西端の街フィステリア
ハーピィと云えば、様々な神話に登場する醜い女の顔と身体をもった怪鳥だ。老婆として描かれている絵をみたことがあり、ファンタジーの作品のイメージとの違いに苦しんだ記憶が生々しく残っている。
この世界のハーピィが、どんな姿をしているのか分からないが、どうかファンタジー寄りであって欲しいと心から願う。
「……これが、今回の依頼よ。依頼主は、フィステリアの冒険者ギルド。どうやら向うの戦力では解決が難しい案件のようね。推定A級の依頼だけど、カケル様たちなら問題ないわ。ギルドマスターの許可も貰ってるから安心してね」
クラウディアがきらっきらの受付嬢スマイルで依頼内容を説明してくれる。眼鏡越しにこっそりウインクをしてくるのがたまらなく可愛い。
現在俺たち黒の死神のパーティランクはB級だ。リーダーの俺とサブリーダーのクロエがB級なので、このランクとなっている。ルール上、ギルドが認めれば、一つ上のランクA級までは受けることができるのだ。
「カケルくん、頑張ってね!! 今回は一緒に行けないのが残念だけど」
「おみやげにハーピィの卵頼むぜ。あれ、めっちゃ美味いんだよ」
カタリナさんと、セシリアさんが見送りに来てくれた。
今回はウサネコのみんなとは別行動だ。報酬があまり高くないからね。
ちなみに、ハーピィの卵は、1個金貨1枚で売られているのを見た事がある。1個10万円の卵とか、まさに金の卵だ。
「御主兄様、フィステリアの街は、プリメーラ伯爵領の西端の街です。隣のバルバロス辺境伯領との交流もありますので、そこそこ栄えていますね。規模はプリメーラの半分ぐらいです」
メンバーの中で唯一フィステリアに行った事があるクロエが街の事を教えてくれる。
同じ領内といっても、プリメーラ領は東西に長く、フィステリアまでは馬車で3日はかかる距離だが、俺たちにはグリフォンのフリューゲルがいるから、多分今日中には着くだろう。
遠征するメンバーは、俺、クロエ、シルフィ、サラ、エヴァ、ソニアの6人だ。
正直、過剰戦力だと思うんだが、留守番させるメリットもないし、わざわざギルドが助けを求めてきた訳だから、油断は禁物だ。
「準備も出来たことだし、出発しようか!」
全員が乗り込み、フリューゲルが大きく羽ばたくと、あっという間にプリメーラが小さくなってゆく。
***
「おい、アリサ! ハーピィの件、プリメーラに助けを求めたってどういう事だよ!!」
「私も詳しくは知らないのよ。ギルドマスターの判断だから」
先程から喚いているのは冒険者のガイル。最近B級に上がったばかりの期待の若手だ。フィステリアにはA級冒険者が現在いないため、将来性も含め実質的なエース級といっても良い。
体格や才能にも恵まれてるし、他の若手にも好かれてるから、悪い人じゃないんだけど、早くランクアップしたせいで、ちょっと自信過剰なところがあるのよね。
「俺は納得出来ねえ! ギルドマスターに会わせろ、アリサ!」
「……わかりました。聞いてきますので、ちょっと待っていて下さい」
ウンザリした様子で席を外すアリサ。その背中を見送るガイルに声がかかる。
「まぁまぁ、そんなにカリカリすんなよガイル。お前の強さはみんな知ってるが、お前のパーティ遠距離攻撃が無いだろ? それでどうやってハーピィを倒すんだよ」
「ぐっ、確かにそうだけどよ! アンタは悔しく無いのかよ、クルスさん。この街一番の冒険者はアンタじゃないのか?」
「悔しくないわけじゃないが、人には向き不向きってもんがある。それを知ることも冒険者として大事なことだぞ。それに、早くこの件が解決しないと、他の冒険者だけでなく、街の人々の生活にも影響が出始めるんだ。すでに一部の食料品は、かなり値上がりしているらしいぞ」
「ちっ、だったらなおのこと俺たちが解決して――」
「ガイルさん、ギルドマスターが会うそうです。クルスさんも一緒に来てください」
「俺もか? わかった。ほらいくぞ、ガイル」
***
「ギルドマスター、ガイルさんとクルスさんをお連れしました」
「おお、ご苦労、アリサ、下がっていいぞ」
アリサが頭を下げて、受付に戻ってゆく。
「クルス、ガイル、今、プリメーラから魔水晶経由で連絡が入った。どうやらプリメーラ最強クラスのパーティがうちに来てくれることになったようだ」
「プリメーラ最強っていうと、あの悪名高いウサネコのどちらかですか?」
過去になにかあったのか、クルスが嫌そうな顔で尋ねる。
「いや、黒の死神っていう最近できたばかりのパーティらしいぞ。詳しいことはわからないが、あの白銀の悪魔がサブリーダーって話だ」
「うわぁ……あの白銀の悪魔がいるパーティとか、ヤバそうだな。あの子、おっかなかったもんな、なあ、ガイル?」
「えっ、お、おう……」
(マジか……クロエが来るのかよ。このチャンス絶対譲れねえ!!)
