ハーピィ退治へ
「残念でしたね。5分経ちましたよ」
模擬戦が始まってから、初めてカケルが動いた――と思った瞬間、すでに勝負はついていた。
訓練場の地面に白目を剥いて倒れているガイル。
訓練場のどよめきが、一層大きくなる。なにせ、訓練場に居た誰にも、カケルが何をしたのか、なぜガイルが倒れているのか分からなかったのだ。
「……これは参ったな。俺にも分からないとは」
「げっ、ギルドマスターにも見えなかったんですか? 元A級冒険者ですよね?」
「いや……一応ガイルに腹パンを決める瞬間は見えたがな……」
アリサは当然ながら、ギルドマスターにも分からない一撃だ。当のガイルも何をされたのか全くわからなかっただろう。
ガイルならば、ある程度は通用すると思っていただけに冒険者たちの衝撃は大きい。
はっきり言って、大人と子ども以上の差を見せつけられたと言っても良いだろう。
「う……俺は……負けたのか?」
顔に水を掛けられ、ガイルが目を醒ます。
「はい。ガイルさん、俺の勝ちですよ。でも気にしないで下さい。俺、世界で一番強くなる予定なんで」
ガイルは、一瞬唖然としていたが、大声で笑い出す。
「ああ、負けた! 完膚なきまで俺の負けだ。そりゃあ世界一に勝てるわけないよな!」
「あ、それとはっきりさせておきますけど、クロエは俺の大切な女なんで、諦めて下さい」
「なるほど……わかったぜ兄貴。勝負に負けたんだ、男らしくクロエの事は諦めるよ」
兄貴って……あなたの方が8つも年上ですけど!? 文句を言おうとしたけど――
「御主兄様、御主兄様! お怪我はございませんか? クロエは嬉しゅうございます。こんな大勢の前で愛の告白なんて……も、もちろんクロエは御主兄様のものです。さ、どうぞ、お好きなだけもふもふして下さい! さあもふもふもふもふ!」
尻尾をブンブン振り回す暴走気味のクロエに遮られてしまった。
ち、近いよクロエ、みんな見ているから抱きつかないで!! とか思いつつも、しっかり抱きしめるのが俺だ。
「すげぇ……あのクロエが。さすが兄貴だぜ」
「貴方様……素敵」
「困ったな、貴方様が欲しくなっちゃうよ」
「むむむ、クロエが羨ましいのじゃ」
「主様、私も貴方のものに……」
「さすがですお兄様! でもクロエ姉様ばかりズルいです」
まあ結果オーライだけど、ギルドのひとたちから、もふもふってなんだ? って聞かれまくって恥ずかしかったぞ。
そんな様子を遠目に眺めながら、アリサは物思いにふける。
(……なんだろう。カケルさんを見ていると何か思い出しそうな……お兄様……御主兄様……兄?)
***
その後、神水で回復したガイルとクルスさんの案内で、ハーピィが出るという街道までやってきた。
「これは……確かに空でも飛べないと厳しいね」
街道は切り立った断崖絶壁に挟まれており、登るのも難しそうだ。登っている途中でハーピィに攻撃でもされたら、おそらく大怪我では済まないだろう。
「クルスさん、ハーピィはどのくらい確認されているんですか?」
「少なくとも百以上はいると思うぞ。他の街道でも被害が出ているし、大きいコロニーがあると推測されているからな」
よしっ、とりあえず数の心配はいらなそうだな。それにコロニーがあるとすれば、卵も手に入るかもしれない。
「ところで御主兄様、ハーピィはどれ位契約するのですか?」
「うーん、各地へ送り込みたいからな……3羽1組として30羽くらいかな」
そう答えると、皆が怪訝そうな顔をする。
「貴方様、ハーピィを一羽と数えるのはちょっと違和感が……」
「どうしてだ、シルフィ? ハーピィって鳥じゃないのか?」
「いえ、どちらかと言えば、鳥の獣人に近いかと」
マジか! 期待しちゃうよ?
「ハーピィは、単体のランクはDだが、基本的に群れで襲ってくるから、群れのランクでCランク上位の魔物だと考えたほうが良いだろうな。だが、ハーピィが本当に厄介なのは――」
「その美しさだよ、貴方様! その美貌で人間を惑わせるんだ。こんな風にね」
サラが、クルスさんの話に割って入り、そのまま抱きついてくる。
「だがよ、確かに美人で魅力的だけど、アイツ等貧乳だからな」
……なんだと!? それは本当か、ガイルよ?
「クロエ……百だ、百体契約しよう!! なあに、まだまだ枠は余ってるんだ。有効活用しないとな」
「……御主人様? なぜいきなり数が増えたのか伺っても?」
「……ほら、あれだ! よく考えたら、各街に置いておけば、いつでも転移出来るじゃないか!」
「貧乳ね……」
「貧乳だね」
「貧乳なら妾が………」
「お兄様……私も貧乳ですよ」
「えっ、主様、貧乳好きなの?」
「クロエ……本当に兄貴で良いのか?」
「あれで誤魔化しているつもりだなんて……かわいいです……御主兄様……ふふっ」
「……すでに手遅れのようだぞ、ガイル」
「……泣いても良いですかクルスさん」
***
「じゃあ空からハーピィ退治に行ってきます」
案内のクルスさん、ガイルと一旦別れて峡谷の上空から、ハーピィのコロニーを探す。
さっそく気配察知と索敵スキルに反応があった。
「ソニア、遮音結界だ」
「はい、主様」
ハーピィは音に敏感だ。中級暗黒魔法の遮音結界をフリューゲルのまわりに展開する。
『認識阻害』
そして俺は初級暗黒魔法の認識阻害を使用する。ハーピィはあまり目が良くないらしいが、念の為だ。
『主、ハーピィがいるぞ』
風の流れが読めるフリューゲルにとって、ハーピィを感知することなど容易い。
油断無く近付いてゆくと、崖っぷちに腰かけ歌うハーピィたちの姿が。
(あれで本当に魔物なのか?)
ため息が出そうなほどの美貌に色とりどりの髪と翼をもつハーピィは、魔物と云うより、天使に見える。あれで極悪非道だと言われても、とても信じられない。初めて出会ったら間違い無く騙されるだろうな……
「貴方様、あそこに巣穴があります」
どうやら断崖絶壁にある横穴をコロニーにしているようだ。複数のハーピィが忙しく出たり入ったりしているのをシルフィが発見してくれた。
「覚悟しろよハーピィ! 一匹残らず退治してやる(俺の仲間と召喚獣が!!)」
俺に貧乳美少女を斬れとか、一体どんな無理ゲーだ。全てフリューゲルに任せたぞ!




