ほっとけない
「マイカねえちゃん、なんか今日はご飯が豪華だね!!」
弟や、妹たちの笑顔がはじける。
「良い仕事が見つかったからさ、たまにはいいだろ。お腹一杯食べておくんだぞ。また迷宮に行くんだろ?」
私たちには親がいない。血のつながりはないけれど、みんな一緒に生き抜いてきた兄弟だ。
それにしても、今日はラッキーだったな。
金貨なんて大金貰える仕事が見つかったし、それにあの男の人、カケルさんだっけ? ちょっと格好良かった――――いやいや、何考えてんの、私!!
朝食代で金貨なんてもらったけど、私たち3か月分の食事代なんだけどな……まあ、くれるっていうなら貰っておくけどさ。
私のことを信用してくれたんだから、頑張っていっぱい稼がせてやらねえと。ふふっ、明日が楽しみ――――いやいや、だから何考えてんの、私!!
さっきからどうもおかしい。気が付くとあの男の人のことを考えている。まああれだけ変わった人もいないから当然か。さっ、私も食べるとするか!!
「おーい、大変だ!! マイカ」
近所に住みついているおっちゃんが顔色を変えて駆け込んでくる。
「なんだよ、おっちゃん、今食事中――――」
「大変だ、迷宮が立ち入り禁止になった……」
「……は? なんで?」
一瞬意味が分からず、そして目の前が真っ暗になった。
その後、冒険者たちに話を聞いたら、1週間後に、迷宮から魔物が大量に溢れ出るスタンピードが起こるらしい。迷宮の立ち入りはもちろん、迷宮周辺への立ち入りも禁止となる。
今までは、黙認されていた私たちの住処も当然住めなくなってしまう。ここから出て、迷宮にも入れなければ、私たちはどうやって生きていけばいいのか?
天国から一気に地獄に叩き落とされたように、マイカの心はぐちゃぐちゃになる。
(とにかく明日の朝、ギルドへ行かないと。カケルさんに頼み込むしかねえ)
「マイカねえちゃん……僕たちどうなっちゃうの?」
不安そうにたずねる弟たちに弱気なところは見せられない。
「心配すんな、明日ギルドへ行って話付けてくるからな。それに住むところは大丈夫。辺境伯様が、当面の間避難所を用意してくれるらしいぜ!!」
その先の不安はあるが、そんなことは今までと同じ。私がこの子たちを守ってやらないと。
***
翌日のギルドは詳しい説明を求めて朝から混雑していた。バドルの冒険者ギルドは、迷宮で稼ぐ者が多いのだから当然だろう。スタンピードという未曽有の危機を前に、皆不安からいらだち、ピリピリした空気がギルドに蔓延していた。
マイカは、普段あまり入ったことが無いギルドにやや緊張気味に入ってゆく。
荒くれ者が多いギルドだけに、絡まれないか不安だったが、そんなこともなく、飲食スペースのテーブルに座る。
実際のところ、冒険者たちは、前日、カケルとリーゼロッテの件があって大人しくしているだけなのだが、マイカは知る由もない。
カケルには、朝食を食べながら待つように言われたマイカだが、こんな状況になった以上、一切無駄遣い出来ない。
ひとりテーブルで小さくなっていると、後ろから声が掛かる。
「おはようマイカ、待たせちゃったかな」
振り向くとマイカの知る黒目黒髪の青年が立っていた。
「大丈夫! 今来たとこだよカケルさん」
「良かった、変な奴に絡まれたりしてないか心配してたんだ。朝食は食べたか?」
「あ、ああ、食べてきたから大丈夫――」
そう答えたマイカのお腹が鳴り、マイカの顔が可哀想なくらい真っ赤になる。
「あ、これは違くて――」
「マイカは育ち盛りなんだから、もっと食べた方が良いだろ? まだ食べれるなら、簡単な朝食作ってきたんだ、食べてくれたら助かるんだけど……」
そう言ってリュックからサンドイッチを取り出すカケル。
