夢の回廊
「――というわけで、1週間後にバドルでスタンピードが発生しますので、我々黒の死神は、発生前日にバドル入りして、対処にあたろうと考えています」
俺は今、プリメーラの冒険者ギルドで、ギルドマスターのベルナルドさんに、これまでの一連の経緯を説明、報告していた。
人身売買組織の件は、仲間たちが報告してくれていたので、報告は主にバドルのスタンピードに関してだ。
「しかし、バドルとはな。今更カケルに関しては驚かんが、あの女帝にどうやって気に入られたんだ?」
女帝とは、バドルのギルドマスターであるリリスさまの異名だ。なんでも、プリメーラのギルドマスターであるベルナルドさんが新人冒険者だった頃には、すでにリリスさまは、ギルドマスターをやっていたらしい。まあ、100歳超えてるからね。
「でも、ベルナルドさん、なんで俺が気に入られているって思ったんです?」
自惚れているわけじゃないけど、好かれているとは思っている。でも、報告では特にその点は話していないんだけどな。
「……魔道具を通じて、全国のギルド支部に通達が来てる。バドルの冒険者ギルドに何か要望がある時は、カケルに依頼しろってな」
呆れたように首を振るベルナルドさん。
なにやってんの、リリスさま……
「まあ、とりあえず全国のギルドを通じてスタンピードの件は、周知されているから安心しろ」
リスクはなるべく避けたいから、情報が早く届いたみたいで良かった。
「……それで、どうだった?」
「どうだったって、なにがです?」
「リリスさまだよ、俺たちギルドマスターにもファンが多くてな。もう10年以上あってないが、やっぱり美人だったか?」
照れて赤くなったベルナルドさんがキモイ。
「そうですね、(色んな意味で)驚きました。(俺のせいで)まるで10代の少女のようでした」
「そうだろう! あんなに美人なのに、特定の男と付き合ったことが無いらしい。まさに永遠のアイドル! なんせ、ギルドのトップがファンクラブ会長だからな!」
え……マジで? 言えない、リリスさまが俺専用だとか、ご褒美にキスだとか絶対に言えない。
「そういえば、四聖剣のひとりが熱狂的なリリスさまファンだから気を付けろよ。カケルが気に入られているって知ったら、正直何するかわからん」
リリスさまファン怖いんだけど……でも大丈夫、俺は物理無効が――――
「あ、ソイツ魔法特化型だからな」
聖剣じゃないのかよ!
「わかりました。気を付けます」
「あ、それからな……」
「まだ何か?」
「ベルトランは俺以上のガチだ。リリスさまのためなら殺しも躊躇わないだろう。今頃、バドルからの通達を見て、カケルへの恩義と羨ましさから来る殺意の狭間で苦しんでいるはずだ」
フィステリアのギルドマスターで、ベルナルドさんの弟でもあるベルトランさん。今後、どんな顔して会えば良いんだろ? 頭痛くなってきた……
***
「カケル様、ギルマスと話は終わったの?」
受付に戻るとクラウディアが嬉しそうに腕を組んでくる。ああ……癒やされる。
「クラウディア、そういえば、俺と話すたびにわざわざ眼鏡外さなくてもいいんだぞ」
「っ!……でも、私――――」
泣きそうになるクラウディア。
興味を持たれていないと思ったのだろうけど、違うんだ、クラウディア。
「だって俺はすでにクラウディアの魅力を他の誰よりも知っているし、それに……だな、ほ、他の男に見せたくないんだよ」
「へ? あ、あううう……わ、わかったわ!! 明日からは仮面を着けるから安心して!!」
顔から湯気が出そうなほど真っ赤になったクラウディアが、そんなことを言い出したので、必死に止めさせた。ふぅ。
「そうだ! クラウディア、妹の件も悪いんだけど宜しく頼む!」
フィステリアから引っ越してきた妹のアリサは、このプリメーラのギルドで働くことになる。クラウディアがいてくれたら安心だ。
「もちろんよ。カケル様の妹なら、わ、私の妹ですもの。フィステリアのギルドには悪いけど、即戦力が来てくれて感謝してるわ」
「そう言ってもらえると助かる。それから、今夜はハーピィの卵で色んな料理を作るから楽しみにしててくれ。クラウディアも来るんだろ?」
「行くっ!! 絶対に行くわ! 楽しみにしてるから」
ハーピィの卵と聞いて目を輝かせるクラウディア。頑張って美味しい料理を作らないとな!!
***
「いらっしゃいませ……あら、カケルくん!!」
ハーフサキュバスのカミラさんの食料品店『夢の食卓』へやって来た。
調味料や食材をだいぶ使ってしまったので、その補充だ。決してサービスを期待してきた訳じゃないよ。
「こんばんわ。カミラさん、また買いに来ました」
「嬉しいわ、今日はひとりで来てくれたのね! 直ぐにお店閉めるからちょっと待ってて」
そう言って抱きついてくるカミラさん。くっ、残念ながら今日は時間がない。
「すみません、これから屋敷に戻って料理を作らなくてはならないので」
「そう……残念。あとカケルくん、私以外のサキュバスと遊んだでしょう? サキュバスの香りがするわ」
ジト目で問い詰めるカミラさん。
「ち、違いますよ、バドルでリリスさまっていうサキュバスのギルドマスターにあったんです」
「っ! カケルくん、リリスさまにあったの?」
カミラさんが、目を見開いて驚く。
「リリスさまのことご存知なんですか?」
「知っているも何も、リリスさまはサキュバス最後の王族よ。百年以上前に滅んだ国のね」
鑑定で知っていたけど、もう滅んだ国だったのか……
少し世間話をして、その後は、必要なものをあるだけ購入してゆく。
「本当に惚れ惚れする買いっぷりね! もう商品も無いからお店閉めないと」
お店を閉めるカミラさん。
「また買いに来るんで、沢山仕入れておいてくださいね。あ、それからハーピィの卵って興味あります? 定期的に手に入るようになったので、もし良かったら納品しますよ」
「は、ハーピィの卵!! もちろんよ! ぜひお願いするわ」
「わかりました。明日にでも持って来ますね」
「ええ。待ってるわ」
「えっと、カミラさん、最後にお土産があるんですが、ベッドか横になれるところ、あります?」
「……奥にベッドがあるわ。カケルくん、運んでくださらない?」
妖艶に微笑むカミラさん。
「お安い御用です」
カミラさんをお姫様抱っこでベッドへ運び、優しく寝かせる。
「うふふ……私をどうするつもりかしら?」
「これがお土産です――――『夢の回廊』――――どうか良い夢を、カミラさん」
リリスさまから記憶した『夢の回廊』は、女性に夢を見せることが出来る。
「え? どうして…………」
夢の世界へ誘われるカミラ。サキュバスは、夢を見せることが出来ても、自分で見ることは出来ない。
(……ありがとうカケルくん。とても素敵なお土産だわ。でも……きっと見る夢はあなたのことよ……)




