ラッキースケベという甘い幻想
「英雄さま、フェリスさまを助けていただきありがとうございました」
メイド妖精のパルメが潤んだ瞳で俺に抱き着き匂いを嗅いでいる。こらこら君はコアラの妖精かな?
「パルメ、英雄さまが困ってるわ。少しは自重しなさい」
そういう王女さまも柔らかいものを押し付けながら、激しくくんかくんかしているんだが? 君はあれだな、うちのケルベロスの生き別れの姉妹に違いない。
「……フェリスさま、大変です、英雄さまの体の一部がこんなに巨人化しております……」
「これは……おそらく巨人の血を浴びたせいね。早く拭き取らないと大変なことに……」
「駄目ですフェリスさま、そんなことをしたら更に巨人化が進行してしまいます」
「くっ、それなら一体どうすれば……」
「私たち妖精ならば、巨人族の毒素を中和できるはず。いまこそ恩を返すべきときかと」
「たしかにそれしかなさそうね……わかったわ、英雄さまを救うためだもの。仕方ありません」
くそっ、成り行き上助けただけなのに、この娘たちは俺のために体を張ろうとしてくれている。ありがたくて涙が止まらない。
「フェリス、パルメ……二人とも、ありがとう。悔しいがそれしか方法はなさそうだ。治療をお願いしてもいいか?」
「お任せください英雄さま、我々メイド妖精に伝わる秘技をもって、巨人化を鎮めてみせましょう」
その灰色の瞳に強い意志を宿らせ、患部をにらみつけるパルメ。
「英雄さま、私が王家に伝わる秘技をもって必ずや巨人化を食い止めてみせるわ」
その虹色に揺れる瞳にありったけの熱を込めて、やはり患部を観察するフェリス。
ぐっ、巨人の血が騒ぎやがる……もはや自分の意志ではコントロール出来なくなっているのだ。残された時間は……そう多くないのかもしれない。
「よし、二人とも移動するぞ!!」
異空間にある治療室へと転移する。
「ふわあああ!? も、もう駄目です……申し訳ございません……力及ばず……」
「ふにゃあああああ!? こ、この私が……ご、ごめんなしゃい、英雄しゃま……」
さすがに因子によって強化された邪王の毒は強力だった。二人とも頑張ってくれたが、限界を超えた結果、意識を失ってしまう。
「ありがとう。あとは……俺がやるしかない。ゆっくり休んでくれ」
二人に毛布をかけ、頭をそっと撫でる。
もちろん不安はある。だがやるしかない。
『お待ちください、お兄様』
「み、ミヅハ……お前……その恰好……!?」
そこへ現れたのは、水色のナース服に身を包んだミヅハ。なぜここにナースが? とは言わない。だって、ここは治療室だから。
『お兄様……まさかご自分でなんとかしようとしていませんか?』
くっ、図星だ。やはりミヅハはなんでもお見通しだな。
『お兄様……もっと私を、私たちを頼っていいのですよ? 私の見たところ、相当状況はひっ迫しています。手段を選んでいる場合ではないかと』
『そうだぞ、我らも力を貸そう』
「リーヴァ、ベステラ、クロドラ、ルシア先生、シルヴィア、モグタン……」
全員ミヅハとお揃いのナース服姿で現れる。ここは……ナースステーションだったのか。
そうだったな。俺はひとりじゃない。こんなにも頼もしい仲間たちに囲まれているんだ。
「……くっ、また活性化しやがる」
『ふむ……ミヅハのいう通り、このナース服とやらに巨人の毒が反応しているようだ」
リーヴァがボタン全開のナース服で患部を観察している。俺は残り少ない理性をかき集めて、彼女のボタンを一つだけとめる。ぎりぎり見えないのが最高だと知っているからだ。
『大丈夫。主の毒は我が全部受け止める』
べステラのナース服は、はち切れんばかりで、明らかにサイズが合っていない。さすがはミヅハ、良い仕事をすると薄れゆく意識の中でも称賛を惜しまない。弾け飛んだボタンが額に当たり、飛びかけた意識が再び戻ってくる。これが計算だというのならおそろしいことだな。ふふふ。
みんながそれぞれの方法で、俺の中の邪王の毒を吸い出してくれる。
『マスター、これを食べれば毒が抜けるもぐ!!』
だが、モグタン、お前は駄目だ。そう何度も泥団子を食うと思うなよ? 断固拒否だ。
『仕方ないモグ、ならば、最終兵器『ラッキースケベ団子』モグ。これを食べれば、ラッキースケベの確率が10倍以上に跳ね上がるモグッ!!』
もちろん騙されている可能性は捨てきれない。だが、奴もああ見えて精霊神に次ぐ超精霊だ。万が一本物だったら? 半分でも効果があったら? 俺は一生自分を許せないだろう。拒否することは簡単なことだ。見たくないもの、嫌なことから目を背けて生きることだってできる。いや、むしろ、そのほうが楽だろう。見てみろ、モグタンの穢れのない純粋な瞳の輝きを。心から俺を心配している波動が伝わってくるではないか。
「…………ひとつもらおうか?」
『そうこなくっちゃ、モグ!!』
うむ……口に入れた瞬間、まるで砂のようにほぐれてゆく独特の触感。大地の息吹を感じさせる土の味。間違いなく泥団子だな。ガリッっと歯に当たる石の触感も飽きさせまいと俺の五感を楽しませてくれるような気がする。
くっ、だが、ここまでは想定内だ。問題は効果があるのかどうかであって、味なんてどうでもいい。良薬口に苦しと昔からいうではないか。
「く、まずいな。ところでモグタン、本当に効果はあるんだろうな?」
下手な口笛を吹いているモグタンを捕まえて尋問する。
『ご、ごめんなさいモグ、本当は1%上昇するだけモグ、許してほしいモギュッ!」
「……ちなみに2個食べたらどうなる?」
『2%上昇するモギュ!!』
「……ありったけ寄越せモグタン」
『モギュッ!? そんなことをしたら死んじゃうモギュッ!?』
「大丈夫だモグタン、心配するな……俺は英雄だぞ? 死んでたまるか」
モグタンを抱きしめ頭を撫でる。彼女も、俺の眼を見て、本気だと悟ったのだろう。泣きながら1000個の泥団子……いや、『ラッキースケベ団子』を差し出す。
『お兄様!? おやめください!!』
『主、考え直せ!!』
『カケルくん、馬鹿なことはやめて!!』
みんなが必死に止めるが、俺は止まらない。もう決めたんだよ。
ククク、これでラッキースケベ遭遇確率が10倍に……まるで某作品の主人公のようではないか! ふははは!
そんな甘い夢想をしながら泥団子1000個を完食した俺は、意識を失った。
「あれ? ここは?」
『カケルくん……馬鹿な事したわね……』
え? イリゼさま?
『酷なことを言うようだけど、カケルくんのラッキースケベはすでにカンストしているから、もう上がらないのよ? か、カケルくん!? し、しっかりして、死んじゃいやああああああ!?』
ショックのあまり、しばらく神界に引きこもるカケルであった。