見るからに美味しそうなサンドイッチに目が釘付けになるマイカ。
「……どうした? 食べないのか?」
一向に手を出さないマイカにカケルがたずねる。
「あのさ、これ、持って帰っても良いか? 弟たちに食べさせてやりたいんだ」
「もちろん! お土産分もたくさんあるから、それはマイカが食べると良いよ」
ああ、本当イイヤツだこの人。笑顔も優しいし。
「それは同じヤツか? お土産分にもこれと同じヤツが入ってるか?」
「ああ、ちゃんと同じヤツだ。安心しろ」
「そうか、なら食べるよ! ありがとな」
安心したのか、ようやく手に取るマイカ。
「ところで、これどうやって食うんだ? こんな食べ物知らねえぞ?」
「こうやって食べるんだよ」
自分の分を取り出しかぶりつくカケル。
「なるほど、簡単だな! うおっ!? 何だこれ、めちゃくちゃ旨いぞ!」
夢中で食べるマイカを見て、カケルも負けじと食べ始めた。
***
「マイカ、スタンピードのことは聞いたか?」
「……うん、当然仕事は無くなるんだよな? じゃあ、これは返すよ」
予約金を差し出すマイカ。
「それは返さなくて良いんだ、俺のせいでマイカの行動を束縛したんだからな」
「……そうなのか? 変なやつだなアンタ」
呆れながらも、大事そうに金貨を革袋にしまう。
「そ、それでな、アンタに、カケルさんにお願いがあるんだ」
意を決したように話を切り出すマイカ。
「……私、何でもするから、雇ってくれよ! ほら、私、結構見た目も悪くないだろ? カケルさんも男なんだから嫌いじゃないよな?」
身体を売るなんて絶対に嫌だったけど、そんなこと言ってられなくなってしまった。だったら、そうするしかないのなら、カケルさんが良い。昨夜から考え続けて出した答えがそれだった。
(お願い……断らないで。アンタに断わられたらもう……)
「そうだな、嫌いじゃない。むしろ大好きだ。マイカみたいな子は特にほっとけない」
マイカの灰色の髪を優しく撫でるカケル。
「ぱっ、こ、こども扱いすんな!!」
ダークエルフ特有の褐色肌でも分かるぐらい真っ赤になっている。
「とりあえず、スタンピードが終わるまでは、避難所に居てくれ。終わったら、今後の事を決めよう。これはそれまでの予約金だ」
カケルは、金貨を7枚手渡す。
「は? なんで? 私何もしてないだろ?」
「だから言ったろ? マイカの行動を束縛する対価だって。いいか、絶対に危険なことはするなよ。スタンピードは俺が何とかしてやるからな」
「…………はい」
普通に考えればあり得ないが、この男なら本当にやってしまうのではないか? そんな思いを抱いてしまい、素直に頷くマイカ。
「……いい子だ」
マイカの髪を撫でながらカザネに話しかける。
『カザネ、マイカたちのことも気にしてやってくれると助かる』
『かしこまりました。心優しい……愛しの王様!』
「マイカ、俺はもう行くけど、何か困ったらギルドのギルドマスターか、サブギルドマスターに話すんだぞ。マイカの名前で話は通してあるからな」
「へ? わ、わかった」
よく分からないが、カケルさんがただ者じゃないことはわかった。だってギルド中がずっとカケルさんに敬意を込めた視線を送ってたしな。
さっきまでカケルが撫でていた灰色の髪に残る温もりを感じながら黒髪の青年を見送る。
(行ってらっしゃい! どうか気をつけて)
祈りにも似た気持ちに戸惑いながらもマイカの表情は明るい。
カケルの姿はもう見えない――――あれっ? 戻って来た?
「……スマン、お土産渡し忘れてた」
思わず吹き出すマイカ。
(まったく、頼りになるけど意外に抜けてるとこもあるんだな。嫌いじゃない。アンタみたいな男、ほっとけないだろ……)




