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禁書庫の妖精


 たっぷり英気を養った俺たちは、いよいよ最下層へ向かう。



「なんか、雰囲気違いますね……」 

「ああ、ダンジョン感ゼロだな」


 最下層へと続く階段は、これまでとは違って、ピカピカに磨かれた半透明の素材で塗り固められている。素材については、あえて語るまい。


「駆さん、この半透明の素材、一体何で出来ているんですかね、綺麗……」

「ヨツバ、これはな、妖精によって浄化された魔力の残滓だ。寒天みたいに、栄養はないけど、ゼリーみたいに食べると、体内をデトックスしてくれるみたいだぞ」

 

 本当に言い方って大事だよね。同じことでも、印象変わっちゃうから。


「ほえ~、妖精ってエコなんですね。後でリリカにも聞いてみよう!」

「……止めておけ、妖精に聞くのはタブーらしいからな」

「そ、そうなんだ……」


 これは念のためリリカに口裏合わせをしておいた方が良さそうだ。



***



『おや? 最下層にお客様とは珍しいですね。何年ぶりでしょうか……』


 最下層フロアに降り立つと、しわがれて疲れ切った男の声が聞こえる。


 見れば、背は低いけれど、がっしりとした体格の老人が、作業の手を止めて、こちらを物珍しそうに眺めている。 


 どうやら例の素材を使って、壁の補修作業をしているようだ。


「仕事中に申し訳ない。俺はカケル。妖精王の依頼でリブラさまに会いに来たのだが、どちらにいらっしゃるだろうか?」   


 老人の立場は分からないが、敵意などは感じない。おそらくリブラさまの身の回りの雑用をしているのではなかろうか。


「おおっ、リブラさまならあの部屋にいらっしゃるよ。あと、部屋の張り紙は無視して構いませんからね」


 老人の指さす方を見ると、一つだけ張り紙がしてある部屋がある。


「ありがとう、早速行ってみるよ」


 歩き出した俺たちの背中の方から声が聞こえる。


「あまり大きな声では言えないけれど、なんとかリブラさまを連れだしておくれ。もういい加減うんざりなんだ」


 しわだらけの顔をくしゃりと歪めて笑う老人。聞けば、もう何百年もここで雑用をしているらしい。本気で同情してしまうよな。やるだけやってみると、手を振り、部屋に向かう。




 ――――読書中入るな――――



 部屋の扉には、でかでかと張り紙がある。うーん、これは入りづらい。


 だが、老人の言葉を信じるならば、というより、他に選択肢がない。ここまで来た以上、入らないという訳にはいかない。


 言い訳ではないが、そもそも、この図書館はリブラさまの私有物でもなければ、家でもないのだ。文句を言われる筋合いではない。


「よし、入るか」

「駆さん、本当に大丈夫ですか? 怖いんですけど」


 怯えるヨツバが、回した腕にぎゅっと力を込める。


 ふふっ、そんな可愛い婚約者に決め台詞だ。


「安心しろ、お前がいる場所が世界で一番安全な場所だろ?」


 ありったけのさわやかスマイルで……背負っているから笑顔は見せられないが、雰囲気は伝わるだろう。


「……うん、確かにそうだった。えへへ……」


 すっかり緊張感がなくなったヨツバが、ゴロゴロとネコのように喉を鳴らす。


 さあ、いよいよリブラさまとご対面だな。どうやら無事生きていたみたいで、それだけは良かったけど。



 ――――ガチャ――――


 鍵はかかっていない。まあ結界が張られているから、入ってくるものはいないだろうし、あの老人も、たまには掃除などで入るだろうからな。


 室内は十分明るく、読書するのになんら支障はなさそうだ。気温や湿度も安定しており、おそらく魔道具によって維持管理されているのだと思われる。また、各書架には、状態保存の効果が確認できるので、これも魔道具だろう。


 年代がわからないので何とも言えないが、少なくとも刹那が関わっていてもおかしくないレベルの施設だと思う。 



 そして、部屋の奥には本が積み上げられており、その中心に彼女はいた。


 文字通り積み上げられた本の山に囲まれており、リリカが見たら羨ましがるだろう光景だ。


 読書中と張ってあったが、現在本は読んでおらず、一糸まとわぬ全裸で、見事なまな板を自らマッサージしている最中であった。うむ、タイミング最悪。無論、俺にとっては最高のタイミングであるのは言うまでもないが。


 ああ……なんということだ、ばっちりリブラさまと目が合ってしまった。大きく目を見開いて固まっているうちに出直すとするか。



――――ガチャ――――

 


 一旦部屋を出ると、中から悲鳴が聞こえてきた。リブラさまは、もしかして恐竜の妖精なのかな?



――――ガチャ――――


 しばらくすると静かになったので、あらためて部屋に入り直す。


 彼女にも、服を着たり色々準備があるだろうからな。俺は気遣いの出来る男だ。無粋なまねはしたくない。



「初めまして、異世界から来た英雄カケルです。現妖精王フェリルの依頼により、リブラさま、貴方に会いにきました」


 ふふっ、こういうときは大人の対応だ。お互いに触れなければ無かったのと同じこと。全力でスルーするしかない。


「…………見たね?」


 絵に描いたような可愛らしいジト目で俺をにらむリブラさまは、アクアマリン色の長い髪と瞳の美しい幼女……いや、幼児体型と言ったほうがいいのか。アラフォーだし。


「はて……なんのことかさっぱりわかりませんね?」


 まったく、せっかく気をつかっているのに、なぜあえて傷口を広げるような真似を……あと、なんでまだ服着てないの? 時間あったよね!?


「まだしらを切るつもりだね……それなら……」


 くっ、速い!? いきなり襲いかかってくるリブラさまに不意を突かれる形で抱きつかれてしまう……全裸で。


 まさか無防備に飛び込んでくるとは思わなかったから油断した。


 おまけになんて力だ……まるで万力で締め付けられたかのように見動きが封じられている。


「…………駆さん?」


 なんだねヨツバさん? その生暖かいジト目をしているのが、そこはかとなく感じられる特徴的な声色は?



 先に言っておこう。誤解だ。抱きつかれたのは決してわざとではない。厳密にいえばまな板に見惚れていただけなんだ!! 


 だが、ぷにぷにの身体が柔らか過ぎて動きたくなかったのは本当だ。それは、ごめんなさい。

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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