53 エスペランサ奪還戦 完結編
『ヴァルス様、人間のやつら思ったより手ごわいみたいで、少し押され気味のようです。どうしますか?』
『ほう……思ったよりやりますね。でも、問題ないです。予定通り撤退して、奴らを砦におびき寄せてください』
(ククク、どれほど強かろうが関係ないのですよ、砦に入ったら最後……ドカン、です!)
『……ん? どうしました、返事をしなさい! この無礼者が!!』
命令に対して返事が無かったため、ヴァルスが魔人を怒鳴りつける、が、目の前にいた魔人の身体が、上下真っ二つになって崩れ落ちた。
『ッ!? 何事だっ!! 誰かいないのですか?』
周りを見渡すが、すでに立っているのは自分だけだということに気づく。
(敵の暗殺者ですか……この私が気づかないとは……隠密系の上級スキル持ちでしょうか?)
だが、脅威はそれだけではない、ヴァルスの額を嫌な汗が流れ落ちる。
貴族種ではないとはいえ、魔人の命は複数ある。それなのに、倒れた魔人たちが復活する気配はない。つまり……一撃で絶命しているということだ。
(どんなからくりかわかりませんが、これは不味い……非常に不味いですね)
貴族種であるヴァルスは、10の命を持つゆえに、これまで死の恐怖というものを、本当の意味で味わったことなどないのだ。初めて感じる感覚に、冷や汗が流れ、体が知らず震える。
今、この瞬間に殺されても不思議はない。ヴァルスの判断は早かった。
『わ、わかりました、降参です、降伏しますから、命だけは助けてください!』
ヴァルスは、声を震わせながら、命乞いする。むろん本心からのものではない。
(ふ、ふふ、早く姿を現せ。私の前に出てきた瞬間にソニアの呪印で爆死させてやります……私も死にますが、こちらは復活できますからね。強くても所詮下等な人間。ゴミス様の保険のおかげで助かりました……)
爆破のキーワードは私の名前で設定されている。普通に名乗る分には怪しまれることはない。
「……お前がこの砦の指揮官か? ゴミス伯爵はどうした?」
『ッ!?』
突然背後からあらわれた黒髪の青年に声をかけられて、腰が抜けるほど驚くヴァルス。
『き、貴様、いや、貴方様が人族のリーダーでしょうか? はじめまして、私の名前は―― 【ヴァルス!!】』
ククク、もう遅い、全てを破壊する破滅のワードが唱えられた。さあ、死ぬがいい人間!!
「そうか、ヴァルスね。俺はカケル。よろしく」
え……あれ、おかしいですね、なぜ爆発しないんですか? 発音ですか? それとも、もっと大きな声でないと駄目なのですか?
『ヴァルス!!』『ヴァルース!!』『ヴァールス!!』
必死で自分の名前を叫ぶヴァルス
『無駄です、ヴァルス男爵、呪印はすでに消えていますから』
カケルの後ろからゆっくりとソニアが姿を現す。
『き、貴様はソニア子爵!? なぜ生きているんです? 呪印が消えたですって?』
「――というわけだ、会って早々だけど、死ね!!」
カケルがデスサイズを振りかざす。
『くっ、ですが、私に武器は効きませんよ! 物理無効の特級スキルがありますからね。このスキルのおかげで、男爵ながら、ここまで上り詰めた――ぐはっ! ば、馬鹿な……ど、どうして』
ヴァルス男爵が喋り終える前にさっさと斬り捨てる。生命核を切断されたヴァルスは、呆気なく絶命した。
(……デスサイズの攻撃は、生命核のみを斬ったのであって、身体は斬ってない。だから物理無効は無効なんだよ。残念だったな)
「ヴァルス……色々な意味で危険な男だった……」
『主様? 私から見ると楽勝に見えたのですが……?』
「……ごめん、こっちの話だから気にしないで」
『物理無効を記憶しました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
ヴァルスの魂をデスサイズで吸収する。
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『レベルが上がりました』
『デスサイズのレベルが上がりました』
っ!? おおっ、ついにデスサイズのレベルが上がった。なにが変わったのか確認するのが楽しみだ。
外の魔物たちも、支配が解けて群れが崩壊し始めている。今後の事を考えれば、少しでも倒しておいた方が良いに決まっている。
「俺は外の魔物の掃討に向かうけど、ソニアはどうする?」
『私も一緒にお伴させていただきます。これでも、最年少で子爵まで上り詰めた天才と呼ばれているんですよ!』
「わかった、頼りにしてるよ。あ、あと俺の召喚魔人のヴァロノスと白毛のグリフォンは、仲間だから攻撃しないように頼む」
『わかりました。それってまさかヴァロノス男爵のことですか? あの人はっきり言ってクズですけど』
「ははは、確かにな。でも大丈夫だ、これからはトイレと下水掃除専門男爵としてこき使ってやるさ」
『ふふふ、なんですかそれ』
「あとな、これを着ておけ、ソニア」
予備のローブを渡す。事情を知らない味方が、魔人のソニアを攻撃しないように、顔を隠したほうがいいよな。
『ありがとうございます。ふふっ、主様の匂いがします』
「え、マジで? 悪い、臭かったか?」
『いいえ、とっても危険な香りがします』
「なにそれ!? やっぱり臭いんじゃ……」
ローブをくんかくんかするソニア。なんか恥ずかしいからやめて……
『……主様、もしよろしければ、このローブ私にいただけませんか?』
「別に構わないけど、そんな飾りっ気のないので良いのか? ローブくらい、もっとかわいいやつとか街で買ってやるぞ」
『ダメです! これが良いんです……』
大事そうにローブを抱きしめるソニア。まあ、本人が良いって言うならいいか。死神のローブって汚れないから、基本的に予備いらないんだけどね。また適当に街で買うか。
『では、現場まで転移しましょうか、さあ、主様どうぞ……』
両手を広げてこちらを向くソニア。くっ、言えない、すでに転移が使えるなんて言えるはずがない。だって彼女に恥をかかせるわけにはいかないではないか!ここは彼女の厚意をありがたく受けようではないか。迷うことなどない、男らしく遠慮なくくっつかせていただく。とても柔らかいです。なにがとはいわないけれど。
『ん……転移!』
魔物の大群のど真ん中に転移する。ソニアさん……もうちょっと、場所をだね、って考えてる暇はないよ! イテテテ……って痛くない? 物理無効さっそく大活躍!
よく考えたら、これはチャンス。よし、レベル上げ&スキルゲット&カッコいい召喚獣ゲットを目指して頑張りますか! いくぞ、デスサイズ!!
『咬みつきを記憶しました』
『引っ掻きを記憶しました』
『擬態を記憶しました』
『毒吐きを記憶しました』
『夜目を記憶しました』
『索敵を記憶しました』
数は多いけど、有用なスキルをもってる魔物はそうはいない。俺自身もう結構スキル持ってるしな。
召喚獣候補は、かっこよくて強くて乗り物に出来るのがいいよな。
一応、候補として、地竜と コカトリスをゲットした。
『地震を記憶しました』
『邪眼(石化)を記憶しました』
邪眼きたー!! やべえ、俺どんどん人間やめていってるぜ。ちなみにレベルは2しか上がらなかった。あんなに倒したのに……。
遠くからみんなが走ってくるのがみえる。戦いが終ったんだと、少しずつ実感が湧いてくる。
魔人帝国との戦いは始まったばかりだけど、ひとまず……みんなでプリメーラへ帰りますか!




