ロッカの物語
――さぁ、もう遅いから寝なさい。とても寒い夜ですからね。さぁ、お休みのキスを。もう、仕方ないわね。それじゃあ母さんがおばあちゃまから教えてもらったとっておきのお話をしてあげましょう。
さ、毛布を掛けてお聞きなさい、いつでも眠られるように。
ある山小屋で可愛らしい女の子が産まれました。その山小屋は年中雪の積もる山奥にあって、その子は初雪の降る頃に産まれたので≪ロッカ≫と名付けられました。
山小屋で暮らす家族は毎年秋には麓の町に下りるのでしたが、ロッカの母親が具合を悪くして寝込み、長く滞在している間にとうとう産気づき、小さな山小屋でひと冬を過ごすことになったのでした。
春が来て、ロッカの家族は雪の解け残る山の道を下りました。しかし、産後の疲れの癒えぬ母親は何度も休憩を必要としましたし、ロッカもその度に乳を欲しがりました。
父親は焦れ、荷物を置いてまた迎えに来る、と先に行ってしまいました。麓は花が咲き乱れる季節ですが、山間は厳しい冬の空気が立ちこめており、父親は春へと急ぎたかったのでしょう。
山小屋は充分な蓄えが無かったので、ロッカが満足するほど乳が出ません。母親はロッカに乳をやりたい、と雪解け水の小川を探して岩陰にロッカを隠し、そっと森へと入りました。
母親が運良く小川を見つけ、冷たくも清々しい水を飲み終えて岩陰に戻ったときには、ロッカは影も形もありませんでした。
ロッカは切立った崖に住むオオイヌワシの餌として巣に迎え入れられるはずでした。ですが母親と離れ、空腹に泣きわめいたお陰で、オオイヌワシは1度捕らえた鉤爪から彼女を手放しました。空中に放り出され、幸運にも杉の木の枝に引っ掛かったロッカは、厳重なおくるみのお陰で地面に戻ることができたのでした。
しかし、そこは母親と別れた場所から2つも山を越えた場所でした。乳飲み子がひとりで歩けるでしょうか、自分でお乳を探しに行けるでしょうか。いいえ、でも神様はロッカを見捨てはしなかったのです。
彼女が落ちた所は、山羊の寝床でした。山羊たちは騒ぎました。当然でしょう、突然空から白くて丸い乳飲み子が落ちてきたんですから。そうしてロッカは≪フィルン≫と暮らすことになったのです。
――え? フィルンは優しい人かって? えぇ、優しいけれど彼は山を下りられない人だったのよ。さ、どうして毛布がずれているの? さぁ、入ってなさい。
フィルンは魔法使いでした。この辺りの山から雪が無くならないように、冬が遠のいてしまわないように冷たい魔法を使う役目を持っていました。
ロッカは彼に山羊の寝床から拾い上げられ、山羊の乳を飲んで育ちました。彼女が育った山よりもっと高い山奥で、フィルンと2人と動物たちと冬の中で育ったのです。
ですから、ロッカは春を知らずに育ちました。
フィルンはロッカを愛しました。
彼はもう長いことひとりで魔法を使って冬を閉じ込めてきたので、髪は真っ白に染まり、体は氷のように冷たくなっていました。『火』を熾す方法も忘れてしまっていました。ですがロッカの鼻が真っ赤になり、常に鼻水が出続けるのを見て、やっと『寒い』ということを思い出したのでした。
彼は寒さを感じなくなってはいましたが『温かさ』を感じることが出来ました。それはロッカが乳を飲んだ後に見せるうつらうつらとした寝顔や、嫌がる栗鼠に涎をつけながら顔を埋める様子、ロッカがフィルンに乳臭い顔を寄せるときなどに感じることが出来ました。ロッカが大きくなればなる程、フィルンは自分の心に温かさが戻ってくるのを感じました。フィルンは幸せでしたが、自分の魔法が弱くなっていることにも気づいていました。
ロッカが9つになった頃、フィルンはロッカに言いました。
私の可愛い子、私はもうすぐ雪のように解けて消えるだろう。そうしたらお前はここから出て行かなければならないかもしれない。あぁ、お前は寒さに弱い。火の無いところでは凍えて死んでしまう。どうにかして、ここに置いてもらえるよう新しい魔法使いにお願いするのだよ。
どうして父さんは消えてしまうの。
ロッカはフィルンに抱きつきました。
いやよ、消えないで父さん!
