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お母さんが助けてあげる


 あとどれぐらい生きられるのだろう。


 だいぶ薄くなってきた身体をながめて小さく息を落とす。幸い妖精は人族のように苦しんで死ぬわけじゃない。ただ存在が薄くなって消えるだけ。世界の一部に還るだけのことだ。



 ハクシと出会ったのは、私が勇者学院に留学していた時。双子の姉がフェリル兄様と付き合っていたので、その親友であるハクシと知り合うのは必然だったのかもしれない。


 みんなは、フェリル兄様にぞっこんだったけれど、なぜか私はハクシの方に惹かれていた。


 リャナンシーである私が人族の男性を愛することがどういう意味を持つのか、わかってはいたけれど、気付いた時には手遅れだった。


 ハクシに結婚してほしいと言われた時には、涙が止まらないほど愛していた。彼は全てを知ったうえで、ともに生きたいと願ってくれたのだ。


 結婚生活は本当に幸せだった。やがて娘のハクアが生まれたとき、私の人生は幸せの絶頂だった。


 でも……あの子が生まれたとき、私は思わず神様を呪い泣き崩れた。


 なぜ? なぜ、あの子に『リャナンシーの宿痾(しゅくあ)』が宿ってしまったのだろうと。


 『リャナンシーの宿痾(しゅくあ)』を持つ子は、成人するまでは、通常親の生気を吸って育つ。両親ともに妖精の場合なら、何の問題もないが、ハクシは人族で、すでに私から生気を吸われ続けている。この上ハクアからも吸われてしまうことになれば、おそらくハクシは早晩死んでしまう。 


 私が吸わせてあげられれば良かったのだが、ハーフであるハクアの場合、逆流して私がハクアの生気を吸ってしまうのだ。それだけは絶対に避けなければならなかった。


 結局、私は二人から離れることを決断した。もちろんそんな選択肢などとりたくはなかったが、他に手段がなかったのだ。


 ハクアが成人すれば、私が生気を吸ってしまうこともなくなる。そうすればまた一緒に暮らせるかもしれない。


 でも、ハクアは? あの子は私と同じ『リャナンシーの宿痾(しゅくあ)』を持っている。


 私は運良くハクシという強い男性と出逢えたから、良かったけれど、もし、ハクアが好きになった人が普通の男性だったなら、もしそのせいで諦めなければならなくなるのなら、


 私は自分を許せない。


 私はあの子のために何一つしてあげられなかった。


 授乳してあげることも、遊んであげることも、添い寝して寝かしつけてあげることも、ご飯を作ってあげることも……母親らしいことなんてひとつも……想い出すら残してあげられなかった。


 だからね、ハクア。その時は、私が、お母さんが貴女を助けてあげる。その忌まわしい宿痾から解き放ってあげる。


 それしか、それだけしか私に残されたものはないのだから。できることはないのだから。




「フェリル兄様は、ちゃんと手紙を出してくれたのかしら?」


 ハクアの成人を機に、手紙を送るようにお願いしていたのだが、いまだに報告がない。


 もしかして二人に何かあったのだろうか? 不安でおかしくなりそうだが、すでに弱り切った身体では、満足に歩くこともままならない。


「お兄様、例の件、どうなりましたか?」


 お見舞いに来てくれたお兄様にたずねると、歯切れの悪い返事。なんでも手違いがあって、もう一度手紙を送り直すのだとか。


 がっかりしたけれど、返事が来ない理由がはっきりしただけでも少しは楽になる。


 ああ、早く逢いたい。愛しいあの人と愛する娘に。


 何がなんでも、もう一度逢うまでは絶対に消えるわけにはいかない。少しでも消耗を抑えるためにも安静にしていないと。心を乱すだけでも消耗してしまうのだから。


 心を静めてゆっくり目を閉じる。もう何年もこんな生活の繰り返しで、すっかり馴染んだ私の日常。



「リーニャさま、起きてください」


 眠りについた私を起こすのは、側付きメイドのシュナ。


 なんだろう? 余程のことがない限り起こさないように言ってあったのに。それとも余程のことが起こったのか?


「……どうしたの、シュナ?」

「リーニャさまにお客様です」


「お客様? 一体誰かしら……」


 ここにやってくるのは、フェリル兄様と、レーニャお姉さまぐらいのもの。


「陛下がハクシさまとハクアさまをお連れになっておいでです」

「…………へ!? どうして? だって、手紙は……」


 わけがわからない。でもシュナが嘘をつくとも思えない。


 落ち着いて冷静に……興奮したら消耗してしまう。今は我慢だ。


「わかりました。通してもらってかまいませんよ? シュナ」


 

 どうしようもないほど、鼓動が速くなる。1秒が永遠に思えるほど、もどかしい。


 できるなら駆け寄って抱きしめたい。叶うなら声を上げて泣きたい。


 ハクアは大きくなったでしょうね。


 私が知っているのは、産まれたばかりの小さな小さな貴女だけだから。



「……お母さま?」 


 言われなくてもわかる。貴女がハクアね。なんて可愛いらしく、そして美しく育ってくれたのだろう。


 纏う魔力でわかるのよ。貴女がどれだけ真っ直ぐで高潔なのか。きっとハクシに似たのね。


 立派に育った娘の成長に、自分が関われなかったのは少しだけ淋しいけれど、それは本当に些細なこと。


 こうして無事に成長してくれたことが、何よりも嬉しくありがたいことなのだから。


「大きくなったわねハクア、愛しているわ」


 辛くても、苦しくても、それだけは伝えたかった。


 この消えかけた身体では、触れることすら叶わない。


「リーニャ、遠慮なく俺の生気を吸え」

「ハクシ……」


 あの頃と変わらない優しい笑顔。どれほど逢いたかったか、どれだけ貴方を愛しているか、伝えきれないことがもどかしい。


 本当は、ハクシの生気を吸うつもりはなかった。覚悟していたはずなのに、2人を目の前にして欲が出てきてしまった。


 この手で、この身体で抱きしめたい、抱きしめられたいと。


「ありがとう、ハクシ。ごめんね、少しだけ吸わせてもらうわ」


 貴方には、ハクアのためにも長生きしてもらわなければならない。だから、吸うのは実体化できるギリギリね。



「リーニャさん、いや、義母上、遠慮なく吸って大丈夫ですよ」


 聞き慣れない声にハッとする。


 

 突然現れた黒目黒髪の青年に茫然としてしまうリーニャであった。

 


  

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i566029
(作/秋の桜子さま)
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