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恋い焦がれていたみたい


 どうしよう。大変なことになってしまった。


 お父さまったら、いつも無茶ぶりするんだから。お客様を案内するとか無理だから!?


 

 あらためて案内するように言われた男性を確認する。うっ、か、格好良い……なんだこのイケメンは? しかも可愛い。敵だ……これは私の読書生活の敵ですね。平和で平穏な生活がピンチです。存亡の危機です。


 でも……メガネを握らせてくれたあの温かい手の感触がまだ残っている。逆さに掛けたメガネを直してくれた時にも少しだけ耳に触れた部分がどうしようもないほど熱を持っている。


 これには私のメガネグッジョブと言いたい。ご褒美にあとで綺麗に磨いて……駄目だ、そんなことをしたら彼の温もりまで拭き取ってしまう。くっ、一体どうしたら……。


 いやいや、だから惑わされるな、私は本さえあれば何もいらない。余計な事は考えない。そう決めたではないか。



「リリカ? どうしたんだ、そんなに見つめて?」


 はうっ!? しまった、いつの間にか見つめていたとは恐るべし。お父さまの魅了にぎりぎり耐えられないこの私を惑わすとは、この男一体何者なのか? 


 そういえば、何も聞いていないんだけど!? どういう風に接すればいいかわからないじゃない。まあ、お父さまとずいぶん親しそうだったし、禁書庫への入室許可が出るってことは、相当信用されているってこと。


 何より…………背中にお母さまを背負っているんですけど!? え? どういう状況!? 意味不明過ぎて怖いんですけど!?


「あ、あの……貴方は一体?」


 しまった、思わず聞いてしまった。すでに手遅れだが、かなり失礼なことをしてしまった自覚はある。あわわわ。


「ああ、ごめんな。俺はカケル。異世界から来た英雄だ。あらためてよろしくな、リリカ」

「…………私は、レーニャ」


 私の失礼な態度に気を悪くすることもなく、自己紹介をしてくれるカケルさん。うはっ、笑顔がまぶしい。この人は歩く放射性危険物。長時間接するのは危険だ。っていうかお母さまは知ってるから自己紹介いらないよ!?



 ん? 異世界? 英雄? カケル? 黒目黒髪? ちょっと待った。もしかしてこの人、()()()



 久しぶりに思い出した日本という懐かしい言葉に、この世界に生まれた時のことを思い出す。この不思議な異世界に転生した日のことを。




 私は、生後3カ月で本を読んだとかいう眉唾な話を親が自慢するほどの活字好きだった。


 小、中、高と、学校の図書室が私の居場所。言っておくが、友だちはいたよ。一緒に並んで本を読むだけだから、それを友だちと呼んで良いのかわからないが、少なくとも私はそう思っていた。


 基本友だちと話すことはない。図書室は私語厳禁の聖域なのだから当然だよね。


 高校からは、友だちとも別の学校になって、それでも私の生活は変わらなかった。


 友だちは趣味で書いていた小説が賞をとったらしく、一躍有名人になったが、恐ろしい話だ。私は読むだけで十分幸せ。


 ある日大きな地震があって、私は本棚の下敷きに。身動きできないところに運悪く火災まで発生して、結局私は死んだ。


 本に囲まれて死ぬなんて、実に私らしい最後だった。


 でも、その日の夜読もうと思っていた友だちの小説のことだけは、今でも悔いが残っている。


 最後の瞬間、私は強く願った。どうか生まれ変わっても本に囲まれた生活が送れますようにって。


 

 そのおかげかは、わからないけれど、私はこうして異世界に生まれ変わっても、本に囲まれた生活を送れている。ある意味最高の環境で。


 もちろん、最初は大変だった。言葉や文字も違うし、そもそも普通の人族ですらなかった。だって妖精族だよ? しかも王女さま。前世の記憶を持っていたことで、かえって辛いことはいくらでもあった。


 お父さまなんてリアルハーレムだしね。


 それでも、私にとって幸運だったのは、ここには膨大な書庫を備えた図書館があったこと。よくある異世界転生で本が貴重品で、とか、そもそも本がない! とか最悪の状況も覚悟していただけに本当についていた。


 でも不思議なのが、基本的に妖精って本をまったく読まないのに、なんでこんなに立派な図書館があるのかってこと。


 まあ理由なんてどうでもいいんだけど、どうやら海の向こうには、人族の暮らす大陸があって、お父さまやお母さまは、大陸の学院に留学していたらしい。私も留学をすすめられたけど、全力でパス。妄想するのは好きだけど、現実の学院生活とか耐えられない。今の生活が最高なのに、変える必要なんてないでしょ? コミュ力ゼロを舐めないでほしい。


 王宮の図書館はとにかくすごかった。ドーム1個分のスペースに、読書スペース、書庫スペース、さらに禁書庫が存在する。


 実は、禁書庫のスペースが一番広くて、その中でも階層が分かれている。禁書庫の最下層には、私もまだ行ったことが無い。特殊な結界が張られていて、入れないのだ。


 でも、初めて禁書庫に入った時は驚いたな。だって日本語で書かれた本や資料があったんだから。


 後で知ったんだけど、この世界には稀に異世界人っていうか日本人がやってくるらしい。まんまラノベの世界観かよって思ったけど、そういう人たちは、すごい力、いわゆるチートを持っていたりして、英雄や勇者として歴史に名を残している。


 数十年に一度程度だから、ほぼ会うことはなさそうだけど、彼らのおかげで異世界なのに日本の影響があちらこちらに残っているのは地味にありがたかったりする。料理とかね。


 私みたいな転生者が他にもいるのかどうかはわからない。私も他の人に自分が転生者だということを明かすつもりはないから、いたとしても、みんな似たような状況だと思う。


 チートを持っていないのに、転生者であることを明かすメリットってあまりないよね?


 だから私も、一生転生者であることを明かすことはないと確信していた。今この瞬間までは。


 でも……やっぱり無理だよ。目の前に同じ日本人がいるんだよ? いくらコミュ力ゼロの私でも、話をしたいんだよ。


 日本語で日本の話をしたいんだよ。


 ほとんど接点はなかったけれど、活字を通してだけの世界だけれど、私は恋い焦がれていたみたい。自分でも驚くほどにあの世界を愛していたんだって今更気付いたんだ。


 だから私は問いかける。こんな機会、二度と来ないかもしれないから。



「あの、カケルさんは日本人ですよね?」

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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