1.電設のヒデオさん、召喚される。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
「あ痛ぁっ!ケツが割れるっ……!?」
階段を踏み外したような浮遊感があった。
尻餅を付いた痛みに一瞬、目をつむる。そして目を開けたら、そこは見覚えの無い石造りの建物の中だった。
やけに派手派手しい格好をした知らない中年男性が、両目を見開き、こちらを凝視していた。
「お、おお、これは……これはどういう事だ、宮廷魔術師長。黒い髪、黒い瞳、そして黒い装束。求めていた勇者と全然違うではないか!」
「まあまあ落ち着いてくだされ、陛下。召喚陣の条件術式は正常に働いております。見た目の優先度は一段低めに設定しておきました故、こういう事もありましょう」
「それにしたって、これはあんまりだろう。こんなに黒くては、まるで魔王のようではないか。どうするのだ」
「どうしようもありませんな。すでに召喚はなされております故、中身重視の勇者という事で推してゆくしかありますまい。服装を整えれば見れるようにはなりましょう」
「う、ううむ、そうするしか無いのか……」
王様らしき男性と、宮廷魔術師長と呼ばれた老人が、なんか言い争っていた。
状況は簡単に推測できた。どうやら自分は勇者として召喚されたらしい。そして、外見が気に入らないらしい。
一方的に呼び付けておいて魔王のようだとか、酷い言い草である。ハゲろ。
視線を逸らすと、他に若い男女がいた。20代前半くらいの男性と、まだ10歳くらいの女の子。どちらも金髪碧眼の美形だった。
「ひっ……こっち見た……!」
「危険だ。私の後ろに下がりなさい」
視線を合わせただけなのに、女の子が男性の後ろに隠れる。男性は女の子をかばうように前に立ち、こちらを睨んでいた。完全に不審者を見る目だった。本気で酷い。
絵に描いたような平凡なサラリーマン相手に、そこまで怯えなくても良かろうに。自分が一体何をしたと言うのか。
この場にいるのは自分以外では4人だけ。その誰もが碌に話も通じ無さそうで泣きたい気分だが、泣いている場合ではない。
「よ、良かった……カバンあった……」
自分と一緒に召喚された通勤カバンを手繰り寄せ、社会人の必須アイテムを抜き出して、両手に構えた。
とにもかくにも自己紹介だ。相手が誰であろうと、自分がどう思われていようと、怯んでいては始まらない。営業の吉田がそう言っていた。
「ひっ……何か出した……!」
「むっ、貴様、それは何だ!」
無駄に警戒している2人に向かい、腰を斜め45度に傾け、精一杯の作り笑顔と共に言った。
「わたくし、株式会社ブルー精機、電気設備課所属、白木英雄と申します。よろしくお願いいたします」
完璧な姿勢で差し出した名刺は、受け取ってもらえなかった。
狭い石室から、大会議室くらいありそうな大広間に移動した。本来は王族しか入れないプライベートエリアらしい。
改めて、4人と対面する。テーブルの片方には自分が独りぼっち。反対側には国王陛下、第一王子殿下、第八王女殿下、宮廷魔術師長閣下。
完全に人払いされ、護衛の騎士も侍女もいない部屋は、酷く寒々しかった。
「御覧の通り、この場には我々しかおりませぬ。勇者様、どうぞ肩肘を張らず、御自身の世界にいるつもりで御寛ぎくだされ。陛下もそれをお望みです故」
仙人じみた風貌の宮廷魔術師長は、穏やかな口調で言った。にこやかに笑みを浮かべているが、表情とは裏腹に目が全然笑っていない。加工部品の出来を見極めようとする職人の目に似ていた。
王族3人の方は、石室を出てから一言も発せず、作り笑顔を張り付けていた。でもちょっと口の端がヒクヒクしていた。
黒目黒髪がよほど気に入らないのか、あるいは他に何かあるのか。言いたい事があるならハッキリ言ってもらった方がわかりやすくていいのだが、貴き方々は口を固く引き結んで何も言わない。