そうしがみつくロッカの体温がフィルンに染み込む程、彼は自分の死期が早まるのを感じましたが、殊更彼女を優しく抱きしめて言いました。
いいかい可愛い子。お前は人間なんだ。いつか山を下りて人間と暮らしなさい。こことは違う『春』の世界だよ。
そうロッカに言い聞かせながら『春』を思い出したフィルンは体が解け出すのを感じていました。
いやよ! 父さん消えないで!
ロッカの温かい涙がフィルンの体に触れたとき、フィルンの体はとうとう解け、一瞬きらきらと輝く氷の粒になって消えてしまいました。
父さん!
ロッカはあの乳飲み子のときのように泣きました。山小屋の火が消えてしまって寒くて凍える夜が来ても、ロッカは泣き続けました。もし山羊たちがロッカを囲んで温めてあげなければ、彼女はその日の内に死んでしまったことでしょう。
――あら、坊や。どうしたの。まぁ、ロッカは大丈夫ですよ。本当は寝る時間だけれど、仕方のない子ね。よぉくお聞きなさい。
ロッカが泣き疲れて寝て起きたとき、山小屋に新しい魔法使いがやってきました。
青光りする黒髪を持ち、鋭い眼差しの青年でした。≪アドラ≫はその名の通り若いワシでした。ですがこの近くの山には番う相手がおらず、彼は冬の魔法使いになりました。そう、彼はロッカを最初に攫ったオオイヌワシだったのです。
ロッカはそんなことは知らず、彼の姿を認めると、出て行って! と喚きました。アドラはロッカの物言いに苛立ち、すぐに大人しくしないと山羊を全て食い散らかすぞ、と脅しました。
ひくり、と泣き止んだロッカは途端に冷える体に震え出します。そしてフィルンが新しい魔法使いにお願いせよ、と言ったことを思い出したのです。
どうか、ここに置いて下さい。火が無いと死んでしまうわ。
今度は静かに泣きだしたロッカに、アドラは鼻を鳴らしました。
構わない。ただしこの山から出ることは許さない。
分かりました。約束します。
ロッカはポロリと涙をこぼしながら言いました。
こうしてロッカは山小屋で暮らせることになりました。ですがフィルンと住んでいたときは暖かだった小屋は、いつもどこか寒くて寂しいのでした。アドラは小屋に住まず、小屋の外の杉の木で休んでいるようでした。
ある日、ロッカは寒くて寂しさに凍えて木の上のアドラに話し掛けました。
アドラ、どうして小屋に住まないの。
そんな狭いところに住めるか。
寒くはないの。
寒い訳があるか。外にいて寒いのは人間くらいだ。
アドラは人間のことを知っているの。
あぁ、よく知っている。ろくでもない奴らだ。
ロッカはフィルンが自分を人間だと言っていたことを覚えていました。そしてアドラが人間を好きでないこともその口ぶりでよく分かりました。ロッカはもう小さな子どもではなかったのです。ロッカは温かな体温の山羊や栗鼠に囲まれて、火の燃える山小屋で過ごしていましたが、そこで言葉を話せるのはアドラしかいませんでした。ロッカはアドラと話したがりました。
アドラも魔法使いになったために、羽を広げて飛ぶことが出来なくなったのでじっとしていることに飽き飽きしていました。そして本当は、フィルンがロッカと暮らすのを空から眺めて羨ましく思っていたのでした。
ですから、ロッカとアドラが仲良くなるのにそう時間は要りませんでした。
――ふふふ。坊や、眠そうね。そうよ、ロッカとアドラは仲良しになったの。そうね、良かったわね。目を瞑ってお聞きなさい。
アドラは相変わらず木の上で休みましたが、1日の大半は小屋の中でロッカとおしゃべりをして過ごしました。
あるときロッカがアドラに尋ねました。
ねぇ、アドラ。あなた春って知ってる。
……知ってる。
