ギルドでの決闘
「いやあ、それにしても驚いたぞ!」
豪快に笑うギルドマスター。何かあの人に似てるな……
「スマンな、こちらの早とちりで必要以上に騒ぎになってしまった。俺はベルトラン、プリメーラのギルドマスターは俺の兄だ」
やはりそうか。名前も雰囲気も似てると思ったんだ。
「こちらこそ申し訳ありませんでした。街より大分手前で降りたつもりだったんですが。衛兵の質といい、ギルドの動きといい、素晴らしい街だと思います」
「ハハハッ、嬉しい事を言ってくれるじゃねえか! 褒めても何も出ないぞ、報酬は上乗せするがな! ハハハッ!」
「ギルドマスター! 駄目ですよ、予算無いんですから、自分の給料から払う分には止めませんけど」
アリサという受付嬢がベルトランを睨みつける。ギルド経営も大変なんだな。
アリサに怒られてシュンとしたギルドマスターだったが、直ぐに復活して話を再開する。
「それで本題だが、最近峡谷にハーピィが住み着いてバルバロス領との街道が使えなくなっているんだ。退治しようにも、うちのギルドは近接戦闘が得意なやつらがほとんどでな。ほとほと手を焼いてプリメーラに助けを頼んだって訳だ」
プリメーラ伯爵領とバルバロス辺境伯領は、山脈が領境になっており、いくつかの峡谷が街道として整備されている。街道が使えなくなると経済的にも大損害となるだろう。
「お話はわかりました。さっそく退治してきます」
「おお、到着したばかりで悪いな。案内を付けるから頼んだぞ!」
アリサさんと一緒にギルドマスター室を出る。
「カケルさんってすごいですね! 実質3日でB級とか意味不明です。パーティメンバーも全員超美少女揃いだし。あっ、私のことはアリサって気軽に呼んでくださいね」
アリサ……褒めるんだか呆れるんだかどちらかにしてくれ。それになんでちょっと怒ってるの!?
でも、この子……
***
カケルがギルドマスターと話している頃――
「おう、クロエ! 久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「……どちらのガイル様でしょう?」
クロエの氷のような塩対応に内心悶えるガイル。(こっ、これだ! この冷淡さがたまらん。絶対に俺の女にしてやる)
「あのな、俺、B級になったんだぜ!」
「……それはおめでとうございます。ではまた……」
超素っ気ないクロエに慌てるガイル。
「ち、ちょっと待て! 俺は強くなった。どうだ、俺の女に――」
「お断りします」
速攻で断わられ、崩れ落ちるガイル。
『おい、ガイルが秒で振られたぜ』
『あの白銀の悪魔に挑むとは……さすが将来のエース候補は違うな』
外野の反応は、概ね好意的なものだった。それだけクロエの恐ろしさが浸透しているという裏返しでもあるのだが。
「……あれが噂に聞くクロエの塩対応なのね……」
「半殺しにしなかった分、あれでも優しいほうなのかも」
「まあ気の毒じゃが、あのガイルとかいう男に付け入る隙きは1ミリもないの」
「主様と比べられたら可哀想です……主様が!!」
黒の死神メンバーの反応は概ね同情的? だ。
『しかし、なんなんだ、黒の死神ってよ。死神ってよりは、女神の集団に見えるが……』
『たしかに……何とかお近づきになれないものか』
『クルスとガイルが案内役なんだろ? 羨ましいな』
そこへカケルとアリサが戻ってくる。
「みんな、お待たせ。じゃあハーピィ退治に行こ――」
「ちょっと待った!!!!」
皆が振り返ると、ガイルがカケルを睨みつけている。すっとクロエの視線の温度が下がる。
「ガイルさん、なんですか?」
「てめえが黒の死神のリーダーだな。クロエを賭けて勝負だ!!」
「は? いや、意味が分からないんだけど……」
「俺が勝ったら、クロエはパーティから抜ける。お前が勝ったら今回の報酬金貨50枚をお前にやるよ」
ガイルは勝手に話をすすめようとする。
「だから、話を……って感じじゃないな。わかった、勝負を受けよう」
「おおっ、なんだ、ただの軟派やろうかと思ったが、なかなかわかってるじゃねえか」
