?」
「四本足の動物だよ。……この世界、牛いるのかな……?」
某即席麺の謎肉よりも謎のお肉は、人間が食べても大丈夫なのか、凄く不安になる。
高級霜降り和牛のような見た目は、見た目だけならおいしそうだ。食べても大丈夫そうに見える。しかし、推測だけで確証は無い。
実食する勇気は出なかった。とりあえず冷凍庫に封印しておく事にする。
冷蔵庫から目を逸らし、他に目を向けた。
「ウォーターサーバーのタンクも中身入り……まあ、肉よりマシか……」
電気で動くウォーターサーバーは、スキル的には電気設備の範疇らしい。タンクは満タンの状態で出てきた。
某有名社長のテレビ通販番組の目玉商品として紹介されていた機種に似ている。冷水と温水の使い分けができるタイプ。機械そのものはレンタルで、設置費や整備費なども全て含めての契約となっており、月毎にタンク入りの水が一定量配送されてくる仕組みだったはずだ。
どこぞの有名な名水が自宅で気軽に味わえるというのがセールスポイントとして謳われていたが、目の前のタンクを満たしている水が名水と同じ成分かどうかは不明である。
「味見してみるか。水なら飲んでも大丈夫だろ、多分」
名水だろうが凡水だろうが水は水だ。魔法で出した水だと思えば、心理的抵抗は小さい。お肉とは比較にならない安心感。物理法則ガン無視という意味では似たようなものだが、気分的には大きく違う。
「ますたー。水ですか?」
「……うん、水だね。普通だ」
電気ケトルをコップ代わりにして、試しに飲んでみた。特に可も不可も無く水だった。
自分の舌では、名水かどうかは判別できなかった。
水を飲んだら、少し落ち着いた。
落ち着いた所で、全力で目を逸らしていた部分に目を向ける。
「で、極めつけの問題児が……」
「もんだいじ?それはなんですか?」
家電に交じって、便器があった。陶器製の立派な作りをした便器である。
「自分の部屋に便器って……どうして便器なんか出そうと思っちまったんだ、俺は……」
便器の上には、電気で動く保温機能付きの温水便座が載っている。両方セットで一緒に出てきた。
スキル的には便座が本体で便器がオマケのはずだが、とにかく存在感が凄まじい。
シュールすぎて出した事を後悔したくなる光景だった。
「実質ほぼ置物……、いや、イス代わりにはなるか。座らないけど」
「ますたー。座らないですか?」
「座らないよ。さすがに嫌だよ、自分の部屋で便器に座るのは」
温水便座の電源は入ったが、上下水道に繋がっていないので、現在は使い物にならない。使えても使う気は無いけど。
「いや、待てよ……浄水場や水道施設は電気で動いてるはずだよな。それなら――……」
ふと、危ない考えが脳裏をよぎった。
「いやいやダメだ考えるな!さすがにここじゃ場所が悪すぎる!」
「ますたー。場所が悪いですか?」
「うん、場所が悪い。だから何も出さないでね」
「はい。何も出しません。ますたー」
スキルの使い勝手に慣れてきたとは言え、まだ制御は完全では無い。どこまでのものが出せるのかも、まだわかっていない。迂闊な事を考えてヤバイものを出現させたら、圧死の危険がある。
慌てて思考を別方向に切り替えた。
「……本当にどうすんだよ、これ。こんな部屋を見られたら確実にバレるぞ。何とかしないと……」
スキルの事は、いまだ秘密にしてある。そして、これからも秘密にし続けるつもりだった。
ここまでの事から考えて、自分のスキルは戦闘向きではない。しかし、王国は魔族との戦争に勝つために勇者を召喚し、魔族との戦争に勝つための力を勇者に求めている。
すでに期待外れの勇者として悪感情を持たれているのに、スキルが使えたけど戦闘の役に立たないと知られれば、ただでさえ悪い印象が更に悪化しかねない。待遇が悪化する恐れもある。それは避けたい。
召喚初日の時点で、自分はスキルの使えない勇者と思われている。このままスキルが使えないものとして押し通した方がマシだろう。
そのためにも、この部屋の秘密だけは絶対に厳守しなければならない。
「侍女の人に口止めは……無理だろうなぁ。見られたら絶対に報告されるわ、これ」
期待外れの勇者と言えど、勇者は勇者である。勇者付きの侍女に選ばれるような人物が、王国を裏切って勇者の秘密を守ってくれるとは思えない。期待しない方がいいだろう。
「今晩中に撤去は……無理だな。大きすぎてカバンに入らねえわ、冷蔵庫」
電気ケトルなどの小さい家電は収納できたが、冷蔵庫などの大型家電は無理だった。単純に大きすぎて無理だった。
通勤カバンは容量無制限のアイテムバック化しているが、口の広さより大きいものが入らない。ブッ壊れ性能のアイテムかと思いきや、微妙に使い勝手が悪い。
