57 ソニアの想い
(お風呂楽しかったですね……)
ソニアは、湯上りに窓辺で夜景を眺めながら、先ほどみんなで一緒に入ったお風呂のことを思い出していた。
魔人帝国では、風呂に入るという習慣がないので、とても新鮮な経験でした。最初裸になると知って焦りましたが、今さら自分だけ入らないといいだすこともできませんし、でも思い切って良かったと思います。
困ったのは、みなさんとってもお綺麗で、アリーセ殿下に負けないほどの美人揃いだということ。私もそれなりに自信があったのですが……あの中で主様に見てもらうのは相当大変だと理解させられました。でも、さすがは主様です。お風呂場では、全員をしっかり時間をかけて平等に見ておられましたから。私も主様に見てもらえて嬉しかったです。
それにしても、お風呂って不思議です。一緒に入ると、なんだか一気に距離が縮まった気がするんですよね。魔人帝国でも、お風呂文化があれば、もっと仲良くできるのでしょうか? いつか、アリーセ殿下に提案してみようと思います。
思えば、主様は不思議な方です。聞けば異世界から来た英雄様なのだとか。数々の不思議な力をお持ちで、まだこの世界に来て1週間足らずなのに、あんなにたくさんの女性に愛されているとか意味がわかりません。まあ……そういう私もその一人なんですけどね。
でも、主様に会って直ぐに、この方は信頼できるって何故か思えたんです。他のみなさんもきっとそう。だって、主様が一言紹介しただけで、仲間としてあっさり受け入れてしまうんですよ。現在進行形で、この大陸を侵略、蹂躙している敵国の人間であり、魔人族のこの私のことを。心から主様を信頼していないと出来ないことですよね。
そういえば、主様にはご迷惑をお掛けしてしまいました。私が主様のローブをもらったせいで、主様がみなさまに贈り物をするはめに……。ごめんなさい主様、でも後悔はしていません。この主様の匂いを感じられる逸品。まるで主様に優しく包まれているような安心感がたまらないのです。クロエ様には申し訳ありませんが、お譲りする気は一切ありません。誤解のないように言っておきますが、私は匂いフェチではありません。主様フェチなのです。
いつか 魔人帝国に戻った時、私はどうするのでしょうか。いえ……どうしたいのでしょうか。アリーセ殿下への親愛と忠誠は変わらないけれど、主様とも一緒にいたい。でも私の体は一つしかない。命は無駄にたくさんあるというのに……。そうだ! アリーセ殿下と主様が一緒になれば良いではないですか! そうすれば、私もお二人と一緒にいることができます。我ながら素晴らしい考えですね。ふふふ。今夜はとっても良く眠れそうです。
――――魔人帝国――――
『っ! なんでしょうか……今の悪寒は?』
『どうしました? アリーセ殿下』
『いえ、何でもないのです。なんだか自分の知らないところで勝手に決められているようなそんな気がしただけです』
『……ずいぶん具体的なんですね……』
***
「うーん、よく寝たな」
気持ちの良い朝の目覚めだ。昨夜は混浴のせいで悶々としてしまい、寝付けそうになかったので、魔法の寝袋を使わせてもらった。実はこの寝袋、目覚まし機能も付いていて、指定した時刻に自然に目が覚めるように設定できる。当然、音もでないので、周囲に迷惑もかからないという優れものだ。すげえぜミコトさん。
俺の両脇には、いつの間にかセレスティーナとサクラがくっついて寝息を立てている。うおっ、いつも甲冑越しのことが多いから、この軟らかい感触は新鮮かつ脳を溶かすほど魅惑的だ。くっ、このまま起きたくなくなってきた。起きなくていい理由を探すが、約束までもう時間がない。なんで俺はもう少し早めに目覚ましをセットしなかったのか? ああ、過去に戻れるスキルが欲しいと心から思う。
冷静になって周りを見てみれば、全員寝袋の中で寝ている。昨晩はなにやら女性陣が夜遅くまで仲良く話していたようで、誰も起きてくる気配はない。ならばこのまま寝かせておいてあげよう。どうせ、メイドさんたちが起こしにくるだろうし。
クロエが俺専属メイドだというのにも関わらず、すやすや寝息を立てているが、その設定にツッコミを入れるほど野暮ではない。妹メイドのかわいい寝顔を守るのも、御主兄様のつとめだからな。
今日は、午前中フリアとフリオに街を案内してもらい、午後は、シルフィとサラと一緒にお買い物デートをする予定だ。
セレスティーナとサクラは騎士団の仕事で、ソニアとエヴァは、クラウディアの案内で街へ遊びにいくらしい。ミヅハには、地底湖の様子を見に行ってもらうつもりだ。
軽く朝食をとり、フリアとフリオを連れて屋敷を出る。
「カケルさん! どこか行きたいところはありますか?」
フリアは一緒にお出かけできるのが嬉しいのだろう。にっこにこの笑顔で話しかけてくる。
「そうだな……神殿にいってみたいかな」
「神殿ですか? あ、そういえば異世界の勇者は、女神イリゼさまがお選びになっているとか。もしかして、カケルさんも、女神さまをご存知なんですか?」
兄のフリオが目をキラキラさせて聞いてくる。
「いや、直接お会いしたことはないけど、知ってることは知ってる(死神通信の登録リストにあるし、ミコトさんの親友らしいからな)」
「すごい!! 女神さまをご存知なんて! やはり女神さまは、私たちを見守ってくれているんですね。だってカケルさんを私たちの世界へ送ってくださったのですから」
ごめんな、フリア。俺は全然関係ないんだ……でも、イリゼ様はきっと見守ってくれてると思うぞ。たぶん。
神殿は、第二街区にある。地図で場所は把握しているけれど、実際に行くのは初めてだ。
第二街区は貴族街であり、神殿や騎士団の本部、訓練場、アルフレイド様の住むプリメーラ城などがある。街の中枢でもあり、神殿関係者や騎士団相手の店も多く、神殿に参拝する人々向けの商品も充実している。
道を歩いていると、騎士団の人たちからよく声をかけられる。そういえばだいぶ騎士団にも知り合いが増えたな。俺が名前を呼んで応えると、みんな大抵びっくりする。まさか名前まで憶えられているとは普通思わないよな。
神殿は、その名のとおり、まるでパルテノン神殿を彷彿とさせる白亜の神殿だった。でも……手水場があるし、さい銭箱もある。参拝方法も、二礼二拍手一礼で、基本的に神社と変わらないんだよな。ありがたいことだけど、違和感はやはり拭えないよね。
神殿には、巨大な女神像があり、みな、女神像に向かって熱心に祈りを捧げている。
俺とフリアたちも賽銭箱に銀貨を入れて、女神様に祈りを捧げた。
思えば、願うことが一気に増えた。クロエたちのこと、街の人たちのこと、祈ることが沢山あって、とても自分のことまで回らない。でもそれって、俺にとっての大切なものが増えたってことなんだよな。
気が付くと何もない真っ白な部屋にいた。
あれ、これって……もしかして
『やっと会えたわね? カケルくん』
 