アドラは魔法を使って冬をこの辺りに閉じ込めておく役目があったので、あまり春のことは考えたくありませんでした。そうでなくてもロッカといると頬が熱くなって溶け出してしまいそうになるのです。フィルンと違ってまだ若いアドラは消えてしまうことはありませんでしたが、やはり暖かさは苦手でした。
春ってどんなものなの。
別にいいものじゃないよ。
アドラはそういいながら、遙か昔に父と母と獲物を探しに春の野を飛び回ったことを思い出しました。ちり、と心の内が解け出してしまうような痛みがあって慌てて首を振りました。そして少々ヘンテコなことを口走ってしまいます。
春は鼻がムズムズするから止めておけ。
ロッカは思わず自分の鼻を押さえました。山小屋は冬とは思えないほど暖められていたので、もうロッカの鼻から鼻水は出ていません。ですがロッカは何だか恥ずかしくなり、鼻を押さえたままアドラに尋ねました。
どうして鼻がムズムズするの。
そりゃ『花』が咲くからだろ。
アドラは鼻を隠したままのロッカが可笑しくて可愛らしくて思わず本当のことを言ってしまいました。しまった、と思ったときには遅かったのです。
『花』ってなぁに。
春を知らずに育ったロッカでしたが、その『花』という言葉はロッカにとってとても魅力的に聞こえました。
その日からロッカは花が見たい、とアドラにねだるようになりました。
乳飲み子だったロッカはいつの間にか美しい少女になっていました。冬しか知らない肌は真白に輝き、朝の陽射しと同じ色の髪をなびかせながら、深緑の瞳でアドラに朝の挨拶をするのでした。
ロッカとアドラは手を取り合って、霧の立つ朝やしんしんと雪の降る昼、凍り付くような夜を散歩して歩きます。
ですがロッカは人間ですから、寒くて長くは外にいられません。まして愛するアドラの手も氷のように冷たいのですから。
ですがロッカはそれでも幸せでした。動物たちとアドラと、フィルンと住んだ山小屋で一生を過ごすのならそれでいいと思っていました。
ただひとつの心配事は、この頃フィルンのことを夢に見るようになったことでした。
いいかい可愛い子。お前は人間なんだ。いつか山を下りて人間と暮らしなさい。こことは違う『春』の世界だよ。
初めは懐かしいフィルンの夢にただ涙するだけでした。『春』という暖かな響きに想いを馳せ、『花』の美しさをアドラに興味の尽きぬまま尋ねます。
しかしだんだんと夢を見ることが増え、アドラに笑って朝の挨拶が出来なくなりました。
どうしたの。なぜ泣いているの。寒いのか。
アドラはとうとうロッカの涙を拭って言いました。
いいえ、アドラ。フィルンの夢を見たの。いつか山を下りなさい、春の世界に帰りなさい、とフィルンは言うの。
帰りたいの、とアドラはロッカを見つめて尋ねました。ロッカはほたほたと涙を流して首を振ります。
分からないわ。でも、そうね……花を見てみたいわ。
ロッカは思い出しました。以前、アドラが花には色があると言っていたことを。アドラは彼女の手を取って尋ねました。ロッカはその冷たい手に小さく震えます。
花を見たら、君はここから出て行きたくなるんじゃないか。
ロッカは悲しみに伏せていた瞳を見開くと、微笑みを湛えて言いました。
もちろん、ならないわ。アドラが好きだから。
まるで花がほころぶようだ、と今度はアドラが目を伏せました。
――あら、眠ったのね。ゆっくりおやすみなさい。あら、いつの間にかエプロンを握りしめていたのね……。では最後までお話ししましょうね、坊や。
アドラは魔法使いとしてはまだ若かったので、山から下りては魔法が消えてしまいます。アドラはロッカの深緑の瞳を見つめて言いました。