「もうこの際、多少は不審がられてもいいから、部屋に入られない事にだけ集中するか……」
機密保持。部屋の入口の封鎖。マスターキーが王国の管理下にある状況で、それを成すための手段は、ある。
「電子錠は電気設備のはずだ。妖精さん、出せる?」
「はい。電子錠、設置完了しました。ますたー」
「早っ!?」
思い浮かべたのは、会社の資材倉庫の入口。4桁の暗証番号の入力と、右手中指の指紋認証。二重ロックの電子錠。
気が付けば設置が完了していた。
「ほ、本当に設置完了してる……ここまで出来るのか……凄すぎだろ……!?」
「ますたー。凄いですか?」
「おお、本当に凄いぞ。ちょっと予想外すぎるほど凄いぞこれ。さすがは妖精さん!凄い!」
「えへへー。がんばりました。ますたー」
本音を言うと、凄すぎて軽く引いていた。しかし、嬉しそうに笑う妖精さんを見ていたら、なんかどうでも良い気分になった。
凄く使えそうなのだから、素直に喜んでおこう。凄く使えないよりは断然良い。
会社のドアと、この部屋のドアとでは、当然ながら何もかも違う。ドアの大きさも、鍵の形も、共通点は無い。しかし、そんな違いは些細と言わんばかりに電子錠は設置されていた。
「これを一瞬で……しかも、細かい配線とかも考えなくても全部やってくれるとか、妖精さんマジ妖精さん……便利すぎる……」
妖精さんが便利すぎて、勇者の出番が無い。存在意義が喪失しそうである。やっぱり軽く引いた。
「そう言えば、ドアの開錠の仕様とかはどうなってるの?暗証番号は会社と共通?指紋は登録されてる?」
「さあ?どうなってるのでしょうか?」
「……実際に使ってみた方が早いか」
部屋の入口のすぐ横には、番号入力と指紋認証用の小さな機械が付いていた。これも全て妖精さんによる設置である。
試しに使ってみると、電子錠の仕様は会社の資材倉庫と共通だった。
ドアはオートロックなので、閉めると自動で施錠される。開錠する時は、まずは4桁の暗証番号を入力し、続けて右手中指の指紋を機械に読み取らせる。指紋登録されている人間だけが、この部屋のドアを開錠できる。
これで、この部屋のドアは、この世界では自分以外には誰も開けられなくなった。
「……あれ?もしかしてこれ、ヤバいんじゃ……」
「ますたー。やばいですか?」
「……いや、どうせ部屋の中を見られたら終わりなんだから、もうこれでいいか。よく設置してくれたね。ありがとう、妖精さん」
「えへへー」
今は何よりも機密保持が優先なので、それ以外の事は深く考えない事にする。考えた所で、すでに設置した機械は取り除けない。
「開錠用の機械は、どう説明するかな。……故郷の風習で、ドアの横に取り付ける御守りのようなものって事にしとくか」
「おまもり?それはなんですか?」
「大事な部屋を守ってくれるものの事だよ。妖精さんが設置してくれた機械の事だね」
かなりギリギリの誤魔化し感はあるが、一応ギリギリ嘘では無い。普通の御守りよりも少しだけ実用性が高いだけである。
「後は侍女の人に、部屋に入らないようお願いしておけばいいか。建前は……男の都合って言っとけば適当に察してくれるだろ、多分」
「ますたー。ますたー。おとこのつごうってなんですか?」
「……妖精さんは知らなくてもいい事だよ」
勇者としての評判とは別方向の評判が危険域に突入しそうな気もするが、それより何より機密保持が優先である。
「ついでに窓の方も目隠ししておくか、念のため。妖精さん、できる?」
「はい。できました。ますたー」
「本当に仕事早いな。さすが妖精さん、凄いぞ!」
「えへへー。がんばりました。ますたー」
防犯センサー付きの窓枠と、電気で透明度が変化する曇りガラスを思い浮かべる。設置は一瞬で完了した。
わざわざ外から覗き込んで来る人がいるとも思えないが、用心するに越した事は無い。
「さすがに鍵を壊してまでは入って来ないだろ、多分。……入って来ないよな……?」
鍵を壊してでも部屋に入ろうと思われるような事態になっている時点で、すでに手遅れであると予想される。もうそうなったら考えても無駄なので、考えない。
「今日はちょっと時間を使いすぎたな。さっさと寝よ……お休み……」
「はい。おやすみです。ますたー」
部屋の魔改造のせいで就寝時間が遅くなり、翌朝は寝坊する羽目になった。
そのおかげで『男の都合』という建前が信憑性を増す結果となり、侍女の人は絶対に部屋に入らないと約束してくれたのだった。
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