光と影
「アミュレット、いい? ちゃんと片付けておくのよ?」
「はい……ビアンカお姉さま」
「やめて!! 貴女にお姉さまとか呼ばれたくないわ」
「はい……ビアンカさま」
私の母は平民出身で、その美貌に惚れ込んだ王に半ば強引に側室にされたかわいそうな人でした。
おそらく、王の寵愛を一身に受けるお母さまが憎かったのでしょう。王妃さまや他の側室の方からの嫌がらせは日に日に増して行き、ついには若くして亡くなってしまいました。毒殺されたと噂するものもおりますが、今となっては、真相は闇の中です。
私は、母以外に頼るものも後ろ盾もありませんから、ほとんど異母姉さまたちの使用人以下の扱いを受けても何も言えません。今はただ、黙って耐える以外の選択肢が無いのです。
「ええ!? それは本当なの爺や」
お姉さまたちが興奮気味に大騒ぎしている。そっと聞き耳を立てていると、どうやら王宮に帝都から英雄さまの妹さまがいらしているらしい。しかもお嫁さん候補の選抜があるのだとか。
私には関係ない話だと思っていたら―――――
「はい、王宮の未婚の女性は全員謁見の間に集まるように厳命されております」
全員!? ということは、私にもチャンスがあるっていうこと?
もし、私が選ばれたら、この地獄のような生活を抜け出せるかもしれない。にわかに希望が芽生えてくる。一着しか持っていないとっておきのドレス。お母さまが残してくれた大切なドレスを着て行こう。
「……何してるの? 貴女は行く必要なんてないのよ?」
「で、ですが、ビアンカさま、全員集まるように厳命が出ております」
「ふん……そうだったわね。あら? そのドレス……ちょっと見せてくれない?」
「で、ですが、早く着替えないと……」
「いいから寄越しなさい!!」
――――ビリィィィッ――――
「あああああ!? わ、私のドレスが……ひどい……」
「あらあ、ごめんなさい。悪いけど他の着て行きなさい。私は先に行くわね。ふふっ」
私はいくら汚されても、殴られても構わない。でも……大切なお母さまのドレスは……ごめんなさいお母さま。
悔しくて悲しくて情けなくて涙が止まらない。破れたドレスを大切にしまい。使用人服に着替える。
そうだ。私には失うものなんて何もなかったじゃない。この方がよっぽど私らしいわ。
涙を拭い部屋を出る。髪もボサボサだし、お化粧だってしていない。服だって、継ぎ接ぎだらけ。
気にするものか。
お母さまは言っていたもの。
『アミュレット。いいですか、外見で判断するような人間にはなってはいけませんよ?』
私は誇り高いお母さまの娘。どれだけ虐げられても、泣き言ひとつ言わなかったお母さまの娘なんですから。
廊下を進むと、壁に寄りかかるように倒れているお婆さんがいる。見るからに苦しそうだけど、人々は、みな迷惑そうに一瞥するだけで誰もお婆さんに声をかけようともしない。
「大丈夫ですか、お婆さん。どこか休めるところに連れて行きましょうね」
お婆さんは驚いたように目を見開く。
『ありがとう。貴女だけですよ、声をかけてくれたのは。気持ちだけで十分です。さあ、早く謁見の間へいってくださいな』
「いいえ、私はもう良いのです。それよりも早く横になれるところへ―――あれ?」
気が付くと、お婆さんの姿は消えていて、私はいつの間にかドレス姿になっていた。
ウソ……これ……お母さんのドレス……?
破れていたはずのドレスは綺麗に元通りになっている。
――――頑張りなさい――――
ふと、そんな声が聞こえたような気がした。
……ありがとうございます。私、行ってきますね。
***
「あああああ!? 履けない、何で履けないのよ?」
謁見の間に到着すると、大騒ぎしているビアンカ姉さまたちの姿が目に飛び込んでくる。
どうやら、英雄の妹君さまに文句を言おうとしたらしいが、さすがに衛兵たちに下がらされてしまう。
『……これで全員ですか?』
妹君がそう言って立ち上がりかける。とんでもなく綺麗な姿に見惚れてしまうが、そんな場合じゃない。
「待ってください!! 私が、私がおります!!」
ビアンカ姉さまたちが驚きに目を見開いているが、もう気にしない。
『ごめんなさいね。では、どうぞ?』
妹君が一瞬、優しく微笑んだような気がした。
意を決して魔法の靴に足を入れると、まるで靴の方が迎え入れてくれたみたいに、何の抵抗もなく、するりと足が収まった。
『アミュレット。おめでとうございます、合格ですよ』
交錯する歓声と悲鳴。この瞬間、私の人生が本当の意味で始まったんだと思う。
「あの……アミュレット? 今までごめんなさい。どうかお許しください……」
青い顔して謝りに来たビアンカ姉さまたち。
正直今更何言っているのかという気持ちもある。でも――――
「ビアンカ姉さま、落ち着いたら、ゆっくりお茶でもしましょう」
「アミュレット……貴女……ごめんなさい……ありがとう……」
私は姉さまたちが一生懸命、精一杯生きているのを知っている。王侯貴族社会の闇も苦しみもみな知っている。だから、彼女たちを恨んではいない。ただ悲しい生き方だと思っているだけなのです。
英雄さまとはどんなお方なのでしょうね。
私は魔物と戦う力はありませんけれど、弱い人たちの気持ちはよくわかります。
英雄さまがどんなに明るい光でも、必ず影はできるでしょう。私はそんな影になった人々を助けて行こうと思うのですよ。