内心で悩んでいたら、4人が不審なものを見るような目でこちらを見て来た。お偉いさんとの会話はハードル高いが、ダンマリは許されないらしかった。
「お言葉に甘えさせていただきます。何分、不調法者ですので、このような場での礼儀は弁えておりません。どうしようかと思っておりましたが、私のような者に過分な御配慮をいただき、感謝いたします」
宮廷魔術師長の言葉を受けて、緊張を解いている振りをしながら、警戒心全開で受け答えをする。
一端のサラリーマンとして、こういう場面での正しい対処は心得ている。
お偉いさんが『気を楽にして良い』みたいな事を言った時こそ、いつも以上に気を引き締めるべし。
無礼講という言葉を真に受けてしまった同期の佐藤は、今頃、どこで何をしているのだろうか。
「それで、まずはお聞きしたいのですが、今の私はどのような状況にあるのでしょうか?突然見覚えのない場所に放り出されて、混乱しているのですが……」
一応、推測はできる。だが、推測が外れている可能性もある。お偉いさん相手に知ったかぶりして外れるとダメージが大きいので、ここは慎重にいこう。
「おお、そう言えばまだ何も説明しておりませんでしたな。いやはや、年を取ると忘れっぽくていけませんな。許してくだされ」
そう言って、相変わらず目が笑っていない宮廷魔術師長からの説明が始まった。
端的に要約すれば、勇者召喚だった。
この世界では千年以上の長きに渡り人間と魔族が戦争しており、定期的に異世界人を拉致って戦わせているらしい。
今回の勇者召喚は百年ぶりで、どんな勇者が召喚されるのか凄く期待していたようだ。悪いね、期待外れの黒目黒髪で。
召喚された異世界人は、召喚の副次効果により、強力なスキルと高い身体能力を獲得するらしい。
元の世界から切り離され、天涯孤独、孤立無援となった異世界人は、右も左もわからない中、王国の人間に頼るより他に生きる術も無く、勇者だ何だと崇め奉られて、一騎当千の人間兵器に仕立て上げられ、戦場で戦い続ける事になる。
死ねばそれまで。生きて体が動く間は戦い漬けの日々。それが勇者の生きる道。
宮廷魔術師長の説明を意訳すると、以上のようになる。何層ものオブラートに包まれた物言いだったが、悲惨な事実は変わらない。
戦場での功績次第では待遇は変わるようで、過去にはお姫様と結婚して王族の仲間入りをした勇者もいるらしい。
功績が上げられなかった時にどうなるのかは言及されなかった。こちらから聞く勇気も無かった。
詳細は脇に置くとして、現状、特に重要な情報が二つある。
悪い情報が一つ。王国には異世界人を召喚する方法はあっても送還する方法が無いという一方通行の仕様らしい。
良い情報が一つ。一応、元の世界に帰れた勇者もいたようだ。王国が送還したのではなく、勇者が自力で帰還したらしい。
率直に言って最悪である。交通費を自腹で支払わせるブラック企業だって、ここまで酷くはないだろう。
「強力なスキルを獲得、ですか。私の元いた世界には、そのようなものはありませんでしたが、自分がどんなスキルを獲得したのか、どうすれば知る事ができるのでしょうか?」
明日の仕事に差し障りが出るので、帰れるなら今すぐ帰りたい。
当然、そんな本音をぶちまけても良い事は無いので、まずは情報収集から始める。
「なるほど、勇者様のいらっしゃった異世界にはスキルが無いという伝承は本当のようですな。それでは、御自身のステータスを御覧になった事もありませんかな?」
「ありません。それを見れば、自分のスキルがわかるのですか?」
「ええ、この世界では誰しもステータスを持っております故、それを見れば一目瞭然ですな。この世界の一員になられた勇者様も、今やステータスを持っているはずです。念じれば表示されるはずですぞ」
「念じる?……って、ホントに出たな。こんな簡単に出るのか……」
少しステータスの事を意識しただけで、眼前に半透明の空中ディスプレイが表示された。慣れるまで表示のオンオフで苦労しそうな気がする。
「拝見してもよろしいですかな、勇者様?」
