46 セバスチャン
「なあ、旦那様、ヴァロノスから情報を取らなくて良かったのか?」
フリューゲルに乗り、眼下に広がる草原を眺めながら、セレスティーナが尋ねる。
「ああ、そのことか。大丈夫だ、ヴァロノスは、俺の召喚獣、いや、召喚魔人にするから。セレスティーナには嫌な思いをさせてしまうが」
「いや、嫌な事など何も無い。それより、旦那様は、魔物以外も契約出来るのか?」
「俺のスキルレベルが上がったから、出来るようになったんだ。セレスティーナのおかげだよ」
「だ、旦那様……そ、それで、この後はどうするんだ?」
「ヴァロノスから情報を聞き出してからになるけど、出来れば、エスペランサを取り戻したいと思ってる。後、ヴァロノスは、罰として、当分の間、街のトイレと下水道の掃除でもやらせよう。少しは世のため人のために働いてもらわないとな」
「ははは! さすが旦那様。それは良いな、気位の高い奴が、掃除している姿を想像するだけで、胸がスカッとするな」
……本当に旦那様には驚かされてばかりだ。グリフォンに乗ってきたのにも驚いたが、神水という霊薬もすごい。部位欠損を治せる薬なんて聞いた事も無いし、魔法で治せるとしたら、聖女様ぐらいか。
「ん? どうしたのだ、旦那様。そんな顔して?」
ふと、顔を上げると、旦那様が少し淋しそうな表情をしている。
「いや、すっかりいつものセレスティーナに戻ったなと思ってな」
「ば、馬鹿! お、怒ります……よ」
「で、でも……滅多に二人きりなんて無いですから……このまま……くっついていて良いですか?」
「あ、ああ、もちろんだ! セレスティーナ。しっかり掴まってろよ!」
「はい、旦那様!」
『……主、もう到着するんだが?』
「フリューゲル……そこはさり気なく遠回りするとか空気読もうぜ? このKYグリフォンめっ、そんなんじゃ、いつまでたっても、セバスになれないぞ?」
『セバス? それはなんだ、主よ』
「従者の極みに上り詰めた者に与えられる称号だ。主が何を求めているのか、常に考え、準備をするんだ。言われてから動くのは、二流……いや、三流だぞ」
『そ、そんな……すまぬ主よ、私はセバスを目指すぞ!』
「うむ、精進するが良い」
(……知らなかった……それでは、アルフレイド殿は最高峰の執事を持っていたのだな。言われてみれば、確かに異常なほど優秀だったな……)
「ハクション!」
「珍しいな、セバス、風邪か?」
「いえ……どうやらセレス騎士団長様が、私の噂をしたようで」
「なに、セレス殿が? そんなことがわかるのか?」
「はい、執事であれば当然でございます」
「そ、そうか……(怖いな執事って)」
「アルフレイド様、新手でございます」
「お、おう、総員、我に続け!!」
***
――――エスペランサ砦――――
『なに? ヴァロノス男爵が出陣しただと?
あの馬鹿、功を焦ったか……まぁ良い、万一にもしくじるような状況でもないか。まだ我々の存在を知られるのは早いのだからな』
『伯爵様、私が様子を見て参りましょう』
『おお、ヴァルス男爵か、頼んだぞ』
『はっ、いって参ります』
***
「セレスティーナ様!、よくぞご無事で……」
「サクラも良くやってくれたな……」
再会を喜び、抱き合う二人。
「はい、王子様が助けてくれたんです!」
「王子様? 誰なんだそれは? 私からも礼を言わねば……」
(やばい、逃げよう……)
「誰って、隣に……あ、王子様! どこ行くんですか!」
「「「「……お、王子様……?」」」」
「お前ら、そんなに笑うなよ! だから嫌だったんだ……」
「そうですよ! 私にとって、カケル様は永遠の王子様です……はぁ……格好良かった……貴方のことをこの命に代えても守るって抱きしめてくれて……」
「……旦那様?」
「……御主兄様?」
「い、いや、そんなこと言ってないし、そもそも触ってもいないんだが……こんなことなら抱きしめておけば良かった……いや、何でも無い」
「それにしても、サクラさんは、異世界人じゃないんだな。最初、黒髪でサクラなんて名前だったから、てっきり……」
「はい、私は桜様の血を受け継ぐ先祖がえりです。王子様とお揃いの黒髪で嬉しいです! それより……サクラさんなんてやめてください。サクラって呼んで欲しいです、王子様!」
「サクラ……お前、なんか性格変わり過ぎじゃないか? それに私だってスキルを使えば黒髪に……」
「ふふ、焼きもちですか? セレスティーナ様、もしそうなら、きっと王子様のせいですね!」
サクラが、じっとこちらを見つめてくる。なに? なんか近いんだけど……
「王子様……どうぞ」
「え? どうぞってなにを……?」
「さっき、こんなことなら抱きしめておけば良かった って言ったじゃないですか~、だ・か・ら、どうぞ私を抱きしめてください!」
「い、いやあれは冗談と言うか、言葉の綾と言うか……」
「旦那様、自身の発言には責任を取ってもらわないと」
「御主兄様、男らしくありません」
きみたち……ほんとに抱きしめちゃうよ? いいの?
「ほら、王子様、ぎゅーってしてください!」
「……わかった。ぎゅーっ」
「きゃー、素敵です。もっと強くお願いします!」
(何これ……ここ、一応戦場なんだけど……)
『おい……あれ、本当にサクラ隊長だよな?』
『ひょっとして、魔物と入れ替わってるんじゃ……』
『お前ら、現実を見ろ。あれがプリメーラで噂の猛獣使いの実力だ』
『レオン副隊長、奴を知っているんですか?』
『ああ、報告は聞いている。信じられないが、あれを見てしまえば、信じるしかない……ん、どうした?』
『う、後ろ……』
『うん? 後ろ? げっ、白銀の悪魔!』
『ぎゃああああああ』
「……なあ、サクラ、お前の部下が酷い目にあってるけど良いのか?」
「えーっ、自業自得なので良いのです。だからもう少しこのままで……んふふ」
「駄目だ、サクラ、そろそろ交代しろ!」
「いいじゃないですか。セレスティーナ様は、ここに来るまでずっと二人きりだったんですから」
「ぐぬぬ……」
『……駄目だ。主が何を求めているのか、カオス過ぎてわからない……』
ひとり苦悩するフリューゲルの姿があった。




