73 地下街の決闘
聞けば、リーゼロッテ様はこの町の税収がおかしいと睨んで、独自に潜入捜査をしているそうだ。
なぜお嬢様自らそんなことを? と思うが、何でも自分でやらせるのが、辺境伯家の教育方針なんだとか。
(でも……なるほど、一応ちゃんと護衛は付いているんだな)
とはいえ、さすがに辺境伯令嬢、遠巻きに見守る存在は確認出来る。
「リーゼロッテ様、まもなく馬車が到着するので、どうぞこちらへ」
「どうするつもりなの? 正面から叩き潰す?」
「いえ、そんなことしませんよ。ソニア頼む」
「はい、主様」
ソニアが遮音結界を展開する。
「この遮音結界があれば、相手に俺たちの音も話し声も届きません。一方で、相手の声や、結界内部でのお互いの会話はちゃんと聞こえるんです」
「へえー、便利なのね! でもその魔法、属性魔法じゃ無いわね、初めて聞くもの」
暗黒魔法は、魔人種の固有魔法だからな。
「さらに――認識阻害――これで、俺たちの存在を敵が認識出来なくなります」
「なるほど、それで連中の後をつけて秘密を暴くのね! 面白そうじゃない」
「さすが、リーゼロッテ様、理解が早くて助かります……ですが、なぜ俺と腕を組んでいるのです?」
「ふふっ、それほどでもあるわよ。私の騎士。だって側にいないと私のこと守れないじゃない」
いや、俺騎士じゃなくて冒険者なんだけど……
得意げに胸を張るリーゼロッテ様の控えめな感触を楽しむために、全神経を腕に集中させる。
「馬鹿な……この私が出し抜かれるとは!」
クロエが驚愕しているのは置いておいて、この人、相当な手練なのは間違いない。
「貴方様、もっとこちらへ。結界から出てしまいます」
「ボクも結界からはみ出そうだから、もっとくっつかないと」
『お兄様、危険な気配がします。念の為、一体化しますね』
「主様、結界の強度を上げるために、背中に密着させていただきます」
みんな、今から敵の本拠地に潜入するんだよ? 緊張感持とうね!!
『王よ、今、連中町に入ったぞ』
「わかった、ツバサは引き続き上空から監視を頼む」
町の入口から、大きな荷馬車が通りを進んでくる。
「みんな、あの馬車だ、後を追うぞ」
馬車は、町で1番大きな建物の敷地へ入ってゆく。
「……なんということだ、あそこは町長の屋敷ではないか……」
唖然とするリーゼロッテ。やはり町長も絡んでいたか。
「今は追跡が先だ、行くぞ」
馬車は、屋敷内の大きな倉庫のような建物に入ってゆく。中では複数の男たちが、馬車を待ち受けていた。
しっかりと入口が閉じられると、馬車から構成員たちが降り、荷台から商品を降ろし始める。もちろん商品とは攫われた人々のことだ。
「ひどい……あんな小さな子まで……」
リーゼロッテの腕に力がこもる。俺じゃなかったら多分腕が折れるぐらいの力だ。
リーゼロッテ様のユニークスキル怪力の力だろう。もしかして、護衛が側に居ないのって、この怪力のせいなのか?
「御主兄様、奴ら地下へ移動するようです」
隠し扉が開き、地下への階段が姿を現す。
まさか全て見られているとは、連中夢にも思うまい。攫われた人々が次々と地下へ運ばれてゆくので、そのまま後に続く。
地下へ降りると全員目の前の光景に言葉を失う。
沢山の人々が幽閉されている牢屋だけではなく、酒場や闘技場らしき施設などが揃っており、さながら地下街といってもおかしくない。
「こちらは……さしずめ、地下オークション会場といったところじゃな」
巨大な地下空間の一角には、商品の為のお立ち台と、それを囲むように設置された観客席が備えられている場所もある。観客席は、300ほどもあり、かなりの規模で開催されていることが想像出来る。
「私の愛するバルバロスで……よくも……!!」
リーゼロッテの怒りはもはや爆発寸前だ。
「リーゼロッテ様、お気持ちはわかりますが、先に証拠を押さえましょう。ミヅハ、屋敷の書類を全て冷凍保存出来るか? ついでに逃走しようとした連中の足止めも頼む」
『お安い御用です、お兄様。それでは、行ってまいります』
そう言ってミヅハが姿を消す。
「これで証拠隠滅も逃走も出来ない。おっと、親玉っぽい奴の登場だぞ」
俺たちが来たのとは違う階段から、明らかに偉そうな雰囲気の男と、いかにも闇社会の住人といった感じの冷たい目をした男が現れた。こちらはおそらく護衛だろう。
「これはマーロ様、わざわざお越しいただきありがとうございます。今回は豊作ですので、どうぞ、お好きなものをお選び下さい」
「いつも悪いな、スシオ、良い商品が入荷したと聞いていても立っても居られなくてな、ブハハハハッ」
どうやら、このスシオというのが、人攫い集団のリーダーで、町長は完全にグルだな。
「……クズが……」
リーゼロッテが静かに唸る。
もう十分だろう。こいつ等はここで潰す。
「リーゼロッテ様、みんな、そろそろ行くぞ! 攫われた人々に危害が及ばないように、一瞬で片付ける」
敵の数は100人、特に町長の護衛とリーダーのスシオは、冒険者でいえばB級相当の強者だ。
しかし――――
クロエ、シルフィ、サラ、エヴァ、ソニア、そしてリーゼロッテ様、こちらは全員一騎当千だ。外はミヅハが押さえてくれるから、増援がくることもない。
勝負は文字通り、一瞬で終わった。元々の力差に加え、俺の威圧で動きが止まった敵に、統率で強化された仲間たちが不意打ちで襲い掛かったのだ。正直、戦いにもならなかった。
「マーロ、よくも我がバルバロス家を欺き、ふざけた真似をしてくれたわね! 女神様が許しても、このリーゼロッテが許さないわ!!!」
「…………」
あっ、やべぇ! 遮音結界と認識阻害解いてなかった……
「すいません、リーゼロッテ様、もう1回お願いします。はいっ、どうぞ!」
「やるわけないでしょ!! バカ〜!」
ですよね〜。