「……どうぞ」
こちらが許可するまでも無く、宮廷魔術師長に覗き込まれた。まあ別にいいけど。
遮る間も無かったが、わざわざ遮るほどの情報も無い。ステータスは想像以上に簡素で、たった3項目だけだった。
【名前:白木英雄】
【職業:電設の新人】
【スキル:電気設備】
なんか思ってたのと違う。もっとこう、LVとかHPとか、色々数字が並ぶものじゃないのか、ステータスって。
予想とは違ったが、ゴチャゴチャしているよりはシンプルな方がわかりやすくて良い。ただ、シンプルすぎてイマイチ意味がわからない。特にスキルの項目が謎だ。
スキル『電気設備』って何だ。どんなスキルなのか、自分の事なのに意味不明である。
勇者のスキルは強力だと言う話だったが、スキル『電気設備』の何がどう強力なのか、想像が付かない。
「ほうほう、これが勇者様のステータスですか。ふむふむ、なるほどなるほど、いやはや素晴らしいですな。うむ、実に素晴らしい。……ところで勇者様、ここは何と読むのですかな?」
宮廷魔術師長は無駄に感心しているフリして全然わかってなかった。
読めないのかよ、と言うツッコミは全力で飲み込んだ。
「私の名前ですね。白木英雄です。家名が白木で、英雄が個人名ですね」
「ほう、シラキ・ヒデオですか。家名をお持ちと言う事は、勇者様は貴族でありますかな?」
「大して歴史も無い小さな家ですよ。こちらの世界の身分制度に詳しくありませんので、どの程度の地位かはうまく言えませんが、貴き王家の方々とは比べるべくもありません。その他大勢の平民と同じようなものです」
王制の社会に生きるお偉いさん相手に、四民平等だの国民主権だの言っても理解されるとは思えない。
ストレートに平民だと言って、待遇が悪くなったりしたら嫌なので、適当に誤魔化す。ただし、嘘は吐かない。
召喚などという怪しげな術を使う連中ならば、嘘を判別する術が使える恐れがある。ボカして、濁して、はぐらかし、興味を逸らす。
騙すな、誤魔化せ、それが基本だ。保険のセールスマンをやっている伯父がそう言っていた。
「他に気になった所などはありますか?私はステータスを見るのも初めてなので、自分ではよくわからないのですが……」
「職業もスキルも、見覚えの無い珍しいもののようですな。さすがは勇者様、素晴らしい。……ところで勇者様、この職業はナントカの新人とありますが、これは何なのですかな?」
「これは『電設の新人』ですね」
「ほほう、伝説の新人ですか。なかなか凄そうですな!」
デンセツという言葉の意味を明らかに勘違いしている様子だったが、訂正はしない。勝手に勘違いして、詳しく知ろうとしない方が悪い。
ついでに言えば、自分は新人でも無い。確かに部署では最年少だったが、すでに2年の勤務実績がある。
別に嘘は言っていない。ステータスの表示をそのまま読んだだけだ。文句ならステータスに言ってくれ。自分は知らん。
「私としては、スキルが気になりますね。自分のスキルで何ができるのか、自分のスキルなのにわかりません」
「ステータスでわからない所があれば、それを知りたいと念じれば追加で情報が表示されますぞ。スキルの場合は、効果などが表示されるのが一般的ですな」
少しスキルに意識を向けたら、自動的に追加情報がポップアップした。
「また念じるだけで出るのか……微妙に不便だな、これ……」
追加された情報は2項目だけ。内容はシンプルだった。
【スキル:電気設備】
【スキル効果:電気設備が使用可能になる】
【発動条件:電気設備を使用しようとする】
追加情報、意味無し。何だよ、『電気設備が使用可能になる』って。
ポップアップが仕事してくれない。スキルは意味不明なままだった。気合を入れて念じてみたが、これ以上の詳しい情報は出て来なかった。
「ふむふむ、なるほど、そういうスキルですか。……ところで勇者様、このナントカ設備というのは?」
「『電気設備』ですね」
「デンキ設備ですか。それは一体どのようなもので?」