山を離れている間、この小屋から離れてはいけない。すぐ戻ってくるつもりだけど、雪が解けて転びでもしたら大変だから。
分かったわ。決して山は下りないわ。
アドラはロッカの頭にひとつ口づけると小屋の外へ出て、オオイヌワシの姿になりました。彼が姿を変えた途端、雪が止み雲が晴れ、暖かな陽射しが降り注ぎました。アドラはひとつピィーゥ、と鳴き、大きな翼で羽ばたくと一瞬にして舞い上がりました。青光りする艶めく毛並みを輝かせて小屋の上を一回りして何処かへ飛び去りました。
ロッカはその勇壮な恋人の姿に感動しましたが、それよりも青く吸い込まれそうな美しい空に心が震えて仕方ありませんでした。
あぁ、なんてきれいなんでしょう。雪の降らない空がこんなに美しいなんて。
そして暖かな太陽の光にロッカは腕を伸ばしました。外に出ているのに暖かいなんて初めて、と陽射しにきらめく氷柱や僅かに解け始めた雪の粒を眺めました。知らぬうちに小屋から離れていることに気づかないまま。
アドラは久しぶりの羽ばたきに、澄んだ空のように心が洗われるのを感じていました。ロッカに夢中だったので忘れかけていましたが、アドラは鳥でした。羽に風を宿して大空を翔るオオイヌワシでした。
しばし我を忘れ山間を飛ぶ内に、以前餌場にしていた辺りにくたびれた老女が座り込んでいるのを見ました。その老女の髪がロッカと同じ色だったので、アドラはロッカに花を見せる約束を思い出します。振り返れば山頂も晴れ渡り、雪が白く輝いていました。アドラは急いで町の側の春の野に降り立ちました。
春でした。まさにロッカが母親に抱かれて山を下りようとした季節でした。
アドラは魔法使いの姿に戻って、赤と黄色と桃色と青と、色鮮やかな花々を手折り持ち帰ろうとしました。でも彼は魔法使いでしたので触れた途端に花は凍り付いてバラバラに散ってしまいます。
アドラは仕方なく温かなオオイヌワシの姿に戻り、何とか羽で花を掴もうとしますが出来そうにありません。アドラは焦りました。山を長く空けては雪が解けてしまう。それは山にとっても動物たちにとっても、人間にとっても恐ろしいことでした。
そのとき、アドラはさきほど見かけた老女がこちらを見ていることに気がつきました。
老女はアドラが姿を変えているのを見ていたので目が合うと、お許しを、と跪きました。アドラは都合がいい、と老女に尊大に呼びかけます。
私は山の神だ。私の妻が花を見たいと言うので下りてきたが、この姿では花を持って帰れない。私の羽に花を差してくれまいか。
何なりと山の神様。……ですが1つだけお願いがございます。
申してみよ。
わたくしめの娘が幼い頃に行方がしれなくなり、探しております。どうか生きているかどうかだけでもお教え下さい。
アドラは悟りました。ロッカの陽射しの色の髪の毛も杉の緑を映したような瞳も、この老女からもらったものだったのだと。
花を。
アドラの声にロッカの母親はうやうやしく羽に花を差し始めました。ロッカの望んだ花が羽に差され、ロッカの母親の手が触れる度に、アドラは母親の娘への激しい思いを感じ取りました。
少しずつ彩られる青光りする羽。なんと美しく飾られて、まるで春を呼ぶ花の精のようでした。
そうして羽が色とりどりに飾られたとき、アドラは神様らしく淡々と老女に尋ねました。声が震えぬよう、殊更声を低めて。
娘の名は何という。
≪ロッカ≫と申します。
ロッカ! 彼女はロッカという名だったのか!
その激情のままアドラは舞い上がりました。そして老女に向かって叫びました。
生きている! ロッカは生きている!
あぁ、老女は泣き崩れたようでした。アドラは心に渦巻く感情を力強い羽ばたきに変えて一直線に山を目指します。ロッカに花を! ロッカに春を!
その頃、ロッカは暖かな陽射しに誘われて随分山を下りてしまっていました。気がつけば森を抜け、背の低い草や岩の目立つ開けた場所に出ました。
あぁ、どうしよう、知らないところへ来てしまった。アドラと約束したのに。
すると、ピィーゥ、と高いどこまでも響くような鳴き声がして、ロッカはアドラの姿を見つけました。アドラもロッカを見つけ、降り立ちました。
ロッカはアドラの姿にため息をこぼします。アドラの羽は花が宿ったように色に溢れ、その色が青光りする体を照らし、彼の体を虹色に染めています。
なんてきれい。アドラ、それが花なのね。あぁ、本当にいろんな色があるのね! 春は雪と木々の色だけではないのね!
アドラは鳥の姿でじっとロッカを見つめました。そして何度か息を止めて、とうとう言いました。
≪ロッカ≫もっと花を見たいか。
彼女は首を傾げました。
ロッカって、何。
君のことだよ。君の名前はロッカというんだ。
ロッカは呆然としました。自分に名前があるなんて思ってもみなかったのです。
私、ロッカというの。
そうだ。君は人間の母親から産まれた、ロッカ。……もっと花を、山を下りて春を見たいか。
ロッカは自分の名を告げられ、人間の母親という言葉に頭が混乱していましたが、アドラの問いはよく聞こえました。そして素直に答えました。
えぇ、春を見てみたいわ。
ロッカは微笑んで、あなたと、と言葉を継ごうとしましたが、急に冷たい風が彼女に纏わり付いて出来ませんでした。風が彼女を巻き上げ、足が宙に浮きました。
アドラ!
ロッカは恐ろしくて彼を呼びました。アドラはもう鳥の姿ではなく、冬の魔法使いの姿になっていました。ロッカの愛する青年の姿でした。ロッカは彼に微笑みを投げかけ手を伸ばしましたが、彼の瞳は涙で濡れていました。
さようなら、ロッカ。春の世界で幸せに。
アドラ! どうして泣いてるの。どうしてさよならなの! いやよ!
さようなら。冬でも君が喜ぶように、僕を思い出すように魔法をかけるよ! さようなら!
ロッカはアドラの魔法で母親の元に戻りました。
火を焚かなくても暖かな空気。晴れ渡って果てのない青い空。柔らかな緑の野。眩しいほどの鮮やかな花々。
そこは春でした。長いこと瞼に夢見た春の世界でした。ですがロッカの瞳は涙に濡れて、その春の世界の美しさが分かりません。彼女の体はアドラの魔法で冷え切っていましたが、春の陽気は煩わしくロッカに降りそそぎました。
あぁ! ロッカ! あなたなのね! なんて冷たい体! 今すぐ家へ帰って温まりましょう!
いいえ! いいえ! 私はアドラの妻なの! アドラ!
ロッカは乳飲み子のように泣き喚きましたが、母親に抱かれ体温を取り戻すと、瞳は涙に濡れながらも一緒に家へ帰りました。そしてそのまま母親と父親と暮らしました。
ロッカは春には、アドラが羽に差した花が咲く花畑で空を眺めてはぼんやりと過ごし、夏には花の名残を探して山へ登り、秋には涙に暮れて町で過ごしました。そして冬が来て初めての雪が降ったとき、ロッカは凍えそうな手のひらに乗った雪の粒を見て、アドラ! と泣きました。
まんまるだったはずの雪の粒が花の形になっていたのです。
冬でも君が喜ぶように。僕を思い出すように魔法をかけるよ!
ロッカの温かな人間の手のひらの上では、アドラの花はすぐに解けてしまいます。ですがアドラの愛は冬の間、ロッカの世界に降り続けました。ですからロッカは、アドラの降らせた冬の花を眺めては、彼のことをいつまでも想うことができました。
――……そうしてアドラも今でもロッカを想って、山から雪を降らせているのだそうですよ。あら、寒いはずね雪が降ってきたわ、坊や。ちゃんと毛布を掛けて……今度こそおやすみなさい。いい夢を。
お読みいただきありがとうございます。