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囚われの獣人


『王さま~!! お待ちしておりました!!』


 満面の笑みで迎えてくれるのは、ハーピィクイーンのソヨカゼ。ライトブルーの髪と瞳が美しいお気に入りのハーピィだ。え? お気に入りじゃないハーピィはいるのかって? 居るわけないだろう。ふふふ。



「連日の調査、御苦労さま。ここにいるのがソヨカゼで良かったよ」


 ハーピィたちは皆優秀なのだが、クセの強い者が多い。素直で真面目なソヨカゼであれば波風も立たないだろう、そよ風だけに。 


『…………』


 ヒルデガルドさん!? なんでそんな苦虫を噛み潰したような表情しているの? 悪かった、俺が悪かったからお願いだから笑って!!?


 時々思うが、どうやら異世界ジョークはあまりウケないようだ。仕方ないね、異世界だし。




『うふふふ、トラキアに居た私の勝利ですね。王さまにお越しいただけるなんてラッキーです』


 甘えるように胸板に顔を埋めるソヨカゼ。甘い香りがそよ風に乗って、俺の鼻腔をくすぐる。



「なあソヨカゼ」

『はい、王さま』


「ずっと潜入調査でなまっているだろう? 久しぶりに修行付けてやろう」

『はっ!? ま、まさか……今噂でもちきりの異空間ですね? そうなんですね!!』


 ……どこの平行世界で噂になっているんだろうね?


『はい、お願いします。もうめっちゃなまっていますから、一から鍛え直してください!!』


 ぐっと握りこぶしを作るソヨカゼ。かわいいかわいい。



「他に志願者はいるか? 今回の訓練はガチだ。ついてこれないものは置いてゆくから覚悟してくれ」


「何をいまさらです。当然参加します御主兄様」

『なるほど……これはガチですね。わかりました。参加します』


 専用メイドたちは安定の参加だな。ヒルデガルドさん、心の中見ないで!!


『くっ、これが直属パーティの訓練ですか。なるほど強くなる訳ですね。参加します黒影殿』


 カイ、大丈夫なのか? 三連続だぞ?


『この程度で音を上げていては、笑われてしまいます。参加します、黒影さま』


 いや、誰も笑ったりしないと思うよ!? エルゼも参加と。


『主様……主様……』


 いかん、ソニアが俺の過剰摂取でおかしくなっている。ここはショック療法だな。ソニアも参加と。



 ……結局、全員参加じゃないか!? おかしい。誰も止める奴がいない。


 

 だが安心して欲しい。異空間内は時間の経過がほとんどない。調査に影響はないのだ。むしろ巨悪に対して味方の戦力を向上させることが出来るわけで、まさに一石二鳥といえるだろう。



***



――――トラキア人身売買組織本部――――



「あう……あ……」


 日光が届かない暗くジメジメした地下牢で、いつもの拷問が始まる。


 もう日付や時間の感覚など、とうの昔に無くなっている。 


 それでも私が耐えられているのは、あの子の温もりが心に残っているから。あの子の幸せを願っているから。



「……チッ、今日もだんまりかよ。自白剤も効かないとかどうなっているんだ、この女」


 王女付き侍女は幼いころから各種毒物や薬物に対する特殊な訓練を受けている。特に私は生まれつき耐性があるから選ばれた。死んでも口を割ることはない。


 でも拷問が続くことには安堵を覚える。だってそれはあの子が、クルミがまだ捕まっていないという証だから。そのことが今の私の唯一の希望。


 ごめんなさい。最後まで守ってあげられなくて。お願い逃げて。どこか遠くまで。




 どうやらまた気を失っていたようだ。突然水を掛けられて意識が覚醒する。


「おい、起きろ!! へへへ、とうとう年貢の納め時だぜ? もう拷問はお終いだ。たく、手こずらせやがって……」


 一瞬、クルミが捕まったのかと背筋が凍りつきそうだったが、どうやらそうではないらしい。安堵していると男が口を開く。


「良かったな、組織に一人しかいない取り調べのプロが戻ってきたんだ。もう痛いのに我慢する必要はないぜ。なんたって、記憶を抜き取られて廃人になるんだからな」


 記憶を抜き取る!? もしそんなことが出来るのなら、もうどうしようもない。最悪だ。急速に心が冷えてゆくのがわかる。



――――ごめんなさい、もう駄目かもしれない―――― 



***



 取調室に男が入ってくる。例の取り調べのプロだろう。一見、華奢でごく一般的な容姿だが、経験上、こういう奴が一番危険だ。まとっている空気が普通ではない。



『…………この女がそうか?』

「は、はい、中々手強い奴で――――」

『言い訳は聞きたくない。お前たちはさっさと出ろ。音と光が届く範囲にいると巻き添えで廃人になるぞ?』


「ひ、ひぃっ!? すいません!!」


 青い顔をして地下牢から逃げ出す男共。



『……最後に聞こう。クルミを知っているな?』 


 この瞬間を待っていた。質問をする瞬間、人は必ずスキが出来る。


 全身のバネを総動員して壁に頭から突っ込む。頭が砕ければ、記憶は取れないはず。今の私が出来る唯一の選択肢、せめてもの抵抗だ。



――――さようならクルミ―――― 



――――ガシッ!―――― 



 見た目にそぐわない万力のような豪腕に抑え込まれてしまう。


『無駄なことはやめろ。死体からでも記憶は抜けるんだぞ?』 


 馬鹿な……あの位置であのタイミング。あり得ない……しかも死体からでも取れる?


 万策つきた……ごめんなさい……クルミ。




***



『……終わったぞ。あの女はもう廃人だから逃げ出すことはないが、まだ使い途がある。念の為、牢屋に入れておけ』


「はっ、はい、御苦労様でした!!」


 慌てて、先程まで女だった肉塊を運び出す男たち。


 取調室に再び静寂が戻ってゆく。




***



「う……こ、ここは?」 


 気が付くと、目もくらむほどの明るく真っ白な部屋。


「私は…死んだの?」 


 であれば、ここは死後の世界なのだろうか……?




「目が覚めましたか? ウルナ」

「く、クルミッ!?」

 

 思わず叫んでしまって後悔するが手遅れだ。


 でも仕方ない。だってそこには、クルミそっくりの輝くような銀髪と蒼い瞳の美少女が、微笑みながら立っていたのだから。


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i566029
(作/秋の桜子さま)
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