面倒なので、勝負を受けることにした。クロエを勝手に賭けの対象にしたことにイラッときたという部分ももちろんあるが。
「ま、不味いわ、クロエを止めないと、あのガイルって男が殺される……ってアレ?」
「……クロエってば、完全に乙女モードでトリップしてるね……」
見れば、顔を紅くして身悶えするクロエの姿が……
「はわわわ……御主兄様が私のために命をかけて闘うなんて……私の身も心も全て御主兄様のものなのに……どうしましょう? えへへへへ」
完全にシチュエーションに酔っているクロエを置き去りにして、勝負の準備が進められてゆく。
***
「ったく、面倒事を起こすなって言ったそばからこれかよ……」
「ギルドマスター、カケルさんの力を測るいい機会かもしれませんよ?」
「まあ、当人同士がそれで気が済むなら、後腐れなくていいかもな」
結局、ギルドマスターが立ち会い人となって、模擬戦が行なわれることになった。
ギルド内にある訓練場で対峙するカケルとガイル。
体格はカケルの175cmに対してガイルが190cmと大分差がある。細身のカケルは、筋骨隆々のガイルの前では、ひ弱な女性にみえるほどだ。
訓練場には、冒険者やギルド関係者のほとんどが集まっている。プリメーラ最強と噂の異世界人がどれほどのものか、皆興味があるのだろう。
「なあ、クロエ、お前んとこのリーダー、魔法主体の戦士なのか? 随分細く見えるが」
模擬戦では不利ではないかと心配そうにクルスがクロエに尋ねる。
「御主兄様は、魔法も含めた全ての武術を極めておられます。出来ないことなど何もございません」
信頼と言うにはあまりにも絶対的な、あるいは盲信的なクロエの様子に、クルスは言葉を失う。あのクロエにここまで言わせるとは、一体どんな化け物だというのだ。
「では、これより模擬戦を始める。ルールは魔法はなし、殺しはなしだ。両者とも正々堂々闘うように」
「わかったぜ、いくぞカケル!! ってなめてんのかてめえ!!」
刃を潰した模擬刀を振りかざし威圧するガイル。並の男ならびびって動けなくなるほどの迫力だ。
「なぜ武器を持たない? ひょっとして格闘術の使い手なのか?」
「ガイルさん、俺からの提案なんですが、今から5分間、俺は一切手を出しません。好きに攻撃して下さい。もちろんスキルもご自由に。それぐらい俺と貴方には力の差があります」
カケルのあまりにも挑発的な提案に、訓練場がどよめく。
『いや、いくらなんでも無茶だろ……ガイルは近接攻撃なら、間違いなくこのギルドトップだ。あの兄ちゃん死ぬぞ』
当然、一番激昂したのは、当のガイルだ。
「てめえ……殺しはしねえが、五体満足でいられると思うなよ!!」
ガイルは近接攻撃特化のスキルを持っている。身体強化、剣術、脚力倍化、剛力の組み合わせから生まれる爆発的な破壊力は間違いなくA級並のものだ。
倍化された脚力で地面を蹴り、一気にカケルに接近する。
「悪く思うなよ! 俺をなめたお前が悪い!!」
刃が潰された模擬刀とはいえ、ガイルの怪力とスピードで振るわれれば、余裕で致命傷となる。訓練場に悲鳴が上がる――が……
「な、なんだと……なぜ傷一つない? そもそも、なぜ立っていられる?」
ガイルの一撃を身動き一つせずに身体で受け止めたカケルに一同唖然とする。
「ぼーっとしてていいのか? 早く攻撃しないと5分経つぞ」
カケルが容赦無くガイルを挑発する。
「う、うるせえ! だったらとっておきを見せてやる――」
ガイルの身体が淡く光り、スキルが発動する。
『ラッシュを記憶しました』
ラッシュのスキル効果により、目にも止まらぬ速さでガイルの連続攻撃がカケルに炸裂する。攻撃が当たるたびに鈍い打撃音が訓練場に響くが、カケルにダメージが入った様子はない。
「ハァ、ハァ……ちくしょう、どうなってやがる」
折れてしまった模擬刀を投げ捨て、今度は殴る蹴るを繰り返す――そして
「残念でしたね。5分経ちましたよ」
無情にもカケルの死刑宣告が下された。




