本の世界へ 前編
「えええええ!? 本の中に入れるってマジか!?」
プールでたっぷり遊んだあと、図書館内にある喫茶店のような場所でくつろいでいる。
「ふふん。本の大妖精にとってそんなことは基本のキだよ? 私ぐらいになると、多少内容に干渉することすら可能でね」
自慢げに薄い胸を張るリブラさま。スク水だと身体のラインが出るので危険ですよ?
「すごい、面白そうだよ。ねえ先輩、ちょっと入ってみようよ?」
美琴が目を輝かせているが、危険はないのだろうか? 出られなくなったらしゃれにならない。
「大丈夫、ほっといても最後のページまで行けば出られるし、本の中で死ななければ危険はないよ?」
それはつまり、最後まで行かないと出られないし、本の中で死んだら本当に死ぬってことなんじゃ? ジト目でリブラさまを見つめる。
「ははは、英雄さまともあろう人がずいぶん心配性なんだね。大丈夫、私がいる限り、万が一などあり得ないから!」
若干いやかなり不安はあるが、何事も経験だ。渋々承諾する。
「問題はどの本の世界に入るかだけど……」
「だ、旦那様、それならぜひこの本の中に……」
鼻息荒くセレスティーナが差し出してきた本は、『クラスメイトがモテすぎな件』という危険な香りのするタイトル。どうやらこの世界のベストセラーらしく、異世界を舞台にした作品らしい。
「あら、セレスティーナさまもそれですか?」
ノスタルジアをはじめ、他のメンバーも大半がこの本を持ってきた。ちょっと待て、なんで同じ本がこんなにあるんだよ?
「それはですね、すごい人気だからですよ。すぐに閲覧中、もしくは貸し出し中になってしまうので、大量に揃えてあります」
リリカの言う通り、人気なのだろう。満場一致で、この本の世界に入ることが決まってしまった。
「入る前に、注意点。自分ではどの登場人物になるかは決められない。配役は自動的に一番近しいものになるから。例えば、男が女性の登場人物になることは無い。適当な者が登場しない本の場合は、単なる傍観者になるからね。ストーリーは変わらないけど、名前だけは変更されるよ」
リブラが様々な注意点を話してくれる。ストーリーを知らない俺や美琴でも、中に入った時に理解できるようになっているらしいので、心配はいらないそうだ。あと、ストーリーの改変はできない。結末を変えたりすると、本の中から出られなくなることがあるので、絶対にしては駄目だと念押しされた。
「ふふふ、これは絶好のチャンス到来。俺がモテ役になる確率は2分の1」
おおっ、いつになくベルトナーが燃えている。確かに男は二人だけだから、そうなのかもしれない。だがそうなると、ベルトナーがモテるのを、俺は見ているだけになるのか? くっ、なんか嫌だな。
「安心しろベルトナー、万一にもそれはない」
満面の笑みで酷いことをいうセレスティーナ。
「……あんたのそのめげないところは褒めてあげるわ」
「おおっ、美琴たんがデレ――――ひでぶっ!?」
さあ、ベルトナーが死なないうちに、行こう、本の世界へ!!
「――――で、どうやって本の中に入るんだ?」
「ふふっふ、みてて――――」
リブラさまが本を投げると、ぐんぐん大きくなって行く……いや、違う、俺たちが小さくなっているんだ。勝手に本が開いて、ページが白く輝やきだす。
「さあ、準備はできたよ。本の世界を楽しんでね」
おおっ……本の世界も興味深いが、下から見上げるリブラさまが実にエロい。くっ、このまま足を伝って登頂したいが、今回は断念せざるをえないか。
みんな次々と輝くページの中へと消えてゆく。全員が入っていったのを確認してから、最後に本の中に飛び込んだ。
***
「駆、早く起きなさい、朝ごはん出来てるわよ?」
優しいヒルデガルド母さんの声で目を覚ます。毎朝起こされるのが楽しみで仕方がない。母さんはハーフで女優顔負けの美女だ。スタイルも抜群で、友人たちからもいつも羨ましがられている。
「ふふっ、駆ったら、まだ寝ぼけてるの? はい、目覚めのキス。黒江もはやく起きなさい」
母さんは濃厚な目覚めのキスをすると、妹の黒江にも声をかける。
「……うにゅう……あと5分……」
全裸で俺に抱き着いて寝ているのは妹の黒江。兄である俺から見てもとんでもない美少女で、学校でもファンクラブがいくつもあるほどだ。ただし、極度のブラコンで、お兄さまと結婚するんだと周囲に公言している困ったやつでもある。
寂しがり屋で、高校生になった今も、一緒にお風呂に入るし、いつの間にか布団に忍び込んでくる。
「それじゃあ行ってきます!」
「行ってらっしゃい、二人とも気を付けてね」
行ってらっしゃいのキスをして家を出る俺と黒江。
「おはよう駆、黒江ちゃん」
声をかけてきたのは、隣に住んでいる幼馴染の美琴。ここだけの話だが、実は現役の超人気アイドルでもある。普段は、周囲にばれないように、メガネをかけ、髪形も変えているので、今のところ学校で知っているのは、俺と黒江だけだ。
もはや当たり前のように腕を組んでくるが、柔らかいふくらみが当たっているのが少々恥ずかしい。
「むー、美琴ちゃんお兄さまにくっ付きすぎですよ?」
対抗心を燃やす黒江が反対側から腕を組んでくる。美琴に比べるとやや小ぶりな印象だが、これはこれで悪くない。
とまあこんな感じで、毎朝俺は学校へと向かうのだ。
***
「大海原くん、ここは神聖な学び舎ですよ? 腕を組んで登校するなと何度注意すればわかるんですか!! 後で風紀委員室へ来てくださいね!!」
校門で検査をしていた風紀委員長の亜梨江須にジト目でにらまれる。
「ごめんごめん」
「もうっ!! 本当に反省しているんですか?」
ぷくっっと頬を膨らませる委員長だが、風紀委員室では別人のように甘えてくることを俺は知っているからちっとも怖くない。耳元で「後でな」とささやくと、耳まで真っ赤になって震えている。
「おーい、駆、おはよう。く、黒江ちゃんもおはよう、今日も可愛いね!」
後ろから息を切らせながら走ってきたのは親友の辺留都名だ。悪い奴じゃないんだが、なぜか黒江からは嫌われている。返事どころか顔すら合わせない徹底ぶりだ。
「おはよう都名……相変わらず酷い寝癖だな……?」
朝が弱い都名のことだから顔を洗うひまもなく走ってきたのだろう。顔は悪くないのに実に残念な奴だ。
黒江は学年が違うし、美琴とは別のクラスだ。げた箱で別れ、都名と二人で教室へと向かった。