甘えても良いんです
「――とまあ、こんな感じだ」
別行動していた間のことをかいつまんで話す。
「「「「「…………」」」」」
あれ……なんか空気がおかしいんだけど?
「あ、あの、みんなどうした――――」
「……ずるいです」
「は?」
「セレスティーナだけずるいです! 御主兄様、私の名前も付けて下さい!!」
「貴方様、ちょっとその辺の手頃な街を魔人から奪いましょう! そして……うふふ」
「貴方様、ボクは小さい村でも良いからね!」
「ダーリン、さあ行くのじゃ! 妾の街を見つけに!」
「主様、魔人帝国にはたくさん街がありますよ?」
なんか物騒な思考になってるから!
ごめんなさい。セレスティーナだけ特別扱いはダメだよな。
「そうだな。チャンスがあったらな」
でも、みんなの名前が付いた街。良いかも知れない。
***
「そういえば、サウスレアでシルフィとサラのお兄さんにあったぞ」
「えっ? どの兄様かしら」
「ノーラッド兄上だな」
「……貴方様、ノーラッド兄上って……嬉しい! あのシスコン兄様が私たちの仲を認めてくれたのね!」
「さすが貴方様、あのシスコンを認めさせるとは……」
2人とも酷くない? とっても良いお兄さんだったよ!?
「あ、ああ、それで落ち着いたらガーランドへ来て欲しいって言われたから、2人を連れて必ず行きますって答えたよ。良かったかな?」
「もちろんよ、貴方様」
「早く貴方様にガーランドを見せてあげたいよ」
はしゃぐ2人が微笑ましい。
その一方で、
「…………」
俯き無言になるクロエ。
しまったな。クロエやセレスティーナのいる場で家族を連想させる話題をするべきじゃなかった。特にクロエはまだ何の成果も出ていないんだから。自分の無神経さに腹が立つ。
金の皿亭を出てクロエを誘う。
「クロエ、ちょっと買い物に付き合ってくれないか?」
「はい、御主兄様」
嬉しそうに狼耳をピコピコ動かし微笑むクロエ。
2人で街を歩く。
「こうして2人で街を歩くのは初めて依頼を受けた時以来だな。あの時は右も左も分からない状況だったから、クロエが案内してくれて本当に嬉しかったんだ」
「御主兄様ならきっと私がいなくても大丈夫だったと思いますよ」
そう言いながらもクロエの白銀の尻尾は大きく振れている。
「なあ、いまクロエが欲しいものとか、行きたいところとかないか?」
「そうですね……セレスティーナに行きたいです御主兄様」
「クロエ……でも、お前――――」
「お気遣いありがとうございます、でも大丈夫です」
「……わかった、おいでクロエ」
しっかりクロエを抱きしめ、セレスティーナに転移する。
「うっ…………」
到着するなり、口を押さえうずくまるクロエ。せめてもと後ろから強く抱きしめる。
5万人の絶望と悲しみの想いが残る街だ。匂い鑑定スキルを持つクロエにとっては地獄に等しい場所に違いない。
「ありがとうございます、御主兄様。おかげで楽になりました」
「……無理するなよ、まだ顔色が悪いじゃないか」
「大丈夫です、御主兄様が側にいてくれるから
、それに……私、慣れているんです、この匂い」
悲しそうに微笑むクロエ。
こんな少女が慣れていいはずがない。でも、クロエはずっとひとりで頑張ってきたんだよな。取り戻そうと戦ってきたんだよな。
「ごめんなクロエ、俺、お前の想いを知っているのに……本当ならお前のことを最優先にしなきゃいけないのに……」
俺が最初に出逢ったのはクロエだ。助けてくれたのも、助けを求めていたのも。
でも、クロエはいつも俺のことを最優先に考えてくれた。
誰よりも人の想いに敏感だから自分のことは後まわし。そういえば、私を助けてなんて一度も言わなかったじゃないかこの子は。
何が世界を救いたいだ、一番近くにいて、一番助けを必要としている女の子ひとり救えていないじゃないか。
「御主兄様……私のために泣かないで下さい、悔やまないで下さい。私は嬉しいのです、御主兄様が甘えてくださって。頼ってくださって」
「……クロエ」
「御主兄様がこの世界にいない女性を1番に愛していることは知っていますし、セレスティーナがお気に入りなことも知っています。けれど……御主兄様が気遣いなく頼り、甘えるのは私の、私だけの特権です! だから……私のことは気遣いなく甘えて下さい、頼って下さい」
「クロエ……俺は――――」
「……御主兄様は優し過ぎるのです。みんなの想いを背負ってしまわれるから。それでは……いつか壊れてしまいます」
情けないけど、クロエの言う通り俺は甘えていたんだな。
「だから……目一杯私に甘えて下さい。そして命じて下さい。だって私は御主兄様の専用メイドで妹なんですから」
クロエの白銀の髪が風になびく。初めて逢った時、ミコトさんみたいだって思った。でも違う、クロエはクロエだ。誰の代わりでもない。
「……クロエに命じる。ずっと俺の側にいろ」
「はい、御主兄様、クロエはずっと側におります。例えこの身体が朽ち果てたとしても。魂だけになったとしても……」
「クロエに甘えさせてくれ、後少しだけ待って欲しい。必ずクロエの国を、家族を助け出すから」
「はい、御主兄様、わかっております。何かを切り捨てて得た幸せでは、きっと心からは笑えないですから。最後にみんなで笑えれば良いのです」
「わがままついでにもうひとつ……俺はクロエが大好きだ。クロエの願いより大事なことは何1つないほどに。それだけは知っていて欲しい」
「ご、御主兄様……クロエの身も心も、髪一本、爪先まで、すべて貴方のものです。この先もずっと……」
初めて御主兄様に逢った時、私はとっくに救われていたのですよ。
絶望の中、次第に気持ちは萎え、心から死んでゆく。この嫌な匂いにもすっかり慣れて、いつしか笑うことすら忘れていた私。
なんて良い匂いのする人だろうって思った。側にいるとぽかぽか温かくて、安心出来て、お日様みたいな人だって思った。奇跡が舞い降りて来たのかと思った。
まあ、ちょっとエッチですけれど、ね。
だから、私は最後で良いのです。もう十分救われて幸せをいただいているのですから。
でも、今だけはいいでしょうか? 少しだけ甘えてもいいでしょうか?
「御主兄様……今だけは……私を離さないで……しっかり捕まえていて下さい……」
クロエを抱き寄せキスをした。想いを込めた優しいキスを。
心から想う、クロエに笑っていて欲しい。悲しい顔はもう見たくないんだ。
『デスサイズのレベルが上がりました』
【デスサイズ レベル3】
この世に留まった魂や怨念、未練を昇華し、天界へ送ることが出来る。
どこかで見ていてくれているのだろうか? ありがとうミコトさん。
応えてくれてありがとう、デスサイズ。




