婚約者たちのお茶会
堅苦しい会議……いや、結構和気あいあいとした会議ではあったけど、それも終われば、あとは基本パーティーが続くことになる。
俺が社交場へ出ると面倒なことになるので、基本屋敷の厨房にこもって料理を作り続けている。
もちろん我が屋敷には、天才料理人アランや、調理スキル持ちの優秀なメイドさんやシェフも多くいるので、すべてを一人でやるわけではないが、おもてなしの料理は、やはり自分の手で作りたい。
特に昨日入手した新鮮な牛乳を使った特製シチューや、デザートなどは、まだ他人に任せることは出来ないのだ。
「英雄さま、これを運べばいいんですか?」
ちいさなモフモフたちが、たずねてくる。猫獣人のモモ、ココ、ソラ、ルナたちには、デザートの配膳を頼んでいる。今後、各国に猫獣人の甘味店を展開するための布石。ちゃっかり宣伝も兼ねているのだ。
「おお、忙しいのに手伝ってもらって悪いな。運ぶ前に食べてみな。美味しいぞ」
「いいの~!? うわあ……美味しそう。白いプリンなんて初めて……」
最高品質の絞りたて牛乳を使った牛乳プリンだ。ほっぺたが落ちるほど美味いんだぜ。
「…………」
あれ……? 反応が無い? もしかして牛乳苦手だったか!?
「うえっ……う……うう……ふえーん!!」
ぽろぽろ大粒の涙を零す子猫獣人たち。あわわわ……どうしよう。
「モモお姉ちゃん……美味しいよお……」
「うんうん……美味しいねココ……」
良かった……泣くほど美味しかったのか。それなら作って良かったよ。
「ほ、ほら、お前たちいつまでも泣いてんじゃねえよ! お客さんが待ってるんだからな!」
そういうソラも涙と鼻水でひどい有様だ。
「ありがとな、ソラ。でも大丈夫だ。ここは時空魔法の影響で時間がほとんど経過しないから。それに、他にも食べてもらいたいメニューがたくさんあるんだ。ゆっくり食べて良いんだぞ」
提供する側が本気で美味しいと思えてこそ相手に伝わるものもあるのだ。
嬉しそうに食べる猫獣人たちを見ていると、本当に癒されるよ。
さてと、残りの分も作ってしまおうかな。
***
『……大変です。カケルさまが皇帝になりました……』
遠くから会議の様子を透視していたヒルデガルドが、思わずつぶやく。
さしもの彼女も、驚きを隠せない。警備の際、透視していたのに気付けなかったのは、彼女が透視スキルの条件を悪意に関するものに限定していたからだ。強力なスキルではあるが、特に多人数に使用する際には決して万能ではない。
「は? 何それ、先輩が皇帝になったら、私は皇后勇者美琴になるんだよね? うーん微妙……」
考えることがカケルと同レベルの美琴。
「さすがは御主兄様です! 何の不思議もないですね」
第一の忠犬……いや忠狼であるクロエの姿勢がブレることはない。大抵のことはさすがで片が付く。
「まあ……全ての国の王女や皇女と婚姻関係があるんだから、当然と言えば当然よね」
「まあね……実質世界を支配しているようなものだし」
シルフィとサラもいまさらだよね、というスタンスだ。
「じゃが、ダーリンの知名度や重圧はこれまでとは桁違いになってくる。我らが支えてやらねば……」
エヴァの言葉に、力強く頷く婚約者たち。
皆、カケルの真面目さを知っているだけに、きっと必要以上に背負い込む姿を想像してしまうのだ。
「あ、でも……そうなるとこれまで以上にお見合い話が舞い込んできますね……」
メイド長のアイシャが苦い顔をする。
「な、何!? 私の騎士ってば、そんなに見合い話来てるの? こんなにお嫁さんいるのに?」
「逆ですリーゼロッテさま。たくさんいるならもう一人ぐらい……と考える人が多いのです。毎日10件はくるので、私たちが適当にお断りしているんですよ」
「でも、アイシャ、勝手に断ったりしていいの?」
「そうしないと、カケルさまのことだから、よし、全員面倒見るとか言い出しかねませんからね!」
たしかにその通りだと納得するリーゼロッテと婚約者たち。
「カケルさまは、冒険者ギルド内でもすさまじい人気がありますからね……」
「そうそう、私なんかお兄ちゃんの妹っていうだけで大変なんだから……」
クラウディアとアリサが疲れたように笑う。
「それなら、冒険者たちからの人気も負けてないわよ?」
「ええ、さすが冒険者たちは貪欲さが違うなって思います」
「ああ……確かにうっとおしいぐらい来るな……」
カタリナ、ソフィア、セシリアの冒険者組も苦笑いだ。
「皆さま……甘いですよ? 神殿関係者はもっと怖いです。なんせ、世界中にネットワークがありますからね。世界各地で、神官たちが手ぐすね引いて待ってますよ?」
そうだった。神殿関係者は、辺鄙な村でさえいるのだ。逃げ場などない。
「ふふっ、どうやら私たちが防ぐしかないわね。みんな頼むわよ!」
リリスが最後に話をまとめる。
「「「「「おお~!!」」」」 「ええ~!?」
「美琴……」
「美琴さま?」
「勇者さま……」
ひとりだけ空気が読めない美琴に、婚約者たちは生暖かい視線を送る。
「ミレイヌさま~!!」
モモたち、小さな猫獣人たちが、カケルの手作りデザートと新作料理を運んでくる。
「ご苦労さま。偉かったわね、モモ、ココ、ソラ、ルナ」
ミレイヌが子猫たちの頭を撫でる。
「えへへ……早くお召し上がりください。ってカケルさまが言ってたよ」
「ふふっ、そうね、ではみなさん、お茶の時間にしましょうか!」
身分も国も、種族や年齢も全く違う、カケルがいなければ一生接点がなかったであろう婚約者たちの豪華なお茶会が、いま始まるのであった。