アイコンタクト
「サクラ様がお戻りになりました。しかも――」
「セレスティーナ殿下もご一緒です!」
***
セレスティーナ姫殿下、オルレアン伯爵令嬢サクラの突然の来訪にサウスレアは大いに沸いた。
アストレアはまだ終わっていない。
先の見えない不安に苛まれていた人々にとって、2人の来訪はまさに光明そのものに映ったからだ。
大広間には、セレスティーナを迎えるためサウスレアに避難していた全ての貴族たちが勢揃いし、跪いていた。
「オルレアン伯爵、よくサウスレアを守ってくれた」
鈴が鳴るような涼やかな美声が響き渡リ、セレスティーナが大広間に姿をあらわす。
国宝である白いレスカテの甲冑と彼女にしか持つことが出来ない魔剣イルナシオンを身にまとい、美しいプラチナブロンドの髪をなびかせて歩く姿はまるで神話を描いた絵画のようであり、人々は呼吸を忘れて魅入られてしまう。
もともとアストレアにおいて、セレスティーナは女性らしさというよりも、外見的な美と高貴さ、その強さが敬愛されていたのだが、カケルと出逢ったことで女性としての魅力が開花し、より抗い難い魅力を放つようになったのだ。
そんな彼女が、絶望的な状況で現れたのだから魅了されるなと言う方に無理がある。
広間に居合わせた貴族たちは、まるで戦女神のようだと男女問わず等しくセレスティーナに感嘆のため息をもらす。
「はっ、ありがとうございます、セレスティーナ殿下。私の力など微力。死力を尽くして戦った兵士たちこそ、真の勇者にございます」
オルレアン伯爵は恭しく頭を垂れる。
「皆も本当によく頑張ってくれた。特にクヌギ、トーレス、七聖剣たるお前たちの働きがなければ、このサウスレア、今日まで持ちこたえることは出来なかったと聞いたぞ」
「はっ、勿体ないお言葉でございます」
「我ら七聖剣、アストレアの民を護る剣なれば、役目を果たしただけにございます」
七聖剣のクヌギ、トーレスも頭を下げる。
「アストレアの民は等しく私の家族だ。すまない……私にもっと力があれば……遅くなってすまなかった。だが、お前たちだけでも生きていてくれて良かった……本当に、良かった」
サウスレアが生き残っていたことで、わずかだが、希望も生まれた。七聖剣は他にも5人いるのだ。
セレスティーナの頬を涙が伝う。
「「「……姫様……」」」
どこの国に民のために涙する姫がいるだろう。だが少なくともアストレアにはいる。
皆生き残るために必死だった。ほぼ全ての人々が家族や友人知人を失ったり行方不明となっている。だからこそ誰もセレスティーナを責めない、責められる訳がない。
強い想いは伝播する。大広間はいつしか人々のすすり泣く声に満ちていった。
***
「お父様、お母様……よくぞご無事で」
「サクラ……良かった、また逢えたのですね……」
親兄弟たちに見守られ抱き合う母娘。
セレスティーナ付となってから、サクラは実家に戻っていない。実に数年ぶりの再会だ。
(しばらく見ないうちに……好きな人でも出来たのかしら?)
母モミジは娘の変化を敏感に察する。
サクラは暫しの間、家族との会話を楽しむのだった。
「それで、どうやってここサウスレアに来たのだ? セレスティーナ殿」
しばらく様子を静観していたノーラッド王子がセレスティーナにたずねる。
「おお、これはノーラッド王子、先程は挨拶のみで失礼した。シルフィ殿とサラ殿の兄上だな。2人とは友人として寝食を共にする仲だぞ。昨日も(旦那様と)同じベッドで寝たんだ」
「え? 妹たちと? セレスティーナ殿とそんなに仲が良いとは知らなかった……あの2人が?」
理解が追いつかず混乱するノーラッド。
妹たちと最後に一緒に寝たのはいつだっただろうか。ノーラッドは、懐かしさと淋しさを感じながら遠い昔に想いを馳せる。
精霊の加護によって、妹たちに触れることが出来るのは、親兄弟を除けば害意の無い同性だけだ。
妹たちの苦労を知る兄だからこそ、セレスティーナのような友人が出来たことが嬉しくてたまらない。
ノーラッドはセレスティーナに感謝の意を伝えるのだった。
「ああ、それでどうやってここに来たかだが――――」
サウスレアの人々に経緯を説明するセレスティーナとサクラ。
奇想天外とも言えるその内容は、とても信じられないものだったが、現に2人がここにいることが何よりの証。信じる他ない。
「そ、それでは異世界の英雄様がセレスティーナ殿下とサクラの命を助けて下さり、このサウスレアの危機を見つけてここまで連れて来てくださったということでしょうか?」
話を聞き、衝撃に震えるヒノキ。
「さらには、私の妹たちの命の恩人でもあるのだな……」
ノーラッドも驚きを隠せない。
ちょっと――いや、かなり大袈裟に2人がカケルを褒め称えたので、皆すっかり恐縮してしまった。
この2人にここまで言わせるほどの男だ。怒らせたらサウスレアは一瞬で灰になるだろう。絶対に失礼があってはならないと全員がそう思う。
「そ、それで、その異世界の英雄様はどちらに?」
「旦那様なら、怪我や病気の人たちを治してまわっている」
頬を染め、恋する乙女の表情になるセレスティーナ。
「「「「「「は? だ、旦那様?」」」」」」
「ふふふ、そうだ! 私と旦那様は相思相愛、毎日――――」
「せ、セレスティーナ様、さすがにそれ以上は……」
いつもなら相乗りするサクラだが、さすがに空気が読める女。すかさず止めに入る。
「という訳で、私も王子様を手伝って参りますね!」
「「「「「「は? お、王子様?」」」」」」
「ず、ズルいぞサクラ! 私も行く」
あっと言う間に走り去る2人。
残された人々はしばらくポカーンとしていたが、我に返ると、治療を手伝う為あわてて動き出した。
***
「あらためて、みなさんはじめまして。冒険者のカケルです。お会い出来て嬉しいです」
「…………」
……あれ? なんで皆、平伏してるんだろう? ど、どうしよう、面を上げよ、とか将軍様みたいなセリフ言わなきゃならないのかな?
困ってセレスティーナにアイコンタクトで助けを求めると、
花が咲いたような笑顔でウインクしてきた。
か、可愛いよ、可愛いけど求めてたのはソレじゃないんだ!
助けてくれサクラ! サクラにアイコンタクトする。
さすが空気が読める女サクラ、そっと耳元で教えくれる
『……私も愛しています』
う、嬉しいけど、空気読んでサクラさん!
なんで俺の時だけポンコツになるの!? この2人。




