真の武人
「あ、あの……アミュレットさま? 本当によろしいのでしょうか?」
王女であるアミュレットの隣で居心地悪そうに座っている黒羊獣人のフェルト。
「ふふっ、どうしたの? 私たちは同じ方に嫁ぐかもしれないのだから。そうなれば、家族になるのですよ?」
一方のアミュレットは、元々使用人以下の扱いを受けてきたので、今更身分とか気にするようなタイプではないのだが、フェルトからすれば、恐縮してしまうのも仕方がないところだろう。
「ま、まあ、そうなんですけれど。急には無理ですからね?」
「そうだ、私、ずっとお友達が居なかったから、フェルトがお友達になってくれると嬉しいのだけれど……?」
姉たちにこき使われ続けてきたアミュレットにとって、友だちを作る時間もなかったし、後ろ盾のないアミュレットと付き合おうという奇特な貴族などいるはずもなかった。ゆえに友だちと呼べるものは皆無。
アミュレットにとっては、今が友だちを作る絶好のチャンスなのだ。目をキラキラさせる彼女の圧に負けたフェルトは、小さく息を吐き、仕方なさそうに笑う。
「私なんかでよろしければ喜んで」
「きゃあ!! フェルト~!!」
喜びのあまりフェルトに抱き着き押し倒してしまう。フェルトの羊毛が気持ちよくて、アミュレットは、スリスリと頬ずりを開始する。
「本当にフェルトの羊毛は気持ちが良いですね。このまま寝てしまいたくなります」
「たしかに見るからに極上の羊毛だな。アミュレット、悪いんだが、後で交代してくれないか?」
「「ふえっ!?」」
「ん?」
いつの間にか二人の前に現れた黒目黒髪の青年に魂まで凍り付く二人。
「え、えええええええええええ英雄さまああああああ!?」
「あわわわわわわ……あの、何時からいらしたのですか?」
「えっと、お友達になってくれると嬉しいって言っていたところかな」
陸に上がった魚のように口をパクパクさせているを見て微笑む英雄。
「初めまして、俺が異世界から来た英雄カケルだ。アミュレット、フェルト、これからよろしくな」
***
「―――という感じかな。他のみんなには、少しずつ紹介していくよ。みんな優しいから心配いらないぞ」
とりあえずは状況を簡単に説明する。緊張でガチガチだった二人も、ようやく硬さが取れてきたみたいだ。
「まさか、帝国がそんな状況になっていたなんて……」
驚愕に目を見開くアミュレット。可憐でか弱い見た目とは違って、強い意志と心を持った女性。辛い境遇にも負けず、自分を虐げてきた姉たちをゆるしてみせたとミヅハとヒルデガルドが絶賛していた。
実は、アミュレットの母親を殺すように仕向けた犯人は、ヒルデガルドの透視で判明している。
でも……やめた。彼女には伝えないことにする。せっかく前を向いて生きようとしている時に、必要だとは思えない。知ったからといって、母親が生き返るわけでもないしな。
きっと彼女は、それでも最終的に許そうと苦悩するだろう。それはあまりにも辛いこと。かといって、犯人に復讐したところで、彼女の心が穢されるだけだ。復讐からは何も生まれないのだから。
「ふえっ!? え、英雄さま……?」
だから今、俺にできることは抱きしめてやることぐらい。これまでの辛い思い全部忘れさせてやることぐらいだ。安心しろ、犯人は俺が必ず相応の報いを受けさせてやる。
復讐は何も生まないけれど、アミュレットの母親の無念は残るからな。
「大丈夫だ、何も心配いらない。俺は家族を絶対に守る」
「英雄さま……ありがとうございます……」
言葉にせずとも伝わるものは必ずある。アミュレットの涙が乾くまで、いつまでだってこうしてやるからな。
「さて、フェルト」
分裂して、今度はフェルトに向き合う。
「ふえっ!? え、英雄さまが二人!?」
「気にするな、ただ分裂しただけだよ。それよりも、帝国が連れて行った黒羊獣人たちだがな、全員無事解放したから、安心しろ。フェルトの家族も含めてな」
「ほ、本当ですか!! そうなんですね……良かった……諦めなくて本当に良かった……」
俺の胸に顔を埋めるフェルト。
「良かったな……フェルト」
静かに涙を流すフェルトのモフモフな羊毛を優しく撫でる。はあああ……癒される。癒さなければならないのに、癒されてしまう。
黒羊の黒執事。俺の夢が今、手の届くところで泣いている。
みんなありがとう……俺はいま、誰よりも幸せな気分だよ。
***
「初めまして、俺が異世界から来た英雄カケルだ。マクシミリア、ヴァレリア、これからよろしくな。俺が言うのも変な話かもしれないが、感謝している」
皇帝の妹であるマクシミリア、ヴァレリア。
皇妹でありながら、国民のためにレジスタンスに身を投じて戦い抜いた勇気ある姉妹だ。
彼女たちの決死の活動がなければ、帝国の侵攻はもっと早く進んでいたはずで、そうなれば救えなかった命はもっと膨大なものになっていた。
「何をおっしゃいますか。感謝しているのはこちらです。皆を代表して御礼申し上げる」
顔を赤らめながらも態度は崩さないマクシミリア。正に鋼の精神力!
自分で言うのもアレなんだが、この距離では、眷族を別にすれば、人間が耐えられる魅力ではない。現にヴァレリアは、すでに抱きついているからな。
「えへへ……英雄さま〜!」
「妹が大変な失礼を申し訳ありません」
太腿から血を流しながら謝罪するマクシミリア――――くっ、自ら短刀で突き刺し、俺の魅力に抗っていたのか……真の武人だな。
「構わない。出来れば、マクシミリアにも俺の前だけは我慢して欲しくはないんだ」
「し、しかし……ふえっ!? な、何をなさいますか!?」
たっぷりと神水で濡らした手のひらで、マクシミリアの太腿を優しく撫で回す。
「ふわあ……だ、駄目でしゅ!? 触っては駄目ええええええ!!」
「心配するな。これは治療だ。ほら、治ったぞ」
すっかり刺し傷も消えて元通りだ。
「あ、ありがとうございます!」
灰色の濡れた瞳が揺れている。懸命に葛藤しているのがいじらしくて愛らしい。
「マクシミリア、我慢しなくて良い。ここには俺たちしかいないんだ。したいようにすれば良い」
「…………!?」
――――ぽすっ――――
遠慮がちに俺の胸に顔を埋めるマクシミリアをそっと抱きしめる。
頭部の濃厚接触による情報伝達はもう少しあとにするかな……。
それよりもだ。
こうなると、ビザンティヌスは、義父であると同時に、義兄でもあるのか。
はぁ……またパパ兄様が増えてしまった。
もう訳がわからないよ!?
順調に増えてゆく嫁と、それ以上に複雑化の一途をたどる家族関係に、頭を抱えるカケルであった。