42 快適な空の旅
「フリューゲル、もっと早く飛べないのか!?」
『すまない主、だが、これ以上速度を上げると危険だ』
巨大な翼を広げ、空を駆ける1頭のグリフォン。鷲の頭部に、獅子の体を持つ天空の王者だ。
エスペランサ砦急襲の報を受け、セレスティーナら、プリメーラ騎士団を助けるため、空路、エスペランサ砦へ向かっている。
「かまわない、ここにいるのを誰だと思っているんだ。なあに、仮に落ちたとしても死にやしないさ」
眼下に広がる広大な森林地帯を見下ろしながら、フリューゲルにもっと飛ばせと命令するカケル。
「ちょ、ちょっと待て、カケル。さすがにこの高さから落ちたらやばい! ってうわああああ」
速度が一気に増し、絶叫するアーロンたちウサネコメンバー。
「まったく、大の男が、しょうがないですね、耳が痛いので、シルフィード、お願い」
『はいは~い、風壁』
風の精霊の力で、グリフォンの周りに空気の壁が生まれ、空気抵抗を感じなくなる。
「ありがとう、シルフィード」
『いいよ、このくらい。でも、グリフォンなら、この程度の風操作なら簡単にできるんじゃないの?』
「そうなのか? フリューゲル」
『……すまぬ主、人を乗せたことなどなかったので、失念していた』
「でもまあ、おかげで助かったぜ。マジで死ぬかと思ったからな」
アーロンが真っ青な顔色で息を吐く。
「まったく……情けないわね、アーロン。姉として恥ずかしいわよ?」
「姉貴は特等席でくつろいでんじゃねえか!? そろそろ替わってくれよ、爪が食い込んで痛えんだよ」
「いやよ? それに、そんなことしてたら、到着が遅れちゃうじゃない?」
特等席から弟に声をかけるのはカタリナだ。アーロンからすれば理不尽なようだが、正論ではあるので、それ以上文句も言えず黙って耐えるしかない。
グリフォンの上、つまり特等席に乗っているのは、クロエ、サラ、シルフィ、カタリナ、セシリアの5人だ。ちなみに、カケルとエヴァは、体を浮かせながら、フリューゲルの頭に掴まっている。
そして残りのメンバーは……アーロンを含む4人がフリューゲルの四肢にガッチリ掴まれ、残りの4人は、しっぽの上に座ったミヅハの水のロープでぐるぐる巻きにされて凧のように宙を舞っている。もちろん彼らの意識はとっくに無い。
「ねえ、セシリアさん、ボクがいうことでもないけど、あの人たち大丈夫なの?」
「大丈夫だ、サラ殿、あいつらあれでも、A級冒険者なんだ。つばでもつけときゃ治るだろ」
「はくしょん」
『どうした美琴、風邪?』
「いやー、誰か私のスキルの噂でもしてたんですかね?」
『……スキルの噂って何?』
遠くの地で勇者がくしゃみをしたことは誰も知る由もない……多忙な女神以外は。
「もうプリメーラが見えてきたの。さすがグリフォンじゃな、ダーリン」
「そう……だな」
「あの騎士団長が心配かの? 確かにちょっとアレなところはあるが、高潔で騎士の鑑のような女子じゃからな。いざとなれば、己を犠牲にしそうではある……でもの、大丈夫じゃ」
焦る気持ちを懸命に抑えるカケルの頭を、エヴァは優しく撫でる。
「ダーリンが向かっている時点で、万事解決じゃ。妾はそう信じている」
「……ありがとう、エヴァ。そうだよな、ちょっと気負い過ぎてたみたいだ」
***
――プリメーラ上空――
突然のグリフォンの飛来に、プリメーラの街は大騒ぎになるが、グリフォンは、あっという間に、街の上空を通過していってしまう。
「なに? グリフォンが飛来しただと、それで被害は?」
報告を受けるプリメーラ領主アルフレイド。ただでさえ大混乱の状況での新たな火種にこめかみを押さえて渋い顔を隠さない。
「それが……被害はゼロです、アルフレイド様。グリフォンは、何もせず、そのままエスペランサ砦の方角へ飛び去りました」
「タイミング的に、何か砦に関連があるのかもしれないな……」
今しがた、エスペランサ砦が陥落したとの早馬が到着し、対応を協議している最中だったのだ。
撤退戦となれば、殿は、おそらくセレス騎士団長が、自ら引き受けているに違いない。
(……死ぬなよ、セレス騎士団長殿)
最後のつぶやきはほとんどひとり言のように虚空へと消えて行った。
「……セバス」
「は、出撃の準備は出来ております」
恭しく頭を下げる凄腕執事のセバスチャン。
「……まだ、何も言ってないんだけどな、さすがセバスだよ。久しぶりに……四聖剣アルフレイド、出るよ!」
***
「……おかしいですね」
「どうかしたか、クロエ?」
プリメーラを通過して、眼下には、エスペランサへ向かっていると思われる騎士団や冒険者たちの姿が連なっている。こちらに気づいた者たちが、戦闘態勢に入ったので、慌てて高度を上げる。
「エスペランサに向かうというよりも、迎え撃つといった布陣です。もしかすると……すでに砦は落ちているのかもしれません」
「砦が落ちた? ……セレスティーナは無事なのか!?」
「わかりません……が、セレスティーナであれば、間違いなく殿で敵の追撃を食い止めているはず。御主兄様、急ぎましょう」
もはや一刻の猶予もない。カケルは歯を食いしばり、砦のある方角を睨みつける。
***
「貴方様、あれってひょっとして……」
「ああ……魔物だな。なんて数だ、9789匹もいるぞ……」
「貴方様!? すごい……一瞬で数を把握するとか……ってそうじゃなくて状況不味くないですか?」
「砦から撤退してきた騎士団を待ち伏せして殲滅するつもりなんだろう。プリメーラからの援軍も、魔物の群れに遮られて、ここで足止めされているのか……」
砦から追撃してくる魔物と、待ち伏せしている魔物の群れに挟撃されれば、全滅は免れないだろう。殿にいるであろうセレスティーナはもちろん、間違いなくこの場所も、騎士団にとっての死地となる。
「カケルくん、ここは私たちが引き受けるわ、だから、お願い……セレスティーナ様を助けてあげて。私たちアストレアの人間にとって、あの方は最後の希望なのよ」
「空の旅も悪くなかったけど、魔物狩り放題っていうのも悪くない。カケル、後は頼んだぞ」
「カタリナさん、セシリアさん……わかりました。ここはお願いします。絶対にセレスティーナを助けます!」
「……いい雰囲気のところ悪いんだが、俺たちどうやって降りるんだ? え、何その悪そうな笑顔……ま、まさか」
「ぎいやあああああああ……」
一気に高度を下げ、騎士団を追い詰めている魔物の群れに、アーロンさんたちを投下する。はははっ、なんか空爆しているみたいで楽しいね。
ミヅハが持っていた4人は、大きな水のボールに入れて、魔物の群れに思いっきり投げつけた……ミヅハが。ボールはクッション性があるし、中に神水を混ぜておいたので、大丈夫だと思う……たぶん。
破裂したボールは、一気に飛び散り、浴びた人間は回復し、浴びた魔物は、浄化されて消えてゆく。……神水って攻撃にも使えそうだね。使わないけどさ。
「あとは頼んだよ、カケル!」
大空より舞い降りた魔法剣士は、そのピンク色の髪を振り乱しながら魔物の群れをなぎ倒す。その名はセシリア。わずか10年足らずでA級冒険者へと上り詰めた天才。
「ほら、お前らいつまでぼーっと突っ立ってるんだ? はやく殲滅して、カケルたちと合流するぞ!」
「おいセシリア、無茶言うなって、あんな酷い目に遭ったんだ、体が痛く……ない? おお、これなら戦えるぞ、よし、鬱憤晴らしといかせてもらうか!」
ウサネコパーティは、たった10人だが、されど全員一騎当千のA級冒険者だ。一気に魔物の大群を押し返し始める。
「みんな~、ひとりたったの100匹倒せば終わりの簡単なお仕事よ、やっておしまいなさい」
「……ったく、簡単に言ってくれるぜ。姉貴はほんとに人使いが荒いよな。仕方ねえな……よし、だれが一番多く狩れるか競争だ!」
「セレスティーナ様……どうかご無事で」
すでにカケルたちの姿は見えないが、最前線を見つめてカタリナは女神に祈るのだった。




