セシリアと想い出のネコ
「というわけで、皆さんを雇いたいと思うんだけど――――」
結果としては、お願いするまでもなく、全員俺に雇われることを了承してくれた。ククク、これで毎日新鮮な牛乳が手に入る……
「そういえば、英雄さまのところには、搾乳師はいるんですか?」
ミクルがその豊満なミルクタンクを揺らしながらたずねてくる。
搾乳師だと……!? なんだその素敵職業は? 場合によっては、英雄を廃業することも検討しなければならなくなってくる。
「先輩!? どうしよう、勇者を廃業しなくちゃならないかな?」
ふふっ、同志美琴……お前もか。これは、勇者と英雄が同時にいなくなるという世界の危機発生。
「いや、搾乳師はいないが、必要なものなのか?」
すると、牛獣人たちがざわつき始める。マズい、不用意な発言だったようだ。個人的には、刹那に搾乳用の魔道具を作ってもらおうかと思っていたんだが、たしかに道具に頼るのは良くないな。牛獣人たちだって、気分が良いものではないだろう。
「牛獣人から牛乳を得るには、直接飲むか、搾乳師に頼むかの二択ですからね。食用に利用されるのでしたら、必要不可欠だと思いますよ?」
若干幼いが、姉に負けないポテンシャルを持ったミクが教えてくれる。
ミクの頭部に生えた短い二本の角は、十二分に牛感を醸し出していて大変素晴らしい。特にミクとミクルの姉妹は黒髪ということもあり、日本人が牛コスをしているみたいで何やら背徳感がある。
ちなみに角は敏感らしいので、勝手に触ると大変なことになるので注意が必要らしい。駄目と言われると触りたくなるのが男心。今度お願いしてみようかな。
「そうか、それじゃあ搾乳師も探さないと。ミルルさん、どこに行けば会えますかね?」
「そうね……搾乳師の絶対数が少ないから、王都へでも行かないと中々見つからないんじゃないかしら?」
ミクたちの母親であるミルルさんだけでなく、他の牛獣人たちにも聞いてみたが、やはり手掛かりはない。かなりレアな人々だということだ。
「御主兄様、搾乳師をお探しでしたらお任せください。王宮に勤めるものがおりますので、聞いてみましょう」
そうだった。ここには、この国の王女さまがいるんだった。クロエはもはや妹メイドの印象が強いからな。
「貴方様、先ほど捕らえた罪人たちを引き渡す必要もあるし、いずれにしても王都へは行く必要はありそうよ?」
シルフィの言う通りだな。とりあえず王都へ行ってみるとするか。だが、その前にやるべきことが残っている。
「牛獣人のみんな、この辺でモフキャットを見たことないかな?」
***
ふう……良かった。このまま王都へ向かうのかと思って焦ったぜ。
さすがカケルっち、愛してる。
どうやら、牛獣人たちの話だと、確実にこの辺りにモフキャットがいるみたいだ。寝ている間に牛乳を飲まれた被害がそれなりに多い。半分ぐらいはボディーガードの仕業っぽいけどな。
とにかくせっかくここまで来たんだ。絶対にモフキャットを捕まえて帰る。カタリナみたいに、私だってネコで寝たいんだよ!!
***
私が冒険者になったばかりの頃、一時期、子ネコを飼っていたことがある。
どうやら親はいないらしく、ボロボロに汚れてやせっぽちだった子ネコの姿が妙に自分の境遇と重なって、気付けば毎日エサをやるようになっていた。私だって食べるのがやっとだったけど、だからこそ放っておけなかったんだ。
私はその子ネコにモフラって名前を付けた。だってすっげえモフモフしていたからな。汚れを落としてみたらあんまり毛並みが綺麗だったから驚いたっけ。
モフラは他の奴には絶対に懐かなかったけど、私にだけは甘えてくれた。毎晩一緒に寝るようになってからは、モフモフしたモフラ無しでは眠れなくなっちまうほどにな。
一年ほどたったある日、あの事件が起きた。モフラはネコじゃなくて魔物だから、処分するって言うんだ。たしかにモフラはぐんぐん大きくなって、すでに当時の私よりも大きくなっていたから、おかしいとは思っていたけどさ。
でも、人を襲ったりしないし、私の言うことはちゃんと理解できる賢い子だったから、大丈夫だって訴えたんだけど駄目だった。
このままだとモフラが殺されてしまう。私は街を出て逃げようと決めた。モフラと一緒に暮らせる場所がきっとどこかにあるはずだから。魔物でも、従魔の首輪を付けていれば暮らせる街や国も多いと冒険者仲間が教えてくれた。
そう思っていたのに……翌朝モフラは姿を消していた。
賢いあの子のことだから、きっと私に迷惑がかかることを理解して、自ら姿を消したのだろう。
本当に馬鹿な子……迷惑だなんて、これぽっちも思っていなかったのにな。
後でわかったんだが、処分するとか言っていたのは、領主の馬鹿息子が、モフラが高く売れることを知って、難癖つけて取り上げようとしていただけだったんだ。
結局、私はその馬鹿息子をぶん殴って、街を出る羽目になってしまった。せっかくモフラが気を利かせてくれたんだけど、どうしても我慢出来なかったんだ。ごめんなモフラ。
それ以来、私はネコを見かけるたびにあの子を思い出してしまう。ネコをモフっている時、あの子と寝ていた日々を思い出して優しい気持ちになれるんだ。
だから私はネコが大好きなんだ。賢くて優しいモフラが大好きなんだ。
お前がいなくなってから、私は熟睡出来なくなってしまった。
今でも夢に見るんだ。モフモフのお前を抱きしめる夢を。
ちゃんと夢だとわかっているけど、嬉しくて泣いてしまう。夢だとわかっているから、悲しくて泣いてしまうんだ。
そんなとき、泣きながら目覚めると、たいていカタリナか、カケルっちが隣にいるんだけどな。