扉の向こうは別世界?
王宮には、英雄さまのお屋敷へと繋がる『ゲート』なるものがあるらしい。
なんでも、空間魔法と時空魔法を使い、遠く離れた場所をつなげてしまうそうなのだが、そもそもの話、どちらの魔法も超が付くレアな属性魔法なので、まるでピンと来ない。
集まったメンバ-は、当然全員知っている。アルカリーゼの中枢を担う人材ばかりだ。
でも……人数多くない!?
多い理由はすぐにわかった。どいつもこいつも、みんなご令嬢を連れている。なんて浅ましい。自分のことは全力で棚上げして内心憤る。
聞けば、今回の国際会議、他国との交流パーティーやお見合い企画が盛りだくさんらしく、みなさまあわよくば英雄さまとのご縁、そうでなくとも、他国の有力者との関係を強化したいのだろう。
たしかにこんな機会滅多にないのだから仕方ないのかもしれない。
参加メンバーは、全員謁見の間に集められて、誓約の魔道具に署名する。国家の一番重要な秘密に触れるのだから、これは当然のことだろう。
国王陛下に謁見するのは初めてのことだが、まるで遊びにでも行くのかと勘違いするほど、ウキウキされているのがよくわかる。
そういえば、一人娘のノスタルジア殿下と溺愛されている姪のミヤビ様は、お二人とも英雄さまの妻としてお屋敷にいらっしゃるんでしたね。きっと会えるのを楽しみにしておられるのでしょう。
そして、もちろん私も全力の本気で臨む。
自慢の栗色の髪をお気に入りの髪留めでまとめる。作りこみはしない。あくまで自然な感じに。
英雄さまのことは、事前に可能な限り調べつくした。その結果、どうやらあまり華美なものはお好きでないと判断した。他の令嬢たちは愚かにも華やかに着飾っているが、英雄さまの奥様方は、世界の美姫たちが揃っているのだ。同じ土俵で戦っても勝ち目はない。
さらに信頼のおける筋からの情報――――これはバドルのギルドマスターで英雄さまの妻でもあるリリスさまが王都のギルドにいらっしゃった時に、本人から聞いたことなので間違いない――――によると、私は英雄さまの妹の転生者でプリメーラ支部の受付嬢アリサに容姿が似ているらしい。ふふふ、普通なら女として見てもらえにくくなるはずで、残念な情報ではあるが、アリサは妹でありながら英雄さまの妻だ。
どうやら異世界人は妹好きという学説は信ぴょう性があるようだ。
そして、衣装だが、あえてドレスをやめて受付嬢の制服にした。
過去の伝記や資料によると異世界人……特に英雄は、制服に異常な拘りを持つものが多いらしく、情報を分析する範囲では、英雄カケルさまも間違いなく制服好きだと思われる。
他の女性がドレスの中であえてギルドの制服。ふふっ、目立つ、いやがおうにも目立つ。それにね、ほとんど知られていないけれど、ギルドの制服って、実は異世界の英雄の好みに合わせて作られた経緯がある。これなら、英雄さまの目をくぎ付けに出来るはず。
勝算はある。実は、英雄さまの婚約者の中で、正統派冒険者ギルド受付嬢は、いまのところアリサしかいない。クラウディアさまは、王女だから別枠、アリサは妹だから除外する。
英雄とギルド受付嬢は鉄板にも関わらず、未だ空席なのは、もはや私のためだとしか思えない。ふふっ、会ってみなければ、なんて考えていたけれど、私ってば、完全に本気になっているのかもしれない。
『ゲート』は、本当に一見するとただの扉だ。信じていないわけではないが、私を含めて、皆、半信半疑なのが伝わってくる。
「さあ、行こう、プリメーラへ、英雄の屋敷へ!」
陛下がそう宣言されて、自らゆっくりと扉を開く。王宮内なのに、扉の先から光が差し込んでくる。
「……何これ」
そこに広がっていた光景に、全員が息をのむ。
きれいに刈り揃えられた芝生の青さ。咲き乱れる花、一糸乱れぬ完璧な礼で迎えてくれる百人を超える見目麗しいメイドたち。
そして……それらのメイドをまとめているのが、この世のものとは思えないほどの美の化身。
そのすべてを見通すかのような冷たくも見惚れてしまうような金色の眼差しで私たちを一瞥すると、その神がお作りになったかのような造形に眩しいほどの微笑みを浮かべながら口を開く。
『ようこそおいでくださいました。私がワタノハラ家英雄カケルさま専用メイド長のヒルデガルドです』
いやあ、びっくりした。あんな綺麗な人みたことない。同じ女性なのに顔赤くなっちゃったし。
それにしても、すごいところだ。私は鑑定が使えるからわかるけれど、どれもこれも、値段が付けられないほどの逸品ばかり。ついでにその辺で寝そべっている角ウサギの強さたるや、完全に災害クラスである。
部屋に案内されたあと、国際会議が終わる前に会場を把握するつもりだったけど……どんだけ広いのよここ!! 下手すると迷子になるレベル。はあ……この調子じゃ先が思いやられる。
「あら……その制服、そう……貴女が『世界一の受付嬢』リストルテね?」
背後から声をかけられ振り返ると、同じくギルド受付嬢の制服を身にまとった美女が立っていた。
輝くようなプラチナブロンドの髪をなびかせ、その理知的ですべてを見通すかのような瞳は、さきほどのヒルデガルドに少し似ているような気がする。
そして……私はその女性を知っている。会うのは初めてだが、冒険者ギルドの人間で知らないものはいない。大国アストレアにおいて『叡智』の二つ名で称される元『世界一の受付嬢』
「はじめまして、貴女が『叡智』フランソワーズね?」