「どのような、と言われましても。ええっと、電気設備は、その……、電気で動く設備の事です」
「デンキで動く設備ですか。なるほど。……デンキとは何ですかな?」
「電気は……人工的に作り出した雷のようなものです。そのエネルギーを利用して、社会の役に立つ様々な効果を発現させるのが、電気設備ですね」
「人工的な雷ですか。ふむふむ、なるほど。という事は、デンキ設備というのは雷属性の魔術に反応して起動する特殊な魔道具ですかな?」
「……まあ、はい、似たようなものです」
魔術も魔道具もよく知らないが、似たようなものだろう、多分。説明が面倒臭いし、もうそれでいいよ。
どうせお偉いさん連中は、本気で技術的な説明を求めている訳では無い。それが自分達の利益にどう繋がるのか知りたいだけである。詳しく説明しようとすると、逆に煙たがられるのがオチだ。
「魔道具や魔法薬の効果を何倍にも高めるスキルもありますからな。おそらく勇者様のスキルはそのような系統のものなのでしょう」
「そう……なんですかね?この場に電気設備が無いので確かめられませんけど……」
スキル効果の『電気設備が使用可能になる』という言葉から受ける印象とズレている気もするが、現状では検証できない。
大前提として、このスキルを使うには電気設備が必要そうだ。
……物凄く嫌な予感がした。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが……、こちらの世界に電気設備はありますか?」
「ありませんな」
「ですよね……」
電気設備の意味すら知らないのに、電気設備がある訳も無かった。つまり現状、自分のスキルは宝の持ち腐れという事になる。
スキルの使えない勇者は、ただのサラリーマンだ。どうすんだよ、これ。
「ゆ、勇者様は、その、デンキ設備を持ち歩いているとか、そういう事はありませんかな?立派な革鞄をお持ちのようですが、その中に入っているのでは?」
「残念ながら、持ち歩いていません。通勤カバンの中身は筆記用具とか、幾つか工具が入っているくらいでして」
「そ、そうですか。ふ、ふむふむ、な、なるほど。そ、それは、何と申せば良いか、その、こ、困りましたな……」
宮廷魔術師長共々、途方に暮れた。
それまで無言を貫いていた、この場における最高権力者が、厳かに口を開いた。
「宮廷魔術師長」
たった一言で、心臓が縮み上がった。
「へ、陛下!何も心配はいりません故、ここは儂にお任せくだされ!」
「……………………」
「な、何も問題はございません!そ、そうです、問題は無いのです!召喚に際して勇者が獲得するのはスキルだけではなく、高い身体能力も獲得するのです!過去の勇者の中には、スキルなどほとんど使わず、高い身体能力のみで幾千万の魔族を討ち取った猛者もいたと伝承にございます!スキルが使い物にならずとも、勇者は勇者なのです!予定通り、勇者の教育をお任せいただければ、必ずや期待通りの成果を、いえ、期待を上回る成果を上げて御覧にいれてみせます故、しばしの猶予を!何卒!」
「……委細、任せる」
「は、ははぁっ!」
首の皮一枚繋がった。まさにそうとしか言いようのない緊張の瞬間だった。
時間にすれば1分にも満たない短いやり取りが、酷く心臓に悪い。
「ゆ、勇者様、これからの細かい予定などは、明日、改めてお話ししようかと思います。本日はお疲れでしょうから、もうお休みになられてはいかがですかな?」
「そ、そうですね。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
「へ、部屋はすでに用意してあります故、御案内いたしましょう」
宮廷魔術師長に連れられて、王族のプライベートエリアから逃げるように脱出した。
勇者のために用意された部屋は、こう言っては何だが、質素だった。部屋のド真ん中に置かれた天蓋付きベットだけは豪華だったが、それ以外は飾り気が無い。
ついでに言えば、ベッドが固い。見た目は豪華だが、質はイマイチ。
「……なんか暗いし、魔道具とか言うのも性能イマイチだし、全体的に微妙だな……」
部屋が暗い。気分的にではなく、本当に暗い。照明器具として光の魔道具が設置されていたが、ロウソク並みの光量しか無かった。
準備に必要な時間を考えれば、スキルが使い物にならないせいで部屋のグレードを下げられた、という事では無いだろう。
「……夕飯もあんまりうまくなかったな……戦争ばっかりしてるせいで豊かじゃないって事なのか……?」
元々は王族と歓談しながら食事をする予定だったそうだが、急遽キャンセルである。
夕飯は部屋に運んでもらって独り寂しく食べた。それを差し引いても、味はイマイチだった。
一応、量だけはあった。質は低いのに量だけは多いというのが、逆に貧乏臭さを強調していた。
「……いやいや、飯とか今はどうでもいいんだよ……どうなるんだ、これから。頼みの綱のスキルもよくわかんないし……」
自分のステータスを思い出す。意識に反応して、眼前に空中ディスプレイが浮かんだ。
「……別に見たかった訳じゃないんだけど、地味に制御が難しいな……」
脳波コントロールように、ステータス表示は半自動的だった。
この世界で生まれ育った人達が自然に習得している感覚を、自分は持っていない。制御がうまくいかない。取り留めも無く飛ぶ意識に反応して、ステータスのあちこちに追加情報が出たり消えたり忙しい。
「おっ、装備アイテムの詳細とか見れるのか。ええっと……、まさかバグってるんじゃないよな、これ?これも召喚のせいなのか?」
自分の名前からツリーが伸びて、身に着けているアイテムの詳細情報が追加表示されていた。
【全身装備:英雄の黒き衣】
【特性:全環境対応、物理反射、魔術無効、自動治癒、自動修復、自動洗浄】
【所有者:白木英雄】※所有権解除不可
【左手装備:英雄の黒き鞄】
【特性:容量無制限、時間停止、質量無視、自動整頓、自動修復、自動洗浄】
【所有者:白木英雄】※所有権解除不可
「……安物のスーツとカバンがおかしな事になってる……勇者本人よりも装備品の方が価値あるんじゃないのか、これ……むしろこっちが本体……?」
ヤバそうな特性が盛られまくりだった。元の世界では普通のスーツとカバンだったはずだが、異世界人が召喚時に強化されるように、装備品も強化されているらしい。
不幸中の幸い、所有権解除不可となっているので、バレても取り上げられる心配は無いだろう。ただ、大丈夫だとは思うが、トラブルを避けるためにも、この事は黙っておいた方が良さそうだ。
物理攻撃を反射し、魔術攻撃を無効化する布防具。幾らでも入るアイテムバッグ。しかもメンテ不要。どちらもブッ壊れ性能すぎる。
「……でも、装備が凄くても、肝心の勇者のスキルが使えないんじゃなぁ……」
改めて、スキルの情報を確認する。
【スキル:電気設備】
【スキル効果:電気設備が使用可能になる】
【発動条件:電気設備を使用しようとする】
どれだけ強く念じても、これ以上の情報は出て来ない。これが自分のスキルに関する情報の全てだった。
ステータスが消えるように強く念じて、表示をオフにする。空中ディスプレイが消えた。
視界の先には、光の魔道具があった。ロウソク並みの弱い光。元の世界の電灯とは比べるべくもない。
光を見ていると、何だか無性に泣きたくなった。
「豆電球の一つも無いような世界で、何をどうしろってんだよ……」
「はい。豆電球です。ますたー」
電気設備さえあれば、何かができるはずなのに。そう思ったら、右手に豆電球があった。
それは普通の豆電球だった。よくよく観察してみたが、特に変わった点は無い。率直に言って、日常生活では全く不要である。
「裸の豆電球だけあってもしょうがないだろ……せめて、こう、LEDランプ的なモノとかじゃないと……」
「はい。LEDランプです。ますたー」
気が付けば、LEDランプがあった。緑色の安っぽいプラスチックの外装に、黒いツマミが付いていた。
