次会う時は世界を救う戦場で
「じゃあ、カトレアさんのところへ行くぞ、イソネ君」
「うえっ!? 今からですか?」
「今行かなくていつ行くというのだね? 一秒でも早く彼女を苦しみから解放して、みんなを悲しみから解放する。それが出来るのが俺だけなら、最優先に決まってるだろ?」
全てを救うなんてことは出来ないけれど、せめて関わった人たちぐらいは救いたい。俺の傲慢な思いだけどな。
「カケルくん……ありがとうございます!」
頭を下げるイソネ君。
「なんで君が頭を下げるんだ? カトレアさんとは、会ったこともないんだろう?」
「それは……カケルくんだってそうでしょう?」
「ふふっ、違いない」
***
転移と結界を駆使して、屋敷の人間に気付かれることがないように、カトレアさんの部屋へ向かう。
「……すでに誰かが部屋に居るな」
「ああ、多分、ゴッドフリートさまだと思います」
「……そうみたいだな」
そうか、旦那が一緒なら丁度良い。
「……誰だ!?」
さすがは騎士団長。背後に現れた俺たちにすぐに気付いたか。
「初めまして。異世界の英雄カケルです」
「さ、さっきぶりですね、ゴッドフリートさま、俺です、イソネです!」
イソネ君の言葉を聞いて警戒を解く騎士団長殿。
「イソネ殿……なのか? それから、英雄カケルさま……ですか? なぜここに?」
若干困惑の色を残しながら、疲れたように息を吐くゴッドフリートさん。
「あの、実はカケルくんがカトレアさんの病気を治せると言うので……勝手にすいません……」
「なっ!? それは本当か!!」
イソネ君の言葉に前のめりになる騎士団長。それはそうだろう。おそらくはありとあらゆる治療を試みて、それでも治すことが出来なかったんだ。どんな小さな希望にもすがりたくなるもなるだろう。
「本当ですよ、ゴッドフリートさん。これを飲ませればたちどころに奥様は治ることを保証します。ただし、俺のことはくれぐれも内密にお願いしますね? あと、クラーケンは倒したので、ご心配なく」
そう言ってから、神水を手渡す。
「クラーケンを倒したのか!? わ、わかった。このことは誰にも言わない。恩人の迷惑になるようなことはしないと誓おう。おお……こ、これで……カトレアが……?」
震える手で神水を受け取り、ほとんど仮死状態のカトレアさんに口移しで飲ませるゴッドフリートさん。すると全身が淡く輝きだし、ゆっくりとカトレアさんが目をひらいてゆく。
『さあ……行こうかイソネ君』
『へ? あ、ああ……はい!』
カトレアさんとゴッドフリートさんのすすり泣く声が遠くなり、俺たちは異空間へ戻る。
「カケルくん……本当にありがとうございました」
「だから、なんでイソネ君がお礼を言うんだ? ふふっ」
でも……本当に良かったな。誰かの役に立てることは本当に嬉しいよ。これはイソネ君に感謝だな。
「イソネ君……本当にありがとう」
「うえっ!? なんでカケルくんがお礼を言うんです? あははっ」
イソネ君は本当に気持ちのいい男だな。今は女だけど。悪意がかけらも感じられないからだろうな。ちょっとだけ柴犬っぽいかも。
「じゃあ、イソネ君、名残惜しいけど、次会う時は、邪神と対決する時だな」
「はい……覚悟は決めておきます」
「まあ、キタカゼたちを残すから、安心してくれ。何かあったら、遠慮なく言ってくれればいいから。今後については決めているのか?」
「はい、クラーケンもいなくなったことですし、船が動き出したら、予定通り王都へ向かおうと思います。ギルドマスターを送っていかなければいけませんしね」
「ギルドマスター? ああ、あの美人のエルフ……ティターニアさんだよな?」
「……カケルくん、一体俺たちのこと、どこまで知っているんですかね……」
「さあな? 聞かない方が幸せってこともあるんだぜ?」
全員分のすべてを知っていると言ったらドン引きされるだろうな……。
「……聞かないでおきます」
「うん、それが賢明だよ」
「あと、必要ないとは思うが、通信用の魔道具を渡しておくよ。それから、その指輪も指にはめておいてくれ」
「……これ、なんの指輪なんです?」
「チェンジのスキルの発動を抑える指輪だ。うっかりして使わないように、念のためだ」
「……信用無いんですね? わかりました。責任重大ですから、付けますよ」
仕方なさそうに指輪をはめるイソネ君。
「あ、まだ渡すものがあった!!」
「……まだ何か?」
「これを持っていくといい。サイズはちゃんとピッタリだから安心してくれ」
「……これって、女性ものの下着じゃないですか!? しかもめっちゃエロい……」
エロくしたのはミヅハの趣味だ。俺は知らんぞ。
「まあ、たまには女性の身体を満喫すればいいさ。どうせ数日間で終わるんだし」
「……そうですね。ありがとうございます。存分に楽しむ所存であります!!」
ふふふ、イソネ君も結構好きだからな。せいぜい楽しんでくれ。
『イソネさま、その身体、一応、元私のなんで、あまり変なことしないでくださいね!!』
そばで聞いていたデメテルが文句を言う。
「大丈夫ですよ、デメテルがやっていたことまでなら良いんですよね?」
『ふえっ!? 何を言って……あ!? まさか記憶!? いやああああああ!? 忘れなさい! 今すぐ!! 何ニヤニヤしてるのよ!! うわあああああ!!』
そうか、イソネ君のチェンジは、入れ替わったモノの記憶も手に入れることが出来るんだったな。おそるべきスキルの力だな。
「じゃあ、カケルくんも元気で!」
手を振りながら仲間の元へ戻っていったイソネ君。
「俺たちもそろそろ帰るか?」
『おまちください御主人様。私にもお情けをください』
デメテルが懇願してくるので、これは主として応えなければなるまい。
『カケルさま、デメテルは新人ですから、私の同席を許可してください。しっかりフォローさせていただきます』
ヒルデガルドの言うことに間違いはあるまい。同席を許可する。
「御主兄様、ウルナは無事クルミと合流できたようです。私も御主兄様と合流したいのですが……」
今回は、クロエが陰ながら頑張ってくれたからな。合流を許可する。
これはしばらく屋敷に戻れそうにないな。そう確信するカケルであった。