輝くような銀髪に、宝石のような青い瞳。特に視線で人を殺せそうなあの冷たい目に一目惚れしてしまったのだ。強くなって、クロエに逢いにプリメーラへ行くことが、ガイルの密かな目標だった。
「ギルドマスター! プリメーラからなら、あと3日はかかんだろ? だったら俺にその依頼やらせてくれよ!」
「ダメだ、ガイル、彼らは今日この街へ到着するらしいからな」
「は? 意味わかんねえよ、どうやってここまで来るっていうんだ?」
「さあな? とにかく、お前たち2人には、彼らの案内役をやって欲しいんだ。ちゃんと報酬も出す」
「わかった。報酬が出るなら俺は構わないよ。その死神とやらに興味もあるしな」
「……くそっ、わかったよ、ただし、俺のやり方でやらせてもらうからな!!」
「そうか、二人とも引き受けてくれて助かる。くれぐれも面倒ごとを起こすんじゃないぞ」
部屋に慌ただしい足音が響き渡る。
3人が振り返るのと同時に、勢いよく扉が開き、青い顔をしたアリサが駆け込んできた。
「大変です!! ギルドマスター、街に巨大なグリフォンが接近中とのことです。住民はすでに避難を始めていますが、この街の騎士団ではおそらく……」
「なんだと……なんでこんなところにグリフォンが? くそ、確かに騎士団に太刀打ちできる相手じゃないな。よし、俺も出る。クルス、ガイル、いけるか?」
「マジか……グリフォンなんて見たこともないぞ。確かAランク上位の化け物だったな。死んだかも俺」
「Aランクだかなんだか知らないが、俺の前に立ちふさがる奴はすべてぶっ倒してやる!」
「ガイル……勇ましいのは素晴らしいが、まともにいったら死ぬぞ? 数で囲んで少しずつ削るしかない」
***
「遠距離攻撃できる奴は集まってくれ、弓でも構わない」
騒然となるギルドだが、さすがは歴戦の冒険者たち。すぐに決死隊が組まれ、作戦が立案されていく。
勝ち目は薄いが、座して死を待つなど冒険者の矜持が許さない。自分たちが戦わなければ、街は誰が守るというのだ。
「みんな聞いてくれ、幸いなことに、今日この街にプリメーラ最強格のパーティが来ることになっている。なんとしても、それまで時間を稼ぐんだ!!」
ギルドマスターの言葉に冒険者たちの顔色が少し明るくなる。倒せといわれれば無理だが、時間を稼ぐだけならできるかもしれない。
「あの……そのプリメーラからやってくるパーティって、何て名前なんです?」
「たしか、黒の死神って名前だったな。それがどうかしたのか?」
「すいません……それ、俺たちです。ついでにグリフォンに乗ってきたのも俺たちです。なんかごめんなさい」
「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」
なんかギルド中が盛り上がってたんですごく入りづらかったんだけど……街も大混乱になってたし。どうしよう……帰りたくなってきた。