つい最近、近所の量販店で防災グッズフェアというのをやっていた時に安売りされていた商品が、こんな見た目だった気がする。あんまり詳しく覚えてないけど。
「どこ産だよ、これ……メーカー名も生産国の表記も無いじゃないか……ちゃんと動くのか……?」
物は試し。黒いツマミを回してみた。何も起こらなかった。ひっくり返してみたら、電池が入っていなかった。
「期待させておいて、この仕打ちは無いだろ……単一電池なんか持ってないぞ……」
「はい。単一電池です。ますたー」
単一電池があった。どこにでもある普通の単一電池に見えた。
「これにもメーカー名が無い……俺、純正品しか使わないタイプなんだけど……火を噴いたりしないだろうな……」
LEDランプに単一電池をセットする。そして、黒いツマミを回してみた。
「わわわっ。ひかりましたよ。ますたー」
「ああ、光だ……これだよ、これ……やっぱり光はこうじゃなくっちゃなぁ……」
見慣れた電気の光だった。魔道具の弱々しい光とは全然違う。間近で見ると痛いくらい力強い人工的な光。
無性に懐かしくて泣けてきた。
「……………………えっ?」
光が網膜を強く刺激し、精神疲労でボーっとしていた意識が急速に覚醒していく。
豆電球があった。LEDランプがあった。なんか妖精みたいなのが浮いていた。
「だ、誰、君?」
「さあ?だれでしょうか?」
妖精さんが小首をかしげた。可愛い。さすがは妖精さんだ。
「いやいや待て待て落ち着け俺。まだ慌てるような時間じゃない!」
姿勢を正し、妖精さんと対面した。手乗りサイズの小さい体に、透き通る蝶のような羽、ゆるふわガーリーなワンピース。可愛らしい。
「ええっと、妖精さん?」
「ようせいさん?それはなんですか?」
「君は妖精ではないの?」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
「マスターって、俺の事?俺は君のマスターなのか?」
「はい。ますたーはますたーです。ますたー」
「それじゃあ、君は俺の何?」
「わたしは要請に応える者です。ますたー」
「要請に応える?それって、さっきの豆電球とかの事?」
「はい。豆電球です。ますたー」
「あ、どうも。……いや、豆電球を出して欲しかった訳じゃないんだけど」
「はい。豆電球です。ますたー」
「あ、どうも。……いやだから、豆電球はいらないよ。君が何者かを知りたいんだけど」
「はい。豆電球です。ますたー」
「だからいらないって。それで結局、君は何者なんだ?」
「さあ?なにものでしょうか?」
「それを聞いてるのはこっちなんだけど。それと、この豆電球、どこから出してるの?」
「はい。豆電球です。ますたー」
「いやだから豆電球はもう出さなくていいんだよ!」
「はい。豆電球です。ますたー」
謎の豆電球推しをする妖精さんは、言葉が通じるのに話が通じなかった。
「……このまま話してても、どうにもならなそうだな。明日、誰かに聞けばいいか……?」
異世界に勇者召喚されただけでも精神的にはキャパオーバー気味である。これ以上は受け止めきれない。
「もう今日は寝よう……その前に、とりあえず自己紹介だな。俺は白木英雄だ。よろしく」
「はい。よろしくです。ますたー」
妖精さんに向かって、自分の手を差し出した。その手が妖精さんを突き抜けた。
「……………………えっ?」
妖精さんは、まるで立体映像のように実体が無かった。思わず何度も妖精さんの体を手で払ったが、妖精さんはニコニコと変わらず笑顔を浮かべたまま、その場に平然と佇んでいた。
背中に嫌な汗が流れた。
「……あ、あかんヤツだこれ。妖精が見えるとか、疲れすぎだろ……もう寝よう……お休み……」
「はい。おやすみです。ますたー」
妖精さんの声の幻聴を聞きながら、その日はそのまま眠りに付いた。
※お読みいただき、ありがとうございます。ブクマ、評価、感想等、お待ちしております。




