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涙まじりは幸せの味


「……私から牛乳を出すことが出来たなら合格にしてあげますよ」


 お母さまから言われて仕方なく条件を出したけれど、これは断るための口実に過ぎない。


「ちょっと、サクヤ……それは……条件にはならないでしょう?」


 まあ、お母さまはそう言うでしょうね。ごめんなさい。お母さまを悲しませようと思ったわけではないけれど、条件にならないのは本当だ。


 

 だって私は、生まれつき牛乳が出ない身体なんだから。


 そのことを知った時のショックは今も鮮明に憶えている。最初は少し遅れているだけだと思った。でも成人しても一向にその兆候が出ないのはおかしいと、お医者さまに診てもらった結果、生まれつき牛乳が出せない身体なんだとわかってしまった。


 なんだか存在を否定されているような気持になった。手先が不器用な猫獣人、力が弱い熊獣人、鼻が利かない狼獣人、そして牛乳が出せない牛獣人の私。


 唯一の取り柄が無いのに、存在価値はあるのだろうか? 悩みぬいた私だったが、幸いお母さまと同じように、私には搾乳師の才能があった。おかげでなんとか生計を立てることができている。けれど――――


 結局、他の牛獣人の存在がなければ、私は役立たずのまま。私自身が生み出すものなど何も無いのだ。


 私を一番苦しめる存在に頼らなければ生きて行けない苦しみを、きっと一生背負って生きるのだろう。辛い、仕事が楽しくない。そんなんじゃ駄目だとわかっていても、劣等感と羨望する感情から逃れられない。


 だから……フリーランスを選んだ。辛くなったらいつでも逃げ出せるように。自分のペースで働けるように。


 でも……なんでだろう。断る口実だって思ってたのに。なんで私は期待しているんだろう?



「シボレーさん、大丈夫。俺が何とかして見せる」


 なんでそんなふうに言えるの? そんな自信満々に言われたら期待しちゃうじゃない。


「安心しろ、だって俺は英雄なんだから。ぜんぶまとめて救ってやるから信じて任せろ」


 

 ああ、温かくて優しい手の感触。英雄さまが触れた部分が気持ち良い。言葉にできない何かが私の中を駆け巡っている。わからないけどわかる。見えないけれどちゃんとわかる。私の身体が生まれ変わったのがわかる。


 私が初めて出した牛乳は、英雄さまが全部受け止めてくださった。


 ありがとう……そして、ごめんなさい。きっと私の牛乳は、涙が混ざって苦かったでしょうから。



「サクヤ、どうだろう? 牛乳も出たし、俺の屋敷へ来てくれないか?」

「……雇用条件は、私が希望を出しても良いということでしたよね?」

「ああ、もちろんだ。給与面以外でも極力要望は叶えよう」


 ふふっ、英雄さま、そんなこと言ってもいいんですか? 


「わかりました。私を英雄さまのお嫁さんにすること。それが希望です。以上」


 ここまでしてくれたんですから、最後まで責任とってくださいね?



***



「というわけで、これから専属搾乳師になってくれることになったお嫁さんのサクヤだ。みんなよろしく頼む」


「相変わらず展開早いね……先輩」


 そうだな。一瞬でも目を離すと、お嫁さんが増えてるからな。俺もびっくりだよ。


「あわわわ……あのサクヤさんが私たちの搾乳をしてくださるんですか?」

「い、今から緊張してきたわね……」


 ミクルとミクの姉妹も緊張を隠せない。どうやらサクヤの名は、牛獣人の間では有名らしいな。


「みなさま、サクヤです。新参者ですが、よろしくお願いします。あ、得意技は――――」


 慌ててサクヤの口をふさぐ。豊胸マッサージが得意とか知られたら、貴重なまな板率が下がってしまうかもしれない。それだけは避けなければ……

 

『カケルさま、ご安心ください。今さらそんなことを頼むのは、リッタくらいのものです』


 ヒルデガルドよ、すごーく嬉しいし、安心したんだけど、恥ずかしいから皆の前で口に出すのはやめて!? 



***



「御主兄様、例の件ですが……」


 サクヤたちを無事屋敷に送り届けた後、俺たちはここアルゴノートでやり残した仕事に着手する。


 一つは、先ほど捕らえた人身売買組織の支部の殲滅と調査。


 もう一つは、先日からクロエが独自に調べていたクルミちゃんの件だ。


 クルミちゃんは、例のチェンジスキルを持つイソネくんのところにいる銀狼族の少女なのだが、王族であるクロエとの共通点の多さ、執拗に狙われていたという過去があって、クロエがアルゴノートとの関係を調べてくれていたのだ。


 さらには、先日キタカゼから、そのクルミちゃんの世話係だった行方不明のウルナという黒狼族の女性を探してほしいという連絡も入っている。こちらについても、各種ギルド、神殿のネットワークをフルに使って、鋭意捜索中だが、中々情報が出てこない。


 もし彼女がどこかで生きて生活しているのなら、これは不自然だ。つまり、どこかで捕まっているか、すでに死んでいるかのどちらかということになる。


 そして、クルミちゃんに関してだが、今回分かったことがいくつかある。


「そうよ……おそらくクルミちゃんは、私の妹の子ども。遠くトラキアに嫁いだクルアの娘です」


 クルルさまによると、同じ名前、年齢、容姿などからほぼ間違いないだろうと思われる。また、クルアさまと一緒にトラキアに行った侍女の中に、ウルナという女性がいたこともわかった。


「だいぶ前に、クルミが生まれたことを知らせる手紙が届いて以来、連絡はないのです。遠い国ですので、便りがないことが逆に平穏に暮らしている証だと思っていたのですが……」


 その後、何度か手紙は出したそうだが、代筆による事務的な返信が届いたという。多忙を極めているとか、体調がすぐれないだの、もっともらしい理由をつけられてしまえば、確認する術などない。


「トラキアは、イソネくんたちがいるコーナン王国の西にある国だよな?」


 アルゴノートとトラキアの間には3つの国があり、国交もほとんどない。王家の婚姻による関わりがすべてといってもよい。


 状況次第だが、嫌な予感がする。どうやらトラキアへ行く必要がありそうだ。


 静かに決意を固めるカケルであった。 


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i566029
(作/秋の桜子